

![]()
私たちが普段使っている、「 0,1,2,3,4,5,6,7,8,9 」の数字。
アラビア数字、または算用数字と言われるこれらの記号は、今日では日常生活にかかせないものになっている。アラビア数字は、万国共通で世界中のほとんどの地域で通用する。ではアラビア数字はどうやって世界中に普及していったのだろうか。アラビア数学の起源は、紀元前 2 世紀頃インドで生まれたインド数学だと言われている。このインド数学において、それまでになかった
「ゼロ」の概念がとりいれられ、位取り記数法も開発された。これは当時としては非常に画期的なアイデアであった。「ゼロ」という存在の気づきから数学は急速に発展した。
0 〜 9 のたった 10 個の記号で、どんなに大きな数字も表せてしまうという簡単さも、受け入れやすかったのだろう。(例えば漢数字で 51869 と表そうすると五万八千六十九となり「万」「千」「十」といった新たな漢字を付け足すことになる。)
このインド数学が 9 世紀頃にアラビア地方へ伝わった。アラビア語圏のイスラム勢力が東へ進むのとともに、さらにこれがヨーロッパへと伝わった。ヨーロッパへはじめてアラビア数字が伝わった時、その使用は禁止されていた。その当時、計算することは最先端の学問で、貴族階級だけで独占しようとしたのだ。しかしインド数学の理論は大変便利であった為、さまざまな算術所が書かれるようになり急速に広まっていった。13 世紀頃には、ヨーロッパ中へ普及したと言われている。そして 15 世紀、大航海時代の訪れとともに、ヨーロッパ各国は、海外進出を始める。
ディオゴ・カンによってナミビアへ。バルトロメウ・ディアスによって南アフリカへ。クリストファー・コロンブスによってアメリカへ。フェルディナンド・マゼランによって、フィリピンやモルッカ諸島へ。マシュー・ペリーによって、日本へ。ヨーロッパ文化の普及とともに、アラビア数字も、世界へと広がっていった。大航海時代は 17 世紀中頃まで続き、一部の不毛地帯を除き、全ての地域に到達することで終了した。インドから、アラビアへ、アラビアからヨーロッパへ、ヨーロッパから世界へ。ヨーロッパ人の大航海とともに、アラビア数字も旅をしたのである。
ちなみにヨーロッパでは、インド数学はアラビア圏から伝わった為、それをアラビア数学と呼んだ。日本で、「 0,1,2,3,4,5,6,7,8,9 」をアラビア数字と呼ぶのはその名残である。
文:木田 真琴





