大前研一の新・産業革命

第 1 回 - 産業と企業の突然死
文/大前研一 text by Kenichi Ohmae
撮影/永井 浩 photograph by Hiroshi Nagai
大前 研一*

1980 年、Windows とインターネットの登場によって、工業化時代が終わり、新しい時代が始まった。
21 世紀版産業革命とでも名づけるべき変革の全容を大前研一氏が連載で解き明かしていく。
おおまえ・けんいち
マッキンゼー・アンド・カンパニー・インクの日本支社長、アジア太平洋地区会長を経て、大前・アンド・アソシエーツ、ビジネス・ブレークスルーなどの代表を務める。「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。『ドットコム仕事術』『質問する力』など著書多数。

 情報技術の急速な進歩は、しばしば従来の産業構造や業界秩序を一夜にしてひっくり返してしまう。2003 年後半ごろから顕著になってきたそうした現象の一つが、企業そして産業の「突然死」である。ほんの数年前までは高収益を享受していた企業や産業が、あっという間に消滅の危機に陥ってしまうのだ。

 たとえばイーストマン・コダック社は、写真用フィルムの世界最大手であり、ほんの1年前までアメリカでも屈指の優良企業だった。だが 2003 年に本格化したデジタル・カメラの普及により、今やその存続が脅かされている。

 2003 年 7 〜 9 月期のコダックの利益は前年同期比 63.5% 減となり、コダックの経営陣はリストラのために 1 億 2500 万ドルを特別損失として計上。同年内までに最大 6000 人の人員削減を行うと発表した。

 デジタル・カメラのユーザーは、写真そのものはたくさん撮るが、写真用フィルムは使わないし、写真をラボでプリントする率も低い。写真は主にパソコンで観賞する。その意味では明らかに IT 機器の一種であり、これまでのフィルム・カメラとは違う範疇の商品である。1 台のカメラ当たりのプリント数は、フィルム・カメラの 1/20 とされ、これにデジタル・カメラの予測される普及率を掛け合わせると、フィルムと印画紙を中心とするコダック製品の需要は、年率 30% ずつ減少してゆくという結果が出てしまった。

 コダック自身も、デジカメの普及で経営が難しくなることは予測していただろう。しかし、そのスピードは予測をはるかに超えていた。自社製品の売り上げが年率 30% ずつ減少するなどということになれば、経営努力でその需要減を吸収するのは不可能である。毎年 30% ずつリストラしていったら、10 年もたたずに企業が消滅してしまう。

 これはコダックだけの問題ではない。写真フィルムという産業自体が今、突然死しかけているのである。

レコード流通業も同じ状況にある

 アメリカ国内に 93 の店舗と 3000 人以上の従業員を抱える音楽ソフト販売大手のタワーレコードとその親会社 MTS は、2003 年の 2 月初め、米連邦破産法第 11 条に基づく会社更生手続きの適用を申請した。その引き金となったのは、アップル社の「iTunes (アイチューンズ) Music Store」をはじめとするオンラインの楽曲販売との競合である。

 オンラインでの楽曲の頒布の先駆けは Napster だが、無料コピーのこのサイトが音楽業界からの提訴で違法とされた後、アップルが有料の楽曲販売サイト iTunes を立ち上げて成功させた。一方の Napster も有料化して再出発し、さらにソニーや小売業世界最大手のウォルマートも音楽配信ビジネスに参入している。これらは完全に合法であり、その影響力は違法サイトとは比較にならない。

 iTunes はオンライン上で 1 曲 99 セントで楽曲を販売するサイトだが、2003 年 4 月の開業以来 1 年足らずで、週に 150 万曲以上を売り上げる巨大ショップに成長した。iPod という携帯ハードディスクプレーヤーとシステム的に連携しており、アメリカにおけるネット楽曲販売のシェアの 80% 以上を占めている。

 アップルの成功で興味深いのは、これまで独自の規格である Mac にこだわっていた同社が、今回は Windows ユーザーを取り込んだビジネスモデルで高いシェアを獲得したということだ。初期には Windows と対抗しようとしていたアップルも、今では Windows とインターネットという、世界共通のコミュニケーションの土台の上で戦う姿勢に変化しているのだ。その結果、発足 1 年足らずで、かつては急成長企業として注目されたタワーレコードが倒産に追いやられてしまった。

 タワーレコード経営陣は、破産法適用前に身売り先を探したが、引き受け手が見つからなかったという。iTunes の成功によって、旧来のレコード販売店やレコード流通業者は、産業ごと突然死の危機にさらされているのである。

 写真フィルム産業の危機もレコード販売業の危機も、いずれも 2003 年の後半から、ほんの半年ほどの間に起きた出来事である。同じことは他の業界でも繰り返されるだろう。

 オンラインによるダウンロードは、音楽だけでなく、映像でも可能である。ブロードバンド化が進行すれば、やがて映画などもダウンロードして観ることが一般的になる可能性は高い。すると何が起きるだろうか。

 家庭用のビデオは、ここ 1、2 年で急速にハードディスク録画機や録画可能な DVD に取って代わられている。2003 年のアメリカのクリスマス商戦では、ウォルマートがわずか 29 ドル (3000 円) という中国製の DVD プレーヤーを売り出して話題を呼ぶなどし、普及に拍車がかかった。レンタルビデオも日米では DVD に移行しつつあり、これによってビデオテープ関連の産業は苦境に陥っている。

 さらに記録メディアが変わると同時に、DVD レンタルからオンラインのダウンロードに移行すれば、現在は優良企業であるブロックバスターのような CD・DVD レンタル業者も、突然死の危機に立たされることになる。

 こうした「業界突然死」は今や、いつ、どの産業についても起こりうる。それは私がアフター・ゲイツ (AG) と呼ぶ、1980 年代半ばに始まる Windows とインターネットによる新しい時代のうねりがもらたした現象である。

 次回からはこのアフター・ゲイツの成立と、それ以前の工業化時代=ビフォー・ゲイツ (BG)との違いについて、より深く掘り下げて論じていきたい。


第 1 回 - 産業と企業の突然死
第 2 回 - ビフォー・ゲイツとアフター・ゲイツ
第 3 回 - IT 革命の本質は生活者革命である
第 4 回 - 「マルチプル経済」時代の勝者と敗者
第 5 回 - 勝者と敗者を分かつ 経営者の意識革命
第 6 回 - 中国とインド、政治と経済が抱える意外な弱点
第 7 回 - トルコ、ベトナム、タイ、BRICs に続く有望市場
第 8 回 - ユビキタス社会におけるホームサーバーの可能性
第 9 回 - ネット配信が決する映像メディアの未来像
第 10 回 - 携帯電話が教える近未来のデジタル社会