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山形市立病院 済生館

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掲載日: 2012 年 7 月 3 日

石巻市立病院と協力し、互いの院内に設置した専用サーバーに、医療データをバックアップすることにより、未曽有の災害からデータを堅守。東日本大震災後の医療提供に貢献

山形市立病院 済生館

山形市立病院 済生館

2011 年 3 月 11 日の東日本大震災で発生した津波は、石巻市立病院を直撃し、1 階にあったサーバーや医療機器をすべて破壊しました。しかし、石巻市立病院の医療データは、万一の事態に備えて 2011 年 2 月から、山形市立病院 済生館にもバックアップされていました。そのため震災後に、過去の患者情報を確認しながら診療できる体制を、迅速に作ることが可能でした。遠隔地の病院同士を結び、医療情報の保全を図るこの災害対策を発案した山形市立病院 済生館 館長 平川 秀紀 氏をはじめ、石巻市立病院長 伊勢 秀雄 氏、そしてデータのバックアップと復旧を支えた株式会社ソフトウェア・サービスの皆様にお話を伺いました。

<導入の背景とねらい>
失うことのできない医療データを、万一の災害から守るために、2 病院が協力

約 140 年の長きにわたり、山形の医療に貢献してきた山形市立病院 済生館では、電子カルテ導入後、テープ装置を使ったバックアップを行うほか、より安全で、コスト的にも負担がなく、個人情報に関するガバナンスもクリアできるデータ保全方法はないかと、IT パートナーと共に常に検討してきました。そして 2009 年度に、石巻市立病院と「相互にデータを持ち合う」バックアップ体制構築の合意に達し、2010 年度予算での実施が確定していました。
約 100 km の距離を隔てた山形市立病院 済生館と石巻市立病院をネットワークで結び、お互いの医療データを保持し合う、このバックアップ ソリューションが、東日本大震災からわずか 1 か月後の 2011 年 4 月 7 日に、石巻市庁舎内の仮診療所において、問診と投薬、他病院への紹介を中心とした医療行為を再開する上で大きく役立っていたのです。

写真: 平川 秀紀 氏

山形市立病院 済生館
館長
平川 秀紀 氏

写真: 伊勢 秀雄 氏

石巻市病院局長
兼 石巻市立病院長
伊勢 秀雄 氏

病院同士で互いの医療データをバックアップするソリューションは、当時も今もあまり例のないものでしたが、「話自体は非常にシンプル」と、この災害対策を提案した山形市立病院 済生館 館長 平川 秀紀 氏は振り返ります。
「当院では 2006 年 1 月に電子カルテを導入し、翌年からは患者の了承を得られた場合に限り、紹介元の開業医の先生と、CT や MRI などの画像を共有する取り組みを行ってきました。しかし、医療データが電子化され、従来にはなかった利便性が得られた一方で『データは水と火災に弱い』という懸念もありました。バックアップのテープも病院内にありますので災害に遭えば、すべて失われてしまいます。ですから、遠隔地にバックアップ データを保持することを考えていました。しかし、外部のデータセンターを利用すると、個人情報の取り扱いなど非常に難しい問題があります。それに、『万一の事態への備え』にしては、多大なコストもかかります。そこで、同様のガバナンスで運用されている公立の病院同士でデータを保持し合うことができれば、場所代もかからず、低コストにデータ保全が行えると考えました。」

そして、このソリューション実現の最終的なキーとなったのが、「同じ IT パートナーが提供している電子カルテ システム」を活用していることでした。

「石巻市立病院の院長を務める伊勢 先生とは、実は同級生なのです。そのため話がしやすかったということもありますが、今回のようなソリューションを実現するために一番重要なことは、"IT パートナー" の存在です。石巻市立病院では 2009 年から電子カルテ システムを導入しているのですが、その際、当院を参考にして、株式会社ソフトウェア・サービス (以下、ソフトウェア・サービス) が提供するシステムを導入しているのです。これが非常に重要なことでした。複数のパートナーが間に入っていると、いざという時に連絡、確認、調整などに手間取ってしまい、機能しなくなってしまうでしょう。しかし、私たちの例で言えば、ソフトウェア・サービスさんにお任せするだけで済んでしまいます。」

こうして、2010 年 8 月から、相互に医療データをバックアップする環境の構築を開始。11 月末には、山形市立病院 済生館のバックアップ データを石巻に置く環境構築が完了。さらに、石巻市立病院のバックアップを山形に置く工事が、2011 年 2 月 22 日に完了しました。

そして、遠隔地を結ぶこのバックアップ ソリューションを実現するに際し、ソフトウェア・サービスが選択したのが、Microsoft System Center Data Protection Manager でした。

ソフトウェア・サービス 技術開発部 サーバーグループ マネージャー 堀本 明男 氏は、次のように説明します。
「弊社の電子カルテ システムは、データベースに Microsoft SQL Server 2008 を採用していますので、SQL Server との相性のよさは、System Center Data Protection Server を選択した理由の 1 つです。」

<システム概要>
互いのネットワークを分離し、セキュアに遠隔バックアップ

株式会社ソフトウェア・サービス
顧客支援部 サブマネージャー
甲斐 嘉昭 氏 (右)
技術開発部 サーバーグループ
マネージャー
堀本 明男 氏 (左)

山形と石巻を結んだ、このバックアップ ソリューションについて、第一に強調すべき点が、「互いの病院は、相手の医療データに触れることができない」ということです。
「病院同士を結んで、バックアップ データを保持するというと『相手の病院のネットワークにつながっている』と誤解されやすいのですが、ネットワークは完全に分離しています。今回の話で言えば、石巻市立病院のネットワークを延ばして、山形の敷地内にバックアップ用のサーバー (System Center Data Protection Manager) を置かせてもらっていることになります (図参照)。そのため済生館様のネットワークから、このサーバーにアクセスすることはできません。両院のデータ バックアップについては、すべて弊社がリモートで運用管理しています。」

課題は、石巻市のネットワーク インフラが不十分であったことだったと、ソフトウェア・サービス 顧客支援部 サブマネージャー 甲斐 嘉昭 氏は振り返ります。
「相互のバックアップ体制を構築するに際し、石巻側の工事が遅れた最大の要因が、ネットワーク帯域の細さにあります。データ送信に十分な帯域を確保できなかったのです。そこで、プロジェクトに際しては、石巻市立病院に光回線を引くところから始めました。」

こうしてネットワーク環境を整え、日に一度の遠隔バックアップ体制を整えた石巻市立病院では、構築の完了した 2 月 22 日から早速、山形に設置したサーバーに医療データのバックアップを開始。テープ装置を利用していた頃とは異なり、診療時間中にもシステムを止めずにバックアップが取れるようになったと、堀本 氏は説明を続けます。

「今回のソリューションでは、バックアップ用のサーバーを電子カルテ システムから分離したことに大きな意義があります。従来はサーバーにテープ装置を付けてバックアップしていたのですが、テープ装置は故障しやすいため、そのメンテナンスのために電子カルテ システムを止めるようなこともあったのですが、今は System Center Data Protection Manager を使い D2D (Disk to Disk) でローカルにデータを保存し、その後でテープにも記録するという 2 重のバックアップを行っています。おかげで、システムを止めずにバックアップできるようになりました。」

<導入の効果>
非常時対応として DPC データを活用

旧 石巻市立病院

旧 石巻市立病院

石巻市立病院 開成仮診療所

石巻市立病院 開成仮診療所

幸いなことに、患者、スタッフともに震災、津波による被害者を 1 人も出さなかった石巻市立病院ですが、被災後の 5 日間は、特に過酷な状況であったと石巻市病院局長 兼 石巻市立病院長 伊勢 秀雄 氏は振り返ります。

「病院の 1 階は完全に水につかっていました。約 150 名いた患者を、ドクターヘリや自衛隊のヘリで搬送し終わったのが、震災から 4 日目の夜 10 時 40 分頃のことでした。そして、翌 15 日の朝になって私たち職員も、ようやくヘリや徒歩で脱出することができました。病院で備蓄していた非常食は 1 階の調理室に置いてあったため、やっと翌日に一部を取り出すことができ、一口位ずつの分量を院内の人たちに供給しました。水は周りにあふれているのですが、肝心の飲料水はわずかしかありません。患者にもスタッフにも辛い数日間でした。」

この過酷な状況を乗り越え、それぞれに避難した石巻市立病院のスタッフは、以後は宮城県の災害医療コーディネーターを兼ねる石巻赤十字病院の医師の指揮の下、各避難所への医療提供に回りました。
そして、18 日に市庁舎にあった衛星電話が使用可能になった時点で、ようやく山形へ連絡が可能になり、失われてしまった患者情報の復旧を依頼します。

山形で連絡を待っていた平川 氏は当時のことを、次のように振り返ります。
「あの時、石巻は孤立してしまっていて、電話もメールもまったく通じず、心配していました。衛星電話も、アンテナを設置しなければ使えませんから。そして、18 日にようやく石巻から連絡があり、ソフトウェア・サービスさんにも連絡をした次第です。そして、この時分かったのが、非常時にはまず、DPC データ (Diagnosis Procedure Combination) が利用できればいいということでした。病院は機材を失っていますので、電子カルテのデータをすべて持って行ってもすぐには使えません。一方で地域の患者は、自分たちの保険証やお薬手帳などを失っています。自分が常用していた薬の名前もわからなくなっていたのです。まずはそこから失われた情報を埋めていく必要があったのです。」

病院にあった紙のカルテが流され、医療機器が破損し、電子カルテのデータをためたサーバーが浸水した石巻にあって、避難所にいる人々に間違いのない処置を施していくために必要だったのが「患者の ID」、「処方箋」、「注射の内容」といったデータでした。
そこで、連絡を受けたソフトウェア・サービスがリモートで介入し、必要なデータを、CSV 形式ですぐに抽出。済生館の医療情報係がデータをノート PC に保存し、「平川 先生と共に救急車を利用し、連絡を受けてから 24 時間で石巻に搬送しました」と堀本 氏は言います。

「ニュースで津波の中に残された病院の映像を見た時は、私たちに一体何ができるのかと戸惑うしかありませんでしたが、山形の先生から連絡をいただいて、とにかく急いで駆け付けました。」

さらにソフトウェア・サービスは、3 月 22 日から株式会社アルファテック・ソリューションズと共に、電子カルテの本格的な復旧に取り組みますが、データの復旧は思ったよりも容易にできたと堀本 氏は続けます。
「今回、D2D でデータの復元を行ってみた結果、意外なほどすんなりと完了できました。一方で、一部救出した古いテープに関しては、テープの劣化からデータの復元に苦労しました。しかしそれも、アルファテックさんの協力をいただいて、何とか無事に復元させることができました。」

システム概要図

システム概要図

<今後の展望>
画像データのバックアップを含め、より安心なデータ保全体制へ

電子カルテ データの復旧により、石巻市立病院は 4 月 7 日に、病院から約 800 m の距離にあった旧市役所に仮診療所を設置し、問診と投薬を中心に活動を再開しました (2012 年 2 月 29 日に終了)。伊勢 氏は当時のことを、次のように振り返ります。
「当時、病院を再開したといっても、医師 4 人と看護師 10 人、薬剤師 5 人程度の態勢で、まともな設備は残っていません。本格的な医療を受けていただくために、他の病院に紹介することが多くなります。しかし、それまでの医療データがなければ、正確な紹介状を書くことができません。今回の件に関しては、金銭抜きに協力してくださったソフトウェア・サービスさんたちに深く感謝しています。
そもそも、危機管理意識の高い平川 先生からデータ バックアップのお話をいただいて、『石巻と山形が同時にダメになるような事態が起きたら、その時は日本中がダメになっているだろう』と笑い合いながら始まったことだったのですが、結果として、2 つの病院の地理的な距離も、2 月にバックアップを実施できたというタイミングも、良い方向に働いたと思います。」

そして 2012 年 5 月 31 日、市内で最大規模の仮設住宅団地「開成団地」と「南境団地」の近くに、石巻市立病院 開成仮診療所を開所するなど、再建に向けた取り組みを続けています。
「以前は急性期医療が中心でしたが、今後は急性期以降の回復期、あるいは在宅医療などにも取り組み、この医療圏全体でシームレスな医療提供体制を再構築することが、公立病院としての新たな使命だと思っています。」(伊勢 氏)

平川 氏の高い危機管理意識から生まれたデータ バックアップの取り組みは、今後ますます注目を集めていくことでしょう。最後に平川 氏は次のように話します。
「今回の取り組みを決定した当時は、東日本大震災ほどの災害を想定していませんでしたから、なるべく経営に負担のないようにコストを抑える設計を行いました。そのため、実は容量が大きい画像データに関しては遠隔バックアップを行っていませんでした (石巻市立病院では水没し、破損していたテープからコストをかけてデータを復元)。しかし、今後は 2 年分ぐらいの画像データを、離れた場所に設置したサーバーにバックアップしようと考えています。さらに、いざというときに DPC データだけでもすぐに使えるように PC 内に保存し、厳重に保管することも検討していますし、ネットワーク回線も整備していきたいと思っています。
ただ、最後に一言付け加えるとすれば、患者の方々も、防災グッズの傍に、1 週間分の常用薬や、保険証、お薬手帳をまとめておいて、いざという時に一緒に持って逃げられるように、日頃から準備していただいた方が安心です。今回の震災では、大きな被害を受けましたが、貴重な教訓も得ることができました。そうしたことを、次に活かしていくことが、重要なのだと思います。」

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ソリューション概要

プロファイル

山形市立病院 済生館 外部サイトへ移動するため、別ウィンドウで開きますは、明治 6 年に天童市に創立された私立病院を原点 (明治 7 年に「山形県公立病院」として開院) として、約 38 万人が生活する二次医療圏を支える公立病院の 1 つとして、約 140 年の歴史を誇っています。「断らない救急」をモットーとして、山形市の救急患者の 40% を引き受けています。また、済生館では脳外科手術に特に注力していることと併せて、「機能」と「役割」の分担を強く意識した地域医療連携を推進。「地域医療支援病院」として、紹介患者の了承があれば、紹介元の開業医と電子カルテ データの共有を行うなど、シームレスな医療連携を行っています。

導入メリット

  • D2D でのバックアップを行うことで「テープ装置の故障によるシステム停止」などのリスクを排除
  • 互いのネットワークを分離し、遠隔地にデータをセキュアにバックアップ

ユーザーコメント

「電子カルテ導入後、『データは水と火災に弱い』という懸念もあり、遠隔地にバックアップ データを保持することを考えていました。しかし、データセンターを契約する場合には、個人情報の取り扱いなど非常に難しい問題があります。それに、『万一の事態への備え』にしては、多大なコストもかかります。そこで、同様のガバナンスで運用されている公立の病院同士でデータを保持し合うことができれば、場所代もかからず、低コストにデータ保全が行えると考え、パートナーを探したのです。」

山形市立病院 済生館
館長
平川 秀紀 氏

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