「できマウス。」と「オペレートナビ」でセンター試験に挑戦
障碍 (しょうがい) のある生徒とセンター試験
国立大学や多くの私立大学に入学を希望する受験生が受けるのが「大学入学者選抜大学入試センター試験」です。センター試験では、障碍がある受験者に対して、希望によって試験の際に必要な配慮を講じる措置がされることがあります。例えば視覚に障碍のある受験者には点字や文字の大きな試験問題が用意されたり、聴覚に障碍のある受験者には会場の放送などを通訳してくれる手話通訳者を配置したり、ヒアリング テストの免除がされることがあります。また障碍が理由で問題を読むことや回答を書くのに時間がかかる受験生には、試験時間を延長するなどの配慮がされることがあります。
この受験特別措置を利用し、パソコンを使ってセンター試験を受験したのが、大阪市に住む北村佳那子さんです。
普通学級での学校生活

佳那子さんは胎児期のウィルス感染による脳・脊髄膜炎にかかり、その後遺症で脳性マヒ、小頭症、レンノックス症候群などの重複した障碍を持っています。重度の障碍ですが、介助者が佳那子さんの視線を読むことによって自分の意思を伝えます。
佳那子さんは大阪へ引っ越してきた小学校時代から養護学校ではなく、多くの子ども達に重度の障碍のある人の事を分かって欲しいというお母様の想いもあり、普通学級へ通ってきました。学校へは全面介助を受けながらの通学でしたが、運動会や遠足などの学校行事にも積極的に参加してきました。クラスメートや学校の先生方に支えられ、佳那子さんは学生生活を満喫し、成長していきました。
高校は夜間部の商業科に進みました。中学までは学校生活に参加することが目的になっている部分が多かった佳那子さんですが、高校受験を経験することで、学習することに目覚めたようだったと、佳那子さんを担当している大阪府作業療法士会の茂原先生は語ってくれました。
夜間部の高校の三年生の夏頃から、周囲の影響もあり進路について考えるようになりました。大学進学という夢ができ、受験を意識するようになっていきました。
大学進学に向けた挑戦
大学に進学するために必要なセンター試験を受験するためには、まず特別措置が受けられるように大学入試センターの承認を得なければなりません。そのためには医師の診断書をはじめ、さまざまな書類を申請し、佳那子さんの状況を理解してもらう必要がありました。
佳那子さんは高校の試験までは、介助者が佳那子さんの視線を読むことで意思を確認して回答を記入していましたが、センター試験では、機器などに佳那子さんが考えた回答を表示させ代筆者がそれを回答用紙に記入するという方法をとることが必要でした。高校で非常勤講師として佳那子さんをサポートしてきた山崎さんたちの準備のおかげで、何度かのやり取りの後に、試験の際に、佳那子さんが回答を選択して表示させる道具として、パソコンを使用することが認められるようになりました。
今度は試験に使うパソコンを用意しなくてはなりません。そこで茂原先生が協力を仰いだのが静岡県立こども病院の作業療法士、鴨下さんでした。

鴨下さんは佳那子さんのために、パソコン、「できマウス。」、「オペレートナビ」を用意しました。
「できマウス。」はパソコンに市販や自作したスイッチを接続するためのインターフェース装置です。「オペレートナビ」は、マウスやキーボードでの Windows の操作が困難な方に、テンキーやスイッチを使って Windows を操作するためのソフトウェアです。キーボードでの文字入力やマウス操作のかわりに、テンキーや「できマウス。」で接続したスイッチを使って、画面上に表示したオンスクリーンキーボードから文字やコマンドを選択して操作することができます。
鴨下さんはセンター試験の問題に合わせて特製のオンスクリーンキーボードを作りました。それを使って、試験時間内に効率よく回答できるように、山崎さんやヘルプセンターじゃんぷの村上さんと何度も調整を繰り返し、模擬試験を行うなど、センター試験の準備が進められていきました。

高校まで佳那子さんがパソコンに触れたのは、ほとんど高校の情報の授業の中だけでした。Word や Excel を使ったり、ホームページを作る授業でしたが、この時はキーボードがうまく使えないこともあり興味が持てず、授業の中だけでの利用に留まっていたそうです。受験を決意してからセンター試験に向けて、本格的にパソコンに取り組むようになったのでした。
佳那子さんが使用したパソコンについて、鴨下さんは次のように語ってくれました。
「センター試験がすべてマークシートによる回答方式だったので、問題を支援者に読み上げてもらい、パソコン上に表示された数字を選択する方法が良いと考えました。そこで「オペレートナビ」で1から10の数字を画面に表示できるキーボードファイルを作成しました。画面に表示される数字が順番に 1・2・3・・・10 と移動し、再び 1・2・3・・・10 と自動にスキャンできるようにし、佳那子さんの運動機能を考えてスキャン時間も設定しました。さらにパソコンを起動したらすぐに使いたい画面になるようにしたり、ボタンを佳那子さんがコントロールしやすい顎で押すように設定したりしました。佳那子さんの自宅に訪問した際には、車いす、スイッチやパソコンの画面の位置、画面に集中して見やすくする視野の制限、問題の出し方、応答の待ち方などの助言もさせていただき、選択能力が向上し、集中できるようになったようでした」

「できマウス。」を開発した町田さんは、佳那子さんのチャレンジを聞いて、次のようにコメントしてくれました。
「「できマウス。」プロジェクトは、みんなと同じようにパソコン操作をしたい!その願いのお手伝いができたら嬉しいです... と多くの方々の応援をいただき活動しています。
今回のチャレンジに「できマウス。」を利用されたと知り、一緒に受験させていただいたようで大変嬉しいです。と同時に、受験会場で機器としてのトラブルも無かったことを知り、ホッとしています。
「できマウス。」の開発は、2001 年からはじまりました。従来の入力支援機器とは違い、ハードはシンプルにして、機能は PC 上のソフトで与えることにしています。そのため OS に関する深い情報を知る必要があり、開発には難関が待っていました。そんな折、マイクロソフトから MATvp (マットブイピー) への誘いをいただきました。提供していただく技術情報は大変貴重であり、支援いただくことは開発の励みにもなっています」
残念ながら今回の受験は不合格という結果でしたが、佳那子さんは今、科目等履修生として大学に通っています。
単位を取っていくためにはレポートを作成していかなくてはなりません。鴨下さんは次のように語ってくれました。
「支援者の山崎さんには、講義の内容を IC レコーダーで記録し、まとめた内容をテキストにおこしてもらうことをお願いしました。レポート作成にはまとめた内容を利用しつつ、支援者に読み上げてもらったり、読み上げソフトを利用して佳那子さん自身が確認し、佳那子さんの意見を聞きながら作成していく方法を提案させていただいています。試験は選択肢で答えられる内容にしてもらえるか今後交渉していく予定になっています。大学の先生も理解のある方なのでうまく進んでいくことを期待しています。
今回の受験に向けての一連の取り組みによって、佳那子さんの潜んでいた力が表にあらわれてきています。佳那子さんはご自分のこれまでの体験を多くの人たちに伝えることで、障碍を持つ人たちが過ごしやすい社会になっていくことを望まれています。私は IT 面のサポートを行うことで、その想いを多くの人たちに伝えられるように支援していきたいと考えています」

佳那子さんはパソコンに触れたとたんにパソコンを好きになり、IT の恩恵を受けたわけではありません。大学進学、受験という目標ができてから、学習に真剣に取り組むようになり、そのための道具として、パソコンを利用したのでした。
大切なのは“想い”。そしてそれを実現させるための道具としてのパソコン。さらにサポーターの方やメーカーの方の想いと技術が一体となって、パソコンを使えるように、使いやすいようにしていくということを、佳那子さんの挑戦が教えてくれています。
これからも佳那子さんの挑戦が楽しみです。