No. 250 - 十年一昔:時代コンテクストの変化を振り返る[2009年10月9日更新] ■250回 / 10年Apple's Eyeもついに250回目。連載開始から10年目を迎える。連載当初、まだお腹の中にいた赤ちゃんがもう小学校1年生と考えると、皆さんの支持のおかげで長い間、連載をさせていただいたことに感謝の気持ちで一杯だ。 さて、前回の記事から今回までに起きた、アップル関連の最新の話題をまとめてみよう。 おそらく最大のニュースは、9月28日時点でiPhoneのアプリのダウンロードが20億本を突破したというニュースだ。アプリの総数は8万5000本。 そのうち5億本以上が、この四半期(3ヶ月)だけで売れていることからも、その加速ぶりが伺えるはずだ。 Mac関連では、Macで日本語の入力を実現している「日本語入力プログラム」関連のニュースが2つある。この夏に発売され話題になったジャストシステムのATOK 2009 for macが、新たに月額版という製品を出した。数年に1度の買い替えが必須のアプリを、携帯電話のような月額利用料金で利用できるようにするというおもしろい試みの製品だ。 もう1つのニュースは「かわせみ」だ。 Macの日本語入力プログラムというと、Ma OS X標準の「ことえり」と、「ATOK」の2つしかない寂しい状況になっていたが、ここに1つ強力なライバルが登場する。元「egbridge」の開発に関わっていた人が、同プログラムの技術を復活させるべく作ったのが「かわせみ」で、10月下旬からダウンロード販売がスタートする。10月4日に開催したAUGM/Osakaでは、いちはやくその詳細が紹介された模様だ。 また、ニュースというほどではないが、アップルが同社のホームページでiPhotoを使ったおもしろい試みを始めている。 「iPhoto Theater」というもので、有名女優やアーティストの日常スナップショットをiPhotoのスライドショーで紹介する、という試みだ。 さて、クリスマス商戦前で、年に1度のiPodアップデートの話題も一段落したこの時期、インターネットでMac新機種登場の噂がささやかれ始める時期なのは今年も同様だ。もしかしたら、この記事が出る前にも、みなさんは大きなニュースを目にしているかも知れない。 いつものアップルのパターンは、自分へのクリスマスプレゼントに迷わず買うことができる堅実なアップデート製品をこの時期に発売する。 そして年明けすぐのMACWORLD EXPO/San Franciscoの基調講演で「One more thing...」の後に、IT業界の新しい地平を見せてくれるような製品の発表が1つ、とこういうパターンだった。 しかし、来年の1月にはMACWORLD EXPOがない。 2010年の2月9日から13日までの日程で、MACWORLD EXPO/SAN FRANCISCOのイベントそのものは開催される予定だが、アップル社は参加の予定がない。 同様にアップルが参加を取りやめたパリのApple Expoは、2007年を最後にアップルが出展を取りやめた後1度だけは開催されたが、今年ついに主催者が四半世紀近くの歴史があるイベントに幕をおろしてしまった。 同様に、以前はアメリカ東海岸で開催されていた夏のMACWORLD EXPOも、アップルが出展を取りやめてから2年目で閉幕となった。 そう考えるとMACWORLD EXPO/SAN FRANCISCOにも頑張って欲しい気持ちはあるが、ちょっと不安に思うところも多い。 一方で、同様にアップル出展の予定はないものの、例年にない異様な盛り上がりを見せているのが世界最大の家電イベント、「International CES」だ。毎年、MACWORLD EXPOと同時期に開催していたイベントで、大型テレビから携帯電話、楽器など幅広い家電製品が展示されるが、「iPhone」が発表された2007年1月には、「CES最大のニュースはCES会場ではなく、MACWORLD EXPO会場にあった」といわれて話題になった。 このCESが、今年はアップルのMACWORLD出展取りやめを受けて、人気ブログ、iLoungeと共にiPod/iPhone関係の展示を行うパヴィリオンを用意すると発表すると、すぐに枠を大幅に上回る応募があったという。 もしかしたら、今後、CESは世界最大のアップルイベントにもなるかも知れない。 世の中では、時間をかけてじっくりと作られてきた枠組みが、気がつくといつの間にか機能しなくなっていることがある。 しかしそういう時は、もう1度原点に立ち戻って土台からみ直してみることで、それまでになかった、まったく新しい未来が見えてくる時期でもある。 誰に聞いても「それはそういうもの」と思い込んでいるそんな場にこそ、時代を変えていくヒントがあるのかも知れない。 筆者は時折大学でも講義をすることがあるが、「コンテクストは常に変わっている。コンテクストは自ら変えられる」というのは、筆者が大学での講義で必ず盛り込んでいる言葉だ。 今回のApple's Eyeでは、そんな視点から、この7年半のコンテクストの変化を振り返ってみよう。 ■ コンテクストは変わっている。コンテクストは変えられる10年前、1999年といえば初代iMacが発表された翌年だ。 この初代iMac発表の前夜、世の中にはインターネットブームが到来し、Mac並みに簡単に操作できるOS、Windows 95の登場で賑わっていた。パソコン人気が高い間に、大きなシェアを獲得しようと、各メーカーが価格競争を始めたとたんに、世の中がおかしいことになった。 すでにパソコンは十分速くなり始めていたので、ほとんどの人はより安いパソコンを求めた。パソコンが極端に安いことが重宝された。 米国価格で1000ドル、国内価格で10万円前後のパソコンに注目が集まり、販売店にとってはパソコン1台売るよりもケーブルを1本売った方が、儲けが大きいような変な状況になった。 そんな中、アップルは「999ドルの昨年のパソコンではなく、1299ドルの来年のパソコン」といってiMacを発表する。見た目だけでなく、当時、まだほとんど正式採用しているパソコンがなかったUSBを全面採用したり、当時、パソコンになくてはなかなかったフロッピーディスクを切り捨てるなど、技術的にもかなり大胆な試みをしていたために、パソコンに詳しい人の中には敬遠をする人も多かった。しかし、その分、とりあえずインターネットができればいい、という、あまりこだわりがない一般のユーザー達を魅了した。 パリの街角などを歩いていると、図書館や不動産業者など、町中のおしゃれなオフィスで、つい最近までこの10年前のパソコンを見かけることが多かった。 iMacというたった1台の製品が、パソコン市場のコンテクストを大きく変えてしまったのだ。 歴史は繰り返すもの。今のパソコン業界はデスクトップ型とノート型の違いこそあれ、10年前にかなり近い状況になっている気がする。こういうときは、全員で厳しい同じ競争を始めるのではなく、一歩立ち止まって、少しひいた立場から新しい試みをしかけた方が成功する可能性が大きい。 アップルは、いつもそういう仕掛けができる冷静な会社だ。 さて、そんなアップルだが、iMacだけでは世界を変えることはできなかった。 iMacも、その後に登場したPower Mac G3も、PowerBook G3も、さらに1999年夏に登場し、どこよりも早く、まだドラフト規格であった無線LAN(IEEE 802.11b)を採用した初代iBookは、いずれもデザインにも優れ、技術的にもかなり革新的だった。 Power Mac G3は、最強のCPUや最強のGPUを搭載するばかりでなく、業界でももっとも先進的な基板レイアウトや配線技術、そして最も先進的な空冷デザインを採用していたし、PowerBook G3は、デスクトップ並みのパワーをノートサイズに凝縮していた。 しかし、世界の多くの人々にとっては、それらはすべてMacであり、パソコン市場のわずか5%のほどの人しか使っていない、マニアックなパソコンという目で見られており、それが製品購入を踏みとどまる最大の原因になりつつあった。 このコンテクストを変えたのは、2001年のiPodの発表だった。 初代iPodは、Mac専用で音楽再生の機能しかなかった。それでも多くの人々がそのデザインと、製品コンセプトに魅了され、これを求めた。 2002年、Windows版iPodを作って欲しいという要望があまりに多かったことから、アップルはWindows iPodの開発を決意するが、これがアップルにとってiMac以上のコンテクストの変わり目になった。 iPodは、瞬く間に世界を席巻した。すぐさま世界シェアで7割8割を超える音楽プレーヤーになり、世界中のどこにいっても、白いヘッドホンをつけている人を見かけるようになった。 それまでアップルと言えば、どこだかマニアックなブランドというイメージがあった('90年代前半以前はそんなことはなかった)。 しかし、iPodでアップルのブランドイメージは一気に改善するどころか、今や世界を代表するデジタルライフスタイルのブランドにまでなったのだ。 これだけでもビックリだが、その後がさらにすごい。 iPodはiTunesとペアで使う製品になっており、iTunesは、当初は音楽CDから楽曲データをパソコンに取り込んで楽しむためのソフトだった。 しかし、iPodが世界的音楽プレーヤーになってくると、だんだん、音楽をCDの形で売る必要がなくなってくる。人々がどうせ音楽をiPodやiTunesでしか聞かないなら、CDなんていう入れ物は不要なのだ。 そこで、アップルはiTunes Storeという音楽販売ビジネスをすることを考える。 どうせ音楽を売るなら、すべての音楽を売るのが筋だ。どこどこの会社の音楽しか売っていないCDショップなんて町中にあっても誰も行かないだろう。 そう考えると、アップルはすべてのメジャーレーベルと提携しなければならない。 でも、当時のアップルは、OS戦争に負けたパソコンメーカーでしかない。そんな会社が、すべての音楽を売るなんていうことが考えられるだろうか。日本の他のパソコンメーカーを思い浮かべて、その会社が楽曲販売をする姿を想像できるだろうか(実はいくつかの会社は行っていたが、自社の関連会社の音楽だけなど、かなり閉じられた展開になっていた)。 しかし、アップルは音楽レーベルを説得してiTunes Storeを始める。 アップルは、まず音楽の作り主であるアーティスト達の説得から始めた。 続いてアップルは、音楽レーベルがどんな問題を抱えているかを探った。すると、音楽業界では曲の違法コピーが原因で、CDの売り上げが伸び悩んでいることが世界的に深刻な問題になっていることがわかった。 そこで、アップルのメッセージが決まった。 iTunes Storeは音楽の違法コピーをなくし、人々が再び音楽にお金を払う社会を築くための布石だと述べたのだ。 多くの人々にとって、入手に時間がかかり(転送時間がかかる)、失敗も多く、成功したとしても音質が悪い危険があり、しかも、何よりも違法な音楽入手手段はそれほど魅力的ではない。それに対して、アップルのiTunesであれば、高音質の曲データを簡単に検索して見つけ出すことができ、しかも、1クリックで合法的に買うことができる、という。 アップルは、それまで音楽業界関係者から恐れられていたレーベル会社にも堂々とした態度で臨み、自社の要求を通した。 違法コピーの曲と戦うからには、曲が1曲単位で買えなければ意味がない。 楽曲は一律に同じ非常に安価な99セントにする。 この難しい条件をのませるために、アップルも自らの努力をした。アップルは曲の販売では儲けず、その分、iPodの売り上げで儲けることにしたのだ。 これだけ有望な提案であるにも関わらず、その条件すらも飲まないレーベルもあった。 しかし、そこでアップルは最終兵器を持ち出す。 「iTunes Storeは、最初はMacでしか展開しない。Macは市場シェアわずか5%のパソコンで、試してみて、万が一、そこで失敗しても大きなダメージではなく、残り95%で挽回できる」 こうしてまずは米国でiTunes Storeがスタートすると、ものすごい勢いで音楽が売れた。 iTunesはその後も音楽を売り続け、2009年にはついに米国で、もっとも多くの音楽を売っている販売サービスになった。 現在、米国ではそのiTunes人気に勢いがつき、人気テレビドラマやスポーツの試合も放送翌日から販売が始まっている。 映画の購入サービスもあれば、映画のレンタルのサービスもある。 このiTunes Storeは、米国など、一部、積極的に展開されている国では、ユーザーをアップル製品戦略の中に閉じ込めておく、いい囲い込み戦略となった。 iPodがあそこまで本格的に普及したおかげで、音楽も大量に売れ、音楽が大量に売れたからiPodもさらに発売の勢いがついたのだ。というのもiTunesで買った曲は、不正コピー防止のDRMという技術のせいで、他のパソコンにそのままコピーしても聞けない仕組みになっていたからだ。 これは音楽を自由に楽しむ点では、少しやっかいな制限だが、多くの人は、「それでも音楽制作者のことを考えれば当たり前と思っていた。」 しかし、アップルはその常識さえも覆した。他のメーカーから、iTunesのDRMが囲い込みだと批判されるようになると、アップルは「DRMはアップルが望んで付けたものではない。本当はないことが望ましい」という衝撃のコメントを出した。 音楽を違法コピーされる可能性が高いDRMなし方式で流通することは、楽曲販売サービスを提供するアップルにとっても、そのアップルに楽曲を売るレーベルにとっても不利なこと、に思える。 しかし、アップルは、「実はDRMなんか望んでない」と心のうちを明かし、まずはEMI社からDRMなしの曲をiTunesで売り始める。現在、この動きは全レーベルに広がっている。 アップルの製品でコンテクストを変えたと言えば、もう1つ、忘れてはならないのが、スティーブ・ジョブズが「電話を再発明する」といって発表したiPhoneだ。 この電話は、携帯電話業界におけるメーカーとキャリアの力関係も逆転させてしまっていれば、ビジネスモデル(収益構造)、販売のされ方、そして携帯電話でできることまで、あらゆるものを変えてしまった。 世界の多くの携帯電話メーカーが、携帯電話業界で問題だと感じていたこと、携帯電話の進展を止めていたと思うことをiPhoneはすべて覆してしまった。 同製品の登場以降、海外の携帯電話業界は一気にルールが変わり、みんなiPhone流の端末の開発を始めてしまった。 米国のメディアなどはiPhoneを「電話と言うものを未来永劫変えてしまった電話」と評しているが、まさにその通りと言えよう。 このように世の中のコンテクストは常に変化しているが、その変化は必ずどこかの会社やどこかの人がしかけたものだ。 ピーター・ガブリエルというアーティストの「Mercy Street」という曲の1節にこんな歌詞がある。
all of the buildings, all of those cars
すべてのビルや、すべての車は 今、あなたの周りを取り囲んでいるほとんどのものは、人類の長い歴史のどこかで、誰かが考えだしたもので、そうした1つ1つが、人類の歴史を少しずつ変えてきた。 あなたやあなたの会社も、豊かな想像力でビジョンを描き、強い創造力で意思を貫くことで、これからの時代のコンテクストを少しずつ変えていくことができるはずだ。よりよい未来の方向に向かって。 ■Twitter、お題世の中のコンテクストは常に変わっている。そして、その変化はどこかの誰かが作り出している。 パソコン業界はもちろん、あなたのプライベートでも、常にコンテクストの変化は起こっているはずだ。今回はTwitterで、その「変化」について語り合ってみましょう。 お題1. お題2. なお、Twitterがなんだかわからない人は、ぜひ「No.238 - 「Twitter」のススメ」をあわせてお読みください。 |