大前研一の新・産業革命

第 10 回 - 携帯電話が教える近未来のデジタル社会
文/大前研一 text by Kenichi Ohmae
撮影/永井 浩 photograph by Hiroshi Nagai
大前 研一*

カメラ、GPS、プリペイドカード、定期券、航空券、手帳……、これらをつなぐキーワード、それが携帯電話だ。
多機能を誇る「ケータイ」から、近未来のデジタル社会が垣間見える。
おおまえ・けんいち
マッキンゼー・アンド・カンパニー・インクの日本支社長、アジア太平洋地区会長を経て、大前・アンド・アソシエーツ、ビジネスブレークスルーなどの代表を務める。ビジネスブレークスルー大学院大学学長。「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。最新著作に『大前研一新・経済原論』『決定版!「ベンチャー起業」実戦教本』。

 Windows® バージョン 1 が世に出た 1985 年に始まるアフター・ゲイツの時代には、それまでのビジネスや製品の定義が突然意味を喪ってしまった。私はかつてカスタマー (顧客)、コンペティター (競争相手)、コーポレーション (自社) の頭文字を取った 3C が、ビジネス戦略を定義すると提唱した。「大前の 3C」といわれて、今でも欧米のビジネススクールの教科書に載っている。

 だが、IT の進歩により、生産の外部委託が当然となった結果、今や「コンペティター」の定義は大きく変化した。たとえば電機メーカーであるソニーの競争相手はゲーム機ではマイクロソフトというソフトウェアメーカーで、録音再生機ではアップルというコンピュータメーカーである。

 定義が困難な製品の典型に、携帯電話がある。かつては持ち運びできる電話機であったはずの「ケータイ」だが、今や全く違う機器に変貌してしまった。私は 8 年くらい前に「携帯電話は電子財布になる」と予言したが、その当時に私が言っていたことの半分ほどはすでに実現している。

 携帯電話には Suica がついて定期になり、プリペイドカードにもなった。ケータイでチケットを予約し、送られてきた二次元バーコードを持って飛行場や劇場に行けばそのまま入れて、座席番号まで出てくる。つまり決済システムであり、クレジットカードであり表示板でもある。やがて保険証や免許証をケータイに入れることになるかもしれず、そうなれば身分証明書にもなる。印鑑は盗まれて使われたら本人かどうか判定不能だが、ケータイに音声や指紋等のバイオメトリクス (生体認証システム) をつければ、紛失しても本人以外は使うことはできず、はるかに安全だ。

 またケータイはデジカメでもある。今一番売れているカメラは携帯電話の部品としてのカメラレンズであり、デジタルカメラ用メディアとして開発された SD カードでも、ケータイ用の miniSD カードの売上のほうが大きくなってしまった。

 ケータイと自動車との関係も進化を続けている。私が乗っている国産車では、ダッシュボードに入れておけば、ハンズフリーの自動車電話にもなる。ダッシュボードに置いた携帯電話に e メールが入ってきたときには、カーナビの大きな画面に文字を表示させることもできる。

 先日、車で温泉に出かけた際、私はダッシュボードに置いたままの携帯電話でカーナビのオペレーションセンターに連絡した。オペレーターに「長野県茅野市渋川温泉」と告げると、目的地を入力してくれ、私は最後までカーナビのボタンに指を触れることなく、目的地までの地図を表示させることができた。つまりケータイは GPS の音声入力装置でもあるのだ。携帯がクルマの鍵となり、ETC 機能を吸収することも時間の問題だろう。ゲームや音楽配信、ワンセグのテレビ受信もすでに過去形だ。グーグルなどの検索やパソコンのブラウザー機能もすでに標準となりつつある。

デジタル社会の担い手の条件

 こうした携帯電話の進化で世界の先端を行くのが日本である。最新のケータイには 200 ほどの機能があるが、日本の 20 歳前後の女性たちはその機能のほとんどを使うことができる。反対に 40 歳以上の男性企業人は、自分の持っている携帯がどのくらい素晴らしい機能を具備しているのか想像すらできない。

 電話はできるし、カメラとメールぐらいは使えるが、携帯のカメラで撮った写真をそのままメールで送れるか、となるともう怪しい。航空機チケットの予約をしろというと考え込んでしまい、終電の乗り継ぎ時間を調べろというと立ちすくむ。「名刺代わりに最近はケータイで情報交換するようになっています。あなたのプロフィールを隣の人に送ってみてください」と指示すると、「いったい何のことですか」という反応が返ってくる。せっかく赤外線で情報交換できる機能を持っていてもこれでは宝の持ち腐れだ。

 自分の持つケータイがどんな機能を持っているのかさえ知らない。それが日本企業の中核を占める管理職たちの実態なのだ。こうした現状では、新しく生まれる市場を若い女性がリードしていくのは必然的な結果といえる。

 2004 年に南場智子氏率いる DeNA (ディー・エヌ・エー) が立ち上げた携帯電話からのオークションサイト「モバオク」は、売りたいものをケータイで撮り、DeNA のサイトに送るシステムである。現在では 1 日 1600 万のページヴュー (PV) を誇り、利用者の女性比率は 64% に達するという。またその後導入されたケータイゲーム & SNSサイト「モバゲータウン」は 1 日 2 億 PV を越えた。2005 年に上場した際に、同社の株式の時価総額は 1300 億円に達し、今年になって 2000 億円に迫る勢いを見せている。

 同じことがなぜ NTT にできなかったのか。それは発想力の違いといえる。DeNA はモバオク以前にビッダーズという PC 用のオークションサイトを運営していたが、強敵ヤフーの厚い壁に阻まれて赤字に悩んでいた。しかし「ケータイはカメラである」という視点を持った瞬間、新大陸に飛んだのだ。

 義務教育の教科書の内容を全部記録しても、100 円分のメモリーの中に収まってしまう。このような時代に求められるのは知識ではなく、クリエイティビティである。それは「ケータイの定義」を考えさせてみるだけで、簡単に見えてくる。

 日本の十代の若者たちにそれをやらせると、上で私が述べた答えを全部出してきた上に、次々と新しい発想を展開して止まらなくなる。同じ質問をインドでもメキシコでもしてみたが、この点で世界で最も優れているのは日本の若者たち、特に 20 歳前後の女性である。さすがに着メロ、着うたフルの国だけはある。おじさん達の頭はこうしたことになると膠着状態に陥るのが関の山なのだ。

 これから彼女たちが社会に出、また母親となって子供たちを育ててゆくことを考えると、日本経済の未来は大いに期待が持てると、私には思えてくるのである。



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第 10 回 - 携帯電話が教える近未来のデジタル社会