J リーグ、名古屋グランパスエイトのディフェンダーとして活躍した中西哲生さん。中西さんは 2000 年に現役を引退し、現在はスポーツ ジャーナリストとして数多くのテレビ番組に出演する傍ら、講演会、執筆など、幅広い分野で活躍を続けている。多忙な日々の中でも、インターネットを使った情報収集に余念がないという中西さん。今回のキャリア トークは、持ち前のバランス感覚と独自の流儀で、更なる可能性を追求し続ける中西哲生さんのデジタル ライフに迫る。

―プロ サッカー選手としてご活躍された中西さんですが、もともとサッカーを始めたきっかけというのは何だったのでしょうか?
中西:子供の頃は、特にサッカーをやりたかったわけではないんです。親父もずっと野球をやっていたし、当時は僕も近所に住む友人たちと毎日野球をやっていたので、本格的にスポーツを始めることになって、当然リトル リーグの野球チームに入るつもりでいました。ところがチームの練習場が家から遠くて、車での送り迎えが必要だったんです。そんなことで野球をあきらめて、近所の友人が入っていたサッカー少年団に入団したのが、サッカーを始めたそもそものきっかけです。
―中西さんは現在、サッカー チームの運営や、サッカー教室を通じて子供たちにサッカーを教えていらっしゃいますが、今後はどのような形でサッカー界と関わってゆきたいとお考えですか?
中西:いろいろと考えてはいますが、今はサッカー界の中で、自分が一番貢献できる場所というものを模索している段階かもしれません。現時点では、メディアという立場からサッカーを分かり易く解説するということが、自分のひとつの役割だと考えています。あとは自分がサッカーで培ってきた理論や新しいサッカーの形を、一人でも多くの子供たちに伝えてゆきたいと考えていますね。現在は自分でもサッカー チームを運営していますから、裾野を広げるという意味では、それもサッカー界との重要な関りだと思います。考えてみると、結構いろいろなことをやっていますね (笑)。
―中西さんがお考えになる “スポーツ ジャーナリスト” という職業はどのようなものですか?
中西:スポーツ ジャーナリストという仕事は資格のある職業ではありませんから、ある意味、自分がそう名乗った瞬間からなれる職業だと思います。しかしその中で自分が心がけていることは、単に感想を述べるだけにとどまらないことです。良かった、悪かったという感想は、誰にでも述べられますよね。でもなぜ良かったのか、なぜ悪かったのか、そこのところを論理的に説明できなければ、本当のスポーツ ジャーナリストとは呼べないと思うんです。さらに自分なりの提言が出来て始めて、ジャーナリストという肩書きが身につくのだと思います。この仕事はサッカーだけにとどまりませんので、常に新たな情報収集を行う必要があります。だから日々追いかけては追いかけられる、そんな毎日です。
―そうした日々の情報管理はどのように行っているのですか?
中西:それは頭の中のパソコンで行います (笑)。頭の中に自分専用のデスクトップがあって、そこにマイ ドキュメントがある。その中に 7 ~ 8 個のファイルがあるのかな? そういうイメージですね。必要な情報をすぐに取り出せないと言葉にできないですから、必要のない情報はゴミ箱にポンポン捨てていきます。じゃないとサクサク動かないですから (笑) テレビ番組の生放送で自分の意見を述べるということは、ある意味怖いですから。そうしたテレビ番組に出演する時は、番組の中での自分のポジションを把握しつつ、細心の注意を払っています。
―番組の中で一早く自分のポジションを把握するという意味では、中盤のポジションでご活躍されたサッカーの現役時代と何かしらリンクする部分があるのでしょうか?
中西:番組によって様々ですが、今はストライカー的な役割を求められることの方が多いかもしれません。良いコメントをすれば賞賛されるけど、生という番組の性質上、不適切な発言をしてしまう可能性だってあるわけです。それはちょうどサッカーでいうところのフォワードの役割に似ていて、得点をすれば賞賛されるけど、得点できないと非難される。ただ、常日頃心がけているのは、番組スタッフとのチーム ワークです。僕は現場にいるすべての人たちと番組を作り上げているという意識が強いのですが、そうした感覚はサッカーによって培われたものかもしれません。
さて、次ページでは、いよいよスポーツ ジャーナリストとしての中西さんのデジタル ワーク & ライフ スタイルに迫ります。
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