Apple's Eye
「1月24日、アップルコンピュータ社はMacintoshを発表します。これにより、あなたは、なぜ1984年が(ジョージ・オーウェルのSF小説の)『1984年』のようにならないかを知るでしょう」
すべてのプライバシーを監視され、感情を奪われ、列を作って歩く大勢の人々。
大きなスクリーンで、その人々にイデオロギーを語りかける支配者、ビッグ・ブラザー。
無表情でスクリーンを見つめる大勢の人々。
その人々の間を、白いシャツと赤いショーツ姿でハンマーを持つ女性がさっそうと駆け抜けて行く。彼女を追いつつも追いつけない特殊警察の姿も見える。
女性はビッグ・ブラザーの映し出されたスクリーンに迫ると、突然、全身で回転を始め「ヤー」というかけ声とともにスクリーンに向かってハンマーを投げつける。
支配者ビッグ・ブラザーの姿が、目の前から消えるというできごとに呆然とする人々。
ここで冒頭のナレーションが流れる。
これは今から25年前。1984年の1月22日、全米が見守ったアメリカンフットボールの試合の最中にただ1度だけ放映された伝説のCMだ[*1]。米国の広告史に残るCMであり、本コラムの読者が愛用するパソコン、「Mac」のデビューを飾ったCMである。
実は先週末、Macは誕生から四半世紀、1世紀の4分の1という節目の年を迎えた。
筆者が自分のブログやWebニュースサイトでその記事を書いたところ、それなりに多くの反響を頂いた。
ニュースに反応してくれた人の中には、Macと同じ年(あるいは、それ以降に)生まれた人も多かった。
そこで、ここでは初代Macが誕生した当時のパソコンの様子を振り返ってみよう。
ちなみに今年はMac誕生25周年でもあるが、マイクロソフトがMac用製品の提供を開始して25周年でもある。
これはつまり、マイクロソフトが、Macが登場してすぐにMac用ソフトを提供していたということであり、マイクロソフトがMacを広めるにあたって欠かせない存在であったという証でもある。
実際、アップルのスティーブ・ジョブズ氏らは、マイクロソフトには、かなり早い段階でMacのプロトタイプを提供している。 このアップルの四半世紀の歴史を振り返ろうかとも思ったが、実は同様の記事は、過去のApple's Eyeでも取り上げている。
今からちょうど5年前の20周年の時には、Macの進化の歩みを簡単な年表にまとめた:No.108 - Mac、20 年の革新を振り返る
アップル社とマイクロソフト社の関係の歴史は、こちらの記事にまとめた:No.200 - アップルとマイクロソフトの絆は10年ごとに深まる!?
Mac開発者の一人、ビル・アトキンソン氏自らが明かす初代Macの誕生秘話も書いた:No.116 - ビル・アトキンソンが明かす Mac 誕生秘話
(Macではなく)アップルの30年の歴史を分析的に書いたこんな回もある:No.161 - アップルの 30 年を、3つのスコープで振り返る。
Macの誕生前後の時代を体感してもらおうと、ショートストーリーを書いたこともある:No.184 - MacバブルへGO!
かと思えば、アップルの歴史をクイズ形式で振り返ったこともある:No.162 - アップル 30 周年は、「Think different」して祝う
Apple's Eyeの連載すべてを通して読んでいる人がいるとは思わないが、一度書いたことはリンクを貼って済ませるのがWebの世界だ。ここでまた別のアプローチでアップルの25年歴史を振り返ることもできるが、それよりは明日に目を向けよう。
Macはこれからどこへ進むのか?
2001年1月以来、Macの最大の役目は、デジタルハブとしての務めを担うことだった。
デジタルハブとは、身の回りにある各種デジタル機器をさらに便利に使うための中枢のことだ。
デジタルハブの概念を使えば、面倒な住所録や音楽の曲名はパソコンの大画面とキーボードで入れておいて後から音楽プレーヤーと同期ということも可能だし、デジタルカメラで撮った写真のスライドショーと、ビデオカメラで撮ったムービーを合成し、そこにCDから取り込んだ音楽を添えて、DVDにまとめる、といったことも可能になる[*2]。
この概念が発表された当時は、パソコンそのものが節目にさしかかったと言われており、パソコンメーカー代表までもが「パソコンの時代は終わった」と語っていた。
しかし、アップル社のスティーブ・ジョブズCEOは、「パソコンは、進化の過程の最初の段階にある」とこれを否定。'70年代は黎明期、'80年代はワープロや表計算ソフトのような生産性ソフトの時代、'90年代はメールとWebによるインターネットの時代とした上で、21世紀のパソコンはデジタルハブに進化すると唱えた。
実際、それからのアップルはMacを、世界最高のデジタルハブにするために邁進する。
身の回りのすべての音楽をMacで取り扱うようにし、デジタルビデオで撮った映像にも、プロのような仕上がりの編集とDVDメニュー画面をつけられるようにした。
さらにはデジタルカメラの写真も、メーカーに関係なく同じiPhotoというソフトで取り込めるようにした[*3]。
アップルのデジタルハブ戦略の中心は、iLifeと呼ばれる一連のアップル製アプリケーションだが、アップルは、この8年間iLifeを進化させることでデジタルハブの役割そのものも進化させ続け、一方でiPodやApple TVそしてiPhoneといった、Macと連携する新時代のデジタル機器も自ら作り続けてきた。
そして最近では、そうしたデジタル機器の中でも、iPhoneの存在感が日増しに強くなってきた。
このiPhoneを使ってApple TVやMacを操作するアプリケーションも登場していれば、米国ではテレビなどの家電機器を操作するアプリケーションまで登場し始めており、筆者は最近、講演でデジタルハブの中心がパソコンから携帯電話に変わりつつあるのかもしれない、と講演している[*4]。
一体、アップルのデジタルハブ構想は、これからどのような方向を進んで行くのだろう。
筆者は、3つの流れを感じている。1つ目は上でも触れた「携帯電話との連携」だ。
あらゆるデジタル機器の中でも、携帯電話は特別な存在だ。
1人が1台持ち歩く数少ない特殊な機器であり、それだけに個人認証の鍵となりうる可能性も秘めている。
例えばシャープ社とヤフー社が共同開発しているテレビと携帯電話の連携技術では、筆者の携帯電話のリモコンボタンを押すと、テレビに筆者のヤフー!メニューが表示され、あなたがあなたの携帯電話のリモコンボタンを押すと、あなたのヤフー!メニューが現れる、ということも可能になりつつある。
携帯電話は、それほどまでにパーソナルで特別な存在だ。
しかも、携帯電話には、パソコン同様にCPUやグラフィックチップ、メモリが搭載されており、さらにはカメラやマイク、スピーカー、GPSまで搭載され、それでいてスポっとポケットに収まり、どこへでも連れて行くことができる。
このことにより、これまでのパソコンにはできなかったような、ライフスタイルとの新しい関わり方を持つことが可能だ。
そんな特別な機器だけに、デジタルハブの中でも、携帯電話は特別な存在になりつつあるはずだ。
実際に現在の状況を見ても、iPhoneではMacに取り込んだ音楽やムービーを持ち歩けるのはもちろん、Macに取り込んだ写真やカレンダー、連絡先も同期して持ち歩くことができる。
最近ではそれに加えてさらに、録音データを簡単にMacに取り込めるレコーダーアプリケーションやMacをリモコン操作できるiPhoneアプリケーションといったものも増えつつあり、MacとiPhoneがセットでデジタルハブの中核になる未来像を描き始めている。
2つ目の流れは「ネットとの融合」だ。実際、新しいiLife '09では、iPhotoとソーシャルネットワークサービスの「facebook」や写真共有サイトの「flickr」との連携が重要な機能になってきている。
アップルは「MobileMe(旧称:.mac)」という自前の有料ネットワークサービスを持っているだけに、これまではかたくなに同サービスをiLifeの連携先としてきたが、このiLife '09では、そこの部分がふっきれ、積極的に他社の成功しているサービスと組んできた印象がある。
「flickr」は本連載でも再三紹介してきたヤフー!社の写真共有サービスだが、なんと有料登録すると、容量無制限でいくらでも写真を登録できる点がなんといっても素晴らしい[*5]。
では、facebookはというと、こちらは米国で現在、ナンバー2でありながら2年ほど前からものすごい勢いでユーザー数を増やしているSNS(ソーシャルネットワークサービス)だ。
日本のSNSの代表格、mixiのような日記機能こそないが、ゲームなどのちょっとした遊びを、ユーザーが自由に追加して楽しむことができるのが最大の特徴で、人を巻き込んで楽しむスタイルのゲームなどが多数用意されている。
そのfacebookで、さらに人気なのが優れた写真アルバム機能だ。多くのSNSが写真アルバム機能を備えているが、「ソーシャルネットワーク(社会の/社交のネットワーク)」のサービスらしく、facebookの写真アルバムでは、人が写っている写真の顔の部分を囲み、それをプロフィールを含めた人情報に連携させることができる。
なので、最近ではどこかのパーティーに行った翌日、気がつくとfacebook経由で、あなたが写っている写真が投稿されました、というメールがたくさん届く。同じパーティーに行った他の人が、パーティーの写真をfacebookに登録し、私が写っている写真に印をつけてくれたからだ。
中には写真を投稿した人が知らない人物が写っていることもあるかもしれない。もし、その人物を筆者が知っていれば、筆者の方でその人物を枠線で囲み名前を書き込んであげる(あるいはfacebookのプロフィールにリンクしてあげる)。そうすると写真を投稿した人にも顔を覚えてもらいやすくなる。
新しいiPhotoは、このfacebookの名前タグ機能と完全に連動する。しかも、iPhotoそのものに顔認識機能と人の識別機能が加わっているので、写真に写っている人物の情報を連携させることがものすごく簡単にできる。
これからは「えっと、○▲ちゃん?ちょっと待っていて、写っている写真を探すから……あれ、ないなぁ…」という問題もどんどんなくなっていくだろう。
3つ目は「人生を豊かにする」側面への注力だ。誕生したばかりのMacは、世界でもっともエキサイティングなパソコンであり、何か新しい時代の幕開けを感じさせるパソコンだったはずなのに、その後、Macは、どんどんと左脳的な発想で「便利」さや「効率」、「アプリケーションの数の多さ」といったものを追求し始めてしまった。
それによってMacそのものは見かけ上栄えたように見えたが、Macユーザーはそれほどハッピーにはなれなかった。
8年前、2001年1月に登場したiLifeのアプリケーション、特にiMovieとiDVDは、それとはちょっと方向性を異にするアプリケーションだった。あえて機能は削っているが、それでいてできあがった動画作品は、そこいらへんのプロが作ったムービーやDVDメニューをはるかに超える気品と美しさを備え、私たちの日常のなんのことはない映像を、とてつもなくスペシャルなひとときとしてテレビ画面に映し出してくれた。
その後、登場したiPhotoのスライドショーも、写真が撮られた一瞬一瞬を特別な瞬間として表示し、手に重みの伝わってくる写真集に変貌させてくれた。
こうした過去を振り返ると、iLifeの歴史は、身の回りのガジェットをつなぐ歴史ではなく、デジタル技術を使って人生を豊かにしてくれるかの歴史であったことがうかがえる。
ただ、これまでのiLifeが人生を振り返る行為に焦点を置いていたのに対して、iLife '09、特にGarageBand '09は、これから歩む人生を豊かにすることに焦点を置いたという点で特筆できる。
Macの画面上ではもはや当たり前になったハイビジョンの映像表現を、アップルは、ユーザーが特別な感情を抱くアーティストが、プライベートなレッスンをするための技術として活用した。
GarageBandのアーティストレッスンを受けている間、ユーザーの前にMacというパソコンはない。ユーザーはMacという窓を通してスティングやノラ・ジョーンズやサラ・マクラクランからプライベートなレッスンを受けている錯覚に安心して陥ることができる。
そしてスティングの愛弟子となったギタリストのあなたは、今度は同じガレージバンドを使って、自分の演奏を録音し(なんと新ガレージバンドはギターのエフェクターとしても機能する)、インターネット越しに友達とのセッションを楽しみ、iMovieでプロモーションビデオを編集し、YouTubeで投稿。
この新iLife '09の登場によって、楽しかった昔の趣味を復活させる人も急増すれば、やってみたかったけれど、できなかった昔の夢に今、あらためて挑戦する人が急増することだろう。
iLife '09は、アップル社のデジタルハブ戦略における大きな跳躍であると同時に、パソコンがただの「世の中を便利にする道具」を脱皮し、「人々を豊かにする道具」に変わる瞬間を飾る記念碑的ソフトなのかもしれない。
参考文献
[*1] 実は1983年度の広告賞を受賞するために、前年の深夜帯に1度だけ放映されているが、それは細かい話しなので、ここでは無視しよう。
[*2] デジタルハブの詳細については:No.36 - Apple's Eye Macworld SF Special Macはデジタルハブへと進化するNo.161 - アップルの 30 年を、3 つのスコープで振り返る。
[*3] iPhotoについても、これまで繰り返し取り上げてきた。No.58 - 21 世紀アプリケーション、iPhoto の魅力No.76 - デジタルライフスタイルを楽しもう ! [iPhoto 編]No.109 - 日々の暮らしを楽しく彩る iLife '04No.134 - iPhoto 5 で広がる写真の楽しみ
[*4]No.224 - パソコンをiPhoneや別パソコンからリモコン操作
[*5]No.137 - Mac OS X v10.4 ”Tiger” 準備企画:タグを付け始めよう。No.213 - Macで「写真」の楽しさを広げよう
関連リンク
No.108 - Mac、20 年の革新を振り返る
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