大前研一の新・産業革命

第 9 回 - ネット配信が決する映像メディアの未来像
文/大前研一 text by Kenichi Ohmae
撮影/永井 浩 photograph by Hiroshi Nagai
大前 研一*

ライブドアや楽天が、テレビ局との経営統合を目指そうとしたことは記憶に新しい。
だが、デジタル化の進展、ブロードバンド回線の普及により、将来はネットでの番組配信も予想され、映像メディアは今とは異なった様相を見せるはずである。
おおまえ・けんいち
マッキンゼー・アンド・カンパニー・インクの日本支社長、アジア太平洋地区会長を経て、大前・アンド・アソシエーツ、ビジネスブレークスルーなどの代表を務める。ビジネスブレークスルー大学院大学学長。「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。最新著作に『旅の極意、人生の極意』『大前研一 新・経済原論』。

 ライブドアがニッポン放送株の買収を通じてフジテレビの経営支配を試み、続いて楽天が TBS に経営統合を迫ったが、私は繰り返し、サイト運用事業者が特定のテレビ局を所有するメリットはないと言い続けてきた。テレビ局は今後、衰退してゆくことが確実な業種だからである。

 ブロードバンド回線が普及すれば、全てのテレビ番組はネット配信され、ダウンロードして見るものに変わってゆくはずで、放送は通信の一部になってしまうのである。現在でも、Windows Media® Player の画面には「ラジオチューナー」や「ラジオ」という項目があり、それをクリックすると音楽ジャンル別に世界中の様々なラジオ局が現れ、無料で好きな局の番組を選べる仕組みになっている。

 テレビ番組もいずれは、パソコン上で世界中のテレビ局や有料コンテンツの中から選択し、視聴するものとなるだろう。Windows Media® Player のミュージックストア自体もそう遠くない将来、映像も含めたデジタルコンテンツストアに進化してゆくはずだ。

 既に日本でも USEN が「GyaO」でビデオの無料ネット配信を行っているが、CM を“飛ばす”ことができないシステムなので、私のように番組だけを見たい者には苦痛を伴う。前提条件や広告が一切ない Youtube がアッと言う間に GyaO を凌駕してしまったのは偶然ではない。

 映像データは見るのに時間がかかるので、それをいかに短縮するかは重要な問題だ。たとえば私が携わる教育事業、ビジネスブレークスルーでは、これまでに蓄積した教材用の映像コンテンツが 4000 時間にも上るが、その全てにキーワードをつけて自在に検索できるようにしてある。たとえば「スウェーデンの医療システム」と入力して検索すると、その 4000 時間のコンテンツの中からその箇所にダイレクトに飛んで、オンデマンドで映像が流れ出す。

 さらに独自開発した「エア・キャンパス」というアプリケーションでは、必要に応じて動画の再生速度が 0.8 倍から 1.5 倍まで変えられるようになっている。その上、再生のスピードを変えても声の高さは変わらない工夫がなされている。

 ネット上のメディアに流れる膨大な情報は受け手の側で取捨選択する必要がある。私はここ 5、6 年、新聞を一紙も購読していないが、毎日 500 本の記事をチェックしている。インターネット上の RSS (RDF Site Summary) 化してある新聞のサイトを利用して、私にとって必要なニュースだけを表示するソフトを開発して使っているからだ (bbt757.com)。

 トップページから階層を辿って記事を探すと時間がかかってしまうので、このソフトではスペースキーを押し続けるだけで、記事本文だけが次々と表示されるようになっている。今は記事だけだが、いずれ映像ニュース用にも同様のソフトを開発しようと考えている。

低下するテレビ局の存在価値

 アメリカではテレビ用の録画機として、TiVo (ティーボ) 社のデジタルレコーダーが全家庭の 2 割に普及している。TiVo はいわば映像の保管所であり、テレビ番組やビデオをこれに録画し、好きな時間に見られる。その上に、一度設定しさえすれば機械が番組表から自動的に好きな番組を録画してくれるし、ハードディスクレコーダーなので CM は瞬間に“飛ばす”こともできる。

 アンケートによれば約 8 割の家庭が、TiVo のような装置の設置を希望しているという。世界的にもハードディスクレコーダーが家庭用テレビ録画機の主流になってゆくと思われるが、こうした視聴形態が一般化すれば、広告媒体としてのテレビ CM の価値は急落してしまう。

 日本でもテレビ番組のネット配信の議論が盛んだが、ネットを通じた視聴が一般化すれば、これまでテレビ局への電波の割り当てによって巨大な権益を生んできた放送免許は有名無実化する。放送利権を失ったテレビ局は、現在は下請けとして使っている映像プロダクションと同列のコンテンツ制作者となってゆくことが予想される。従ってネット企業が将来をにらんでテレビ局を買収する場合、それは局が所有するコンテンツとコンテンツ開発力を買うことと同義となる。

 既存のテレビ局が有料販売可能なコンテンツをどの程度制作する力があるのかは疑問だ。有料化が可能なコンテンツは、いま隆盛のSNS (ソーシャル・ネットワーキング・サービス) と同じく特定のファン層を対象とした番組であり、ジャンルが細分化され、いわばオタク的な傾向を強める。たとえばニュース専門番組であり、特定の競技だけを扱うスポーツ番組である。いずれタイガー・ウッズのプレーばかり流すチャンネルもできるかもしれない。放送局と言うよりは、デジタル配信局と呼んだほうがふさわしい。これらは幕の内弁当的な「何でもあり」の番組編成を続けてきた日本のテレビ局が不得手とする分野なのだ。

 だが、たとえテレビ局が有力なコンテンツを制作し続けられたとしても、それを所有することは楽天のようなバーチャル市場運営者にとってメリットはない。利用者にしてみれば、あらゆるコンテンツにワンクリックでアクセスできることが理想だ。フジテレビだけとか、TBS だけ、というのでは商売にならない。バーチャル市場では、同一分野のあらゆる商品を一堂に集めて性能や価格を比較できることが重要である。

 これは映像コンテンツについても同様で、特定のテレビ局と組み、そのコンテンツを囲い込んだとしても、利用者にとって決して使いやすいサイトとはならない。むしろ他のコンテンツ供給者から敬遠されるマイナスの方がはるかに大きい。

 バーチャル市場の運営は、大規模小売店と同じく、全てのメーカーに対して等距離を保つことがポイントなのだ。

 企業としての存在価値が今後確実に低下してゆくテレビ局を、バーチャル市場やポータルサイトの運営者が、なぜ執拗に買収しようとするのか、私には全く理解できないのである。


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