企業市民活動ホーム | 事例紹介 | 女性のための UP プログラム

女性のための UP プログラム

DV 被害者の自立を支援する


DV 被害者の苦しみ

 近年になり日本でも、ドメスティックバイオレンスが「DV」という言葉の認知と共に、社会問題として注目を集め始めました。内閣府の調査によると、DV 被害女性は 1999 年以降大幅に増加しています。2005 年のデータでは、女性の約 3 人に 1 人が夫から暴力を受けています。
 「私が長い結婚生活で直面していた恐怖は、13 年前私を自殺未遂に追い込みました」1 児の母である西原さん (仮名、52 歳) は語ります。西原さんはゆっくりと続けました。「私は運良く生き残りました。けれど、その後長い間沈黙することを強いられ、孤独と戦い続けました。私は遂に 7 年前、家を出ました。その時は夫による暴力で生命の危険すら感じていましたが、それでもなお、自分が“DV の被害者”であると自覚していませんでした。私は自分自身に非があると感じていたのです。夫に何を言われても仕方のない人間だと思っていました」
 3 女の母でもある山田さん (仮名、45 歳) は西原さんの話にうなずきました。「私は周囲の人に、元気な姿しか見せたことがありませんでした。その頃私が夫に完全に支配され、ほんのささいな主体性すら許されていない状況にあろうなどと誰も知りませんでした。そんな私自身を嫌悪していました」山田さんは言います。「ひたすら子どものために我慢しようとしていました。けれど、そのうち子どもたちの方に変化が表れました。いつも泣いている自分の子どもを見て、やっと 4 年前、何とか状況を脱しようと心に決めました。しかし、家を出た私たちを待ち受けていた現実はとても厳しいものでした。追ってくる夫から逃げるために、子どもたちの名前さえも変えながら生きていく日々が始まりました」


DV 問題をとりまく現状

ITVP のコーディネーターである TVAC の河村さん

 内閣府によれば、20 組に 1 組の夫婦で、命に危険がおよぶ暴力に妻がさらされているというショッキングな調査結果が出ています (2000 年度) 。日本では長い間家庭内の問題だとされていましたが、2001 年に制定された DV 防止法 (※ 1) によって初めて犯罪とみなされるようになりました。
 社会問題解決のための市民活動を推進する目的で 1981 年に設立された非営利組織東京ボランティア・市民活動センター (TVAC) の河村暁子さんによると、この法律ができてから、子どもを連れてシェルター (※ 2) に逃げ込む女性が増えたということです。
河村さんは「DV 被害者の女性が助けを求めて家を出るのは重要なステップであることは確かですが、その先自立して生活をするまでになるには長い道のりがあります」と言います。「多くの場合、シェルターに身を寄せた女性たちには、社会で求められている職業的スキルや経験を十分に持ち合わせていないことから、シェルターを出た後どのように生計を立てていくかという壁が待ち受けています。日本のような国で彼女たちが安定した職業を得るためには、最低限、基本的なパソコンのスキルが必要です」河村さんはこうも述べます。「DV 被害者の女性に多く当てはまるのが、パソコンのスキルを習得したくても、講座に通えるだけの収入がなかったり、ましてや、講座に出席している間、お金を出して子どもを預ける金銭的余裕がないということです」実際に、DV 被害者が離婚を踏みとどまった理由の中で最も多いのは「経済的不安」 (27.7%) というデータがあります。厚生労働省の調査では、2003 年の母子家庭世帯数は5年前に比べて 28.3% 増加しており、こうした母子家庭の平均所得は 233 万円と一般世帯の平均所得 589 万円を大幅に下回っています。また、DV 被害者は、夫が彼女たちを見つけ出すのではないかという不安に怯えているのです。加えて深刻なのが、ほとんどの DV 被害者が著しく自尊心を欠いている状態にあることと、トラウマによって、大きな教室では授業についていくのが困難なほど一時的に学習能力が低下しているということです。山田さんの場合、以前彼女が夫と暮らしていた家には 2 台のパソコンがありました。しかし、前夫が触れることを許さなかったため、山田さんは電源の入れ方さえ知りませんでした。「前夫は、電話をはじめ、外部との通信手段を私が使用することに非常に敏感でした。ですから、これらに関する一部始終を監視していたのです。そうした体験がトラウマになり、子どもたちを連れてシェルターに入所した頃には、私にとってコンピューター自体が恐怖を呼び起こすものになっていました」



NPO そして他社との協働

マイクロソフト株式会社
緒方麻弓子
(現 公共インダストリー統括本部
プログラム推進部部長)

 TVAC は DV 被害者のために、小規模なパソコン教室を、彼女たちの安全が確保できる場所に非公開で設けようと考えていました。DV 防止法の策定にも関わった TVAC 所長の山崎美貴子さんは、パソコン講座の立ち上げに至るまでの経緯をこう話します。「DV 被害者の保護のために活動しているシェルターなどの NPO は、企画の段階で既に、講座を開設するための資金や、講座でインストラクターを務めてくれる優秀なボランティアを集められるだけの力が不足している、という問題に直面していました。NPO、ボランティア組織、そして企業との間で、新しいネットワークを組織化しなくてはならないことがわかったのです。ちょうど時を同じくして、私のところにマイクロソフトの社会貢献担当者が連絡してきました。DV 被害者の支援プログラムに非常に強い関心があると言うのです」
 これをきっかけに、TVAC とマイクロソフト、日本ヒューレット・パッカードの協働で、IT ボランティア プログラム (ITVP) が出来上がり、当初の 2 年間では、200 人のボランティアと 235 人のスタッフによって約 600 人の方々への支援を行いました。これが後にマイクロソフトの企業市民活動のひとつでもある、「女性のための UP プログラム (※ 3) 」に発展することとなりました。
 同プログラムに立ち上げ時期から取り組んできたマイクロソフトの緒方麻弓子によれば、計画段階での最大の課題はリスク マネージメントだったと言います。外部に居場所が知れることに危険性が伴う DV 被害者を保護するためには特別なオペレーションが必要だったのです。それぞれの場所専用にカスタマイズされた、セキュリティが確保された LAN も必要でした。講座用のスペースを割けないため、小型のノートパソコンを用いる必要もありました。マイクロソフトは日本ヒューレット・パッカード株式会社に 133 台の新しいノートパソコンと、17 台のプリンターを含む周辺機器の寄贈を依頼しました。その上で、すべてのソフトウェアを提供しました。


東京ボランティア・
市民活動センター 山崎美貴子所長

 2002 年 4 月、ボランティアの募集が、メディアに取り上げられ、マイクロソフトと日本ヒューレット・パッカードのウェブサイトにも掲載されました。ITVP が公式に発足したのです。山崎所長曰く、「DV 被害者支援のような日本ではまだ新しく、かつ大きな社会問題への取り組みが、ボランティアと NPO、企業の協働で行われることは、大きな注目を集めました」被害者の女性たちの男性に対する恐怖心が根強いため、募集するインストラクターは女性に限ることにしました。男性は後方支援のエンジニアとして募集しました。結果、インストラクターとして 238 名の女性、LAN システム構築のためのエンジニアには男性を含む 41 名の応募を得ました。そのうちの多くがマイクロソフトと日本ヒューレット・パッカードの社員たちでした。



ボランティアたちの奮闘

 ITVP のボランティアは、それまで触れる機会のなかった DV 問題について理解を深めることを含め、この講座のための特別なトレーニングを 3 か月 (2 時間× 6 回) にわたって受け、また、その後もさまざまなテーマで勉強会を開いています。エンジニアのボランティアたちは、インストラクターのトレーニングに使用するために、“DV 被害者のための安全なインターネット活用法”というテキストブックを作ることにしました。DV 被害者の子どもを世話するボランティアにも特別なトレーニングが必要でした。子どもたちもまた、虐げられてきたケースが多いことから、大人に対する不信感で心を閉ざしていたり、情緒が不安定な傾向にあるので、個別のケアが求められるからです。
 3 か月のトレーニングの後、インストラクターは 5、6 人のチームを作り、一般には公開していない都内 16 ヶ所の教室に派遣されました。受講者の安全への配慮がその理由です。ボランティアの自主組織である ITVN の代表を現在務めるインストラクターの根本さん (仮名) と、エンジニアの角田さん (仮名) によると、ボランティアたちは当初 TVAC の指導の下、思考錯誤しながら経験を積んでいき、2005 年 4 月に ITVN を構成するまでに成長しました。テキストは受講者一人ひとりの進み方や能力に合わせるため、ボランティアたちが手作りしました。その積み重ねた結果は ITVN の財産として保存し、ウェブサイトから入手できるようになっています。DV 被害者の中には外国人も含まれており、日本語も英語も話せないこともあったので、彼女たち用の特別な講座を考える必要もありました。
 生徒の中には PTSD やさまざまな困難な状況のために、一時的に集中力や記憶力が落ちている人もいます。「受講し始めた時、私はまだ精神的に不安定で、教室ではなかなか覚えられない『問題児』でした」山田さんは自分の状況が改善されていく様子をこう話します。「ボランティアの方々のきめ細やかなサポートのお陰で、私は子どもたち共々、徐々に講座で出会った女性にもそして男性にも打ち解けることができるようになっていきました。こうして私は、仕事を得るために履歴書を作成するまでのスキルとやる気を身に付け始めたのです」 ITVP の根本さんには忘れられない経験があります。ある日生徒の一人を褒めたところ、彼女が突然泣き出して、「ここ数年で初めて褒められました」と言ったのです。根本さんはこう述べます。「たくさんのボランティアが同じような経験をしていると思います。私たちボランティアは DV 被害者の方々が置かれている状況や傷つきやすい心の状態を理解することが大切です。そのためにも安全のためのレクチャーや接する際の心構えなどを学び、普段から心がけることが重要だと感じています。このことも 5 年間で培ったことであり、このボランティア活動はとても奥の深いものだと実感しています」


活動が生み出した成果

 西原さんは彼女が心身を回復させていく過程において、IT スキルを身に付けることがいかに重要だったか詳しく語りました。パソコン講座に通い始めて 3 か月になる頃、彼女は DV というものの実像と、自分の身に起こったことの責任の所在は自分にはないことを理解するようになりました。「パソコンを学び始めて、自分に自信が持てるようになりました。コースの終わりに修了証を受け取りましたが、そこには、マイクロソフトとヒューレット・パッカードの名前が記載してありました。それは私にとって、とても意味のあることだったのです。私が社会の一員としてやっていくだけの強さを持っている証のような気がして、勇気づけられました」
 ITVP が発足して以来、毎年 300 人の DV 被害者たちがパソコン講座を受講しています。河村さんは、このプログラムはまだ発展段階にあるとしながら、その成果には自信を持っています。毎年約 30 人の女性たちが、就労したり、より良い仕事に転職しています。マイクロソフト オフィス スペシャリスト (MOUS) (※ 4) の検定に合格した女性たちも出てきました。そして、何より、PC スキルの習得から自分に自信をもったり、ボランティアたちとの交流の中で、失ってしまった人間関係を再構築しているということが一番大きな成果だと思います。西原さんは ITVP のパソコン講座で教えながら DV 被害者のための NPO を立ち上げました。山田さんは幼稚園の先生をしながら ITVP でボランティアをしています。山田さんはボランティアをする理由をこう話します。「私には死んでしまいたい時がありました。今は、同じ境遇にある苦しんでいる人たちを、経験者としてサポートしていきたいです。私は彼女たちの痛みをわかってあげることができるのですから」

 まだやらなくてはいけないことがたくさん残されている、と TVAC の山崎所長は強調します。パソコン講座のインストラクターなどボランティアを対象としたトレーニングをより質の高いものにしていくこと、このプログラムを日本中に広げていくこと、そして、DV の問題を社会が共有できるよう理解を促すこと。しかし同時に、山崎さんは ITVP がこれまでやり遂げてきたことを非常に誇らしく思っています。「これは、DV 被害者と公的機関、民間企業が互いに協力し合い、前例のない枠組みのもとに行われた実に画期的な取り組みだと思います。大変な挑戦でしたが、私たちは、そこに存在していた壁を取り払うことに成功したと言えるのではないでしょうか。単に民間企業から支援が行われたというストーリーに終わらせず、人間の結びつきの強さを示したものだと思うからです。私たちは今、それぞれのセクターが持つ力を結集して、さらに力強く、社会の中に根深く残る問題を変えていける何かを作り出す場面に立ち合っているのだと感じています」


活動を全国へ拡充

 女性のための UP プログラムは、2004 年 7 月にスタートした特定非営利活動法人 WING21 での活動を皮切りとしています。2005 年 5 月からは財団法人横浜市男女共同参画推進協会 (YWACN) 、同年 6 月に東京ボランティア・市民活動センター (TVAC) において活動をスタートさせ、これら 3 つの団体と強力なパートナーシップを組んでプログラムを実施しています。

パソコン講座の様子

 また、マイクロソフトは、2006 年 5 月、新たに全国女性会館協議会および特定非営利活動法人全国女性シェルターネットとパートナーシップを組み、このプログラムを全国で展開する「女性のための UP プログラム全国版」を発表しました。これは、全国 82 ヶ所の女性会館を会員にもつ全国女性会館協議会、全国 47 ヶ所の民間シェルターを会員にもつ全国女性シェルターネット、マイクロソフトの三者が連携することで、困難な状況にある女性を対象に、IT を活用した支援体制の全国展開を目指すものです。就労に必要な基礎的な IT スキルの習得ができる IT 講習や就労支援を、地域の行政や企業等とも連携して実施することで、女性の自立支援促進に取り組んでいきます。


  • (※ 1) 「配偶者からの暴力の防止および被害者の保護に関する法律」 (DV 防止法)
    夫婦間の暴力が、はっきり犯罪として規定されるとともに、重大な人権侵害であることを 明確にした法律。国・地方公共団体は配偶者からの暴力を防止し、被害者を保護し、また、被害者の自立を支援する責任があるとされている。
  • (※ 2) 居場所が特定されると危険がおよぶ恐れのある DV 被害者を一時的に保護する施設。
  • (※ 3) UP プログラムは、マイクロソフトが企業市民活動としてグローバルに取り組んでいるデジタル インクルージョンの推進 (誰もが IT 社会の恩恵を享受できる社会) へのアプローチのひとつで、より多くの人にとって、IT をもっと身近で使いやすくすることを目的とするもの。マイクロソフトは、2003 年 5 月の UP プログラム開始以降、1 億 5,200 万ドルの助成を実施し、95 カ国でおよそ 600 の団体への支援を実施している。UP はUnlimited Potentialの略で、IT の活用により、すべての人が持つ“限りない可能性”を応援する意味がこめられている。
  • (※ 4) Microsoft (R) Office 製品に対する全体の理解、それらの高度な機能を使う能力、 および Microsoft (R) Office 製品間を統合する能力を評価する試験。

文中に登場する人名は一部、仮名を使っています。

Microsoft は、米国 Microsoft Corporation の米国及びその他の国における登録商標または商標です。

 ページのトップへ

**

企業市民活動レポート

マイクロソフトの企業市民活動
レポート 2006

PDF (2.9 MB)

**
**

ムービー

[New] マイクロソフトの企業市民活動紹介ビデオ (2 分 22 秒)
300 kbps | 1 Mbps

**
**
**
**
**