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No.155 − 直営店という「昔からある新天地」

[2005 年 12 月 2 日 掲載]

今回、紹介した Apple Store の魅力は筆者、林 信行の見解によるものだ。
この記事が掲載される直前、福岡市に日本で 5 番目となる Apple Store Fukuokaがオープンした。
そこで行われた説明会では、Apple Store の魅力として以下のスライドの内容を紹介していた。
同店には Apple Store Ginza や Shinsaibashi のようなシアターコーナーはないが、2 つの Apple Cinema Display 30" がおかれたプロコーナーなどを利用して、シアター系サービスも提供するという。
雨の中、オープンの 25 時間前には開店を待つ列ができ始めていた。

車とうまく付き合っている人は、車のディーラーとの付き合いもうまい。
車検や定期的な点検はもちろんのこと、オプションの追加やメンテナンス、修理サービス、さらには車の買い替えや下取りと、長くいい関係を続ける。
車と比較されることが多いパソコンで、そんな信頼関係を築けるのが、アップル社直営店の Apple Store だ。
日本にできた 1 号店は 2 年前にオープンした Apple Store Ginza だった。当時を振り返ると、大半の人が「まずは成功しないだろう」と手厳しい評価をしたもの。
それまでにもパソコンメーカーの直販店はいくつかあったが、軒並み失敗していた。
「市場シェアが 5% に満たないと言われているアップルの直営店がオープンしたところで、成功するわけがない」
「集まってくるのはおそらく熱狂的な Mac 好きばかり。Mac を持っていない人はその雰囲気を見て引いてしまうのでは ?」
随分、いろいろと好き勝手な予想や評論を耳にしてきたものだ。
アップルはいつも新しいことに挑戦し続ける。直営店事業そのものは他のパソコンメーカーもやっていたが、アプローチがまったく違った。アップルは前例などを気にせず、その時点で最良のやり方は何であるかを徹底的に考えぬき、それを実践に移す会社だ。
だから、たとえば最初の Mac が登場した時も、Mac 本体よりも高いレーザープリンターを発売に踏み切った時も、さらには新発表の iMac の仕様からフロッピードライブを切り捨てた時も、3 万円以上するハードディスク内蔵音楽プレーヤーの初代 iPod を発表する時も、「失敗するに決まっている」と言われ続けた。
たしかにいくつかの失敗もあったが、上で取り上げたいくつかの例は、いずれも歴史を変えるほどの大成功となった。Apple Store も、パソコンの売り方をもう 1 度考え直させる画期的な発明だったといえよう。

■ どんな人が使っているのか

もっとも、今のところ Apple Store があるのは東京と大阪、名古屋そして明日オープンの福岡、来週オープンの仙台の 5 カ所 6 店舗のみ。本コラムを読んでいる人の中には、まだ一度も Apple Store にいったことがない人も多いはずだ。
そこで、筆者が見た東京の Apple Store, 2 店舗の印象を簡単に紹介させてもらおう。
まずは客層だが、これがなんともおもしろい。店舗や訪問する時間帯によってまったく違うのだ。
Apple Store Ginza は、かなり幅広い客層に応えている感がある。
早めの時間帯は意外にも年配の方が多い。銀座はもともとカメラ教室などが多く、そういったところに通う年配者も多かったようだが、Apple Store Ginza ができてからは、そうした年配者の一部が Apple Store のデジタルカメラコースなどに集まっているようだ。
夕方にかけては若者やビジネスマン、OL の姿も増えてくる。
夜、いいイベントがやっている時などは、今会社から抜けてきました、といった感じのビジネスマンの姿も大勢見かける。
4 階の銀座通りを見下ろすインターネットカフェには、ただ電子メールや Web ページをチェックしにきただけという人も多く、特に外国人が目立つことに驚く。
Mac のアクセサリーを身につけた熱狂的 Mac 好きの人もいるが、「Mac は持っていないし、一度も使ったこともない」という人も少なくない。
一方、Apple Store Shibuya に行くと、グっと年齢層が若くなる印象がある。あまり年配者は目立たないが、それでもたまに見かけることはある。夕方くらいからデートで立ち寄るカップル達の姿も増える。
人気アーティストのイベントがある時は、店が溢れんばかりの人と熱気で覆い尽くされる。
これまで大阪心斎橋を除く全店舗のオープニングを取材した。オープン初日には、徹夜組が出て、毎回、数キロメートルという信じられないような長蛇の列ができる。ここに並ぶ人達はよほどすごい人達なのかと思えば、そうではない。普通のサラリーマンやカップル達だ。大好きなミュージシャンのコンサートのためなら、多少の行列に並んで待ってみてもかまわない ── そんな心理は誰しもちょっとは理解できるはず (*1) 。Apple Store にできる行列はそうしたパッションの象徴だ。アップルは、今のこの「覚めた」時代に、老若男女に関わらずそうしたパッションを抱かせる魔力があるようで、さすがに徹夜組にはいないが、開店 1 時間くらい前になると、中高年の方々やファミリー層もグッと増え始める。やや年配の方々が杖をつきながら行列に並んでいる姿も何度か目にしている。
アップルというブランドの持つ魔力には驚かざるを得ない。

■ アフターケアーが気軽に受けられるお店

Apple Store が画期的なのは、ただ Mac や関連商品を買うだけの場所に留まっていない点だ。
Apple Store Ginza ではシアターという場所を使って行われるイベントや無料セミナーもあれば、スタジオという部屋で行われる有料のセミナーもある。
シアターのイベントは曜日ごとに、ミュージックや写真、ムービー、デジタルライフスタイル、ビジネスなどテーマが決まっている。
一方、スタジオシリーズはクリックから始める入門者用コースから、Windows から Mac への乗り換えのコース、Illustrator や Photoshop を使いこなすコースなど、幅広い内容、幅広い応用レベルのものが用意されている ── 業務用アプリケーションを本格的に使いこなす技は、これとは別に書籍を読んだり、自分で編み出したりする必要があるが、とりあえずそれぞれの用途/ソフトに入門するにはよさそうだ。
もっとも、セミナーでは新しい楽しみを発見することや基本を学ぶことはできても、自分が抱えている問題は解決できない。
マシンがちゃんと動かない、買った製品がちゃんと動かない、といった問題を抱えている人には「ジーニアス」が待ちかまえている。
製品を買って解決できそうな相談事なら他の店員でも相談にのってくれるが、より根が深い深刻な問題にはジーニアスというエクスパート達が応えてくれるのだ。

最近、このジーニアスのいるジーニアスバーがリニューアルされた。Apple Store Ginza では、同じフロアに「iPod Bar」と「The Studio」が新設されたのだ。
「iPod Bar」はその名の通り iPod 専用の窓口で、「The Studio」はクリエイティブワーク全般に関する相談にのってくれるコーナーだ。
ジーニアスバーはどんな相談にも乗ってくれるということで非常に人気が高かったが、常に長い行列に悩まされていたのも事実。
相談が増加し、内容が細分化されてきたのを受けて、こうなったようだ。
確かに Mac に興味がない iPod & Windows ユーザーも、iPod 専用の iPod BAR の登場は歓迎するはずだ。
このリニューアルにあわせて「Apple Store コンシェルジュ予約システム」という Web ページがオープンした。これを使えば、家を出る前にジーニアスバー(や iPod Bar、The Studio) の予約ができるのだ。
Web ページにアクセスすると、最寄り店舗を選ぶメニューが現れ、続いて問題がある製品や、クリエイティブサポート、プライベートレッスンといった相談内容のメニューアイコンが表示される。
ここでアイコンを選んで氏名や連絡先 (ProCare という特別サービスに加入していれば ProCare メンバーの情報) を入力することでジーニアスバーの予約をしたり、待ち時間を確認したりすることもできるのだ。
これらのサービスは自分が使うのに便利というだけではない。
実は先日、母が Apple Store Ginza の初心者コースに通っていたことを知って驚いた。
実家には父が買った Mac が何台かある。しかし、家族で Mac をちゃんと使いこなせる人間は私だけ、他はアプリケーションの切り替えの概念もわからず、コピー & ペーストといっても何のことかわからない。
メールが突然、消えたと言われて覗いてみると、ウィンドウがスクロールしていただけだったり、「MS Word が起動しない」というので覗いてみたら、ただ単に書類ウィンドウがすべて閉じられているだけだったり (書類ウィンドウが開いていること = 起動していると思っている) 。
おまけに何度、教えても覚えてくれないものだから、いつも教えているうちに喧嘩になる。喧嘩に耐えられなくなったのかどうかはわからないが、キーボードの打ち方も知らなかった母が iPhoto を起動して写真を取り込んだ時にはさすがに驚いた。
以前は父も、「やれどのソフトが動かない」と頻繁に電話をかけてきていた。しかし、最近、その電話が減ったのは、やはり Apple Store Ginza に通って店員やジーニアスにいろいろ相談しているからのようだ。
日頃、耳にするあの要領を得ない話し方を思い出すと、Apple Store の方々には申しわけなく思うが、おかげでこちらはかなり気がラクになった。
この他、たまに電話をかけてきては相談に乗っていた親の友人も、いつの間にか Studio の「Mac OS X 入門コース」に通っていたようで、Mac OS 9 から Mac OS X へのアップグレードに 1 人で挑戦していた。
親とかに聞かれて、パソコンを勧めたはいいけれど、自分ではサポートできない、というのは私だけではないと思う。そういう人にセミナーもジーニアスもある Apple Store の存在はありがたい。
この Apple Store の存在だけのために、Windows ユーザーにも、「親には Mac を使ってもらった方が楽かも」と勧めることもあるくらいだ。

Apple Store Ginza - 2F

Apple Store Ginza - iPod Bar

Apple Store Ginza - The Studio

Apple Store
コンシェルジュ予約システム

■ もったいないくらいすごいスペシャルイベント

Apple Store は便利なだけではない。楽しい場所でもある。
シアターなどで度々行われるスペシャルイベントは毎回、目を見張る内容だ。
特に音楽関係のゲストがすごい。先日は Apple Store Ginza で矢野顕子さんがライブを行った。同店ではそれ以前にも世界的ベーシストのマーカス・ミラーや日本ではまだあまり知られていないが、iPod の CM に音楽を採用されたこともある人気バンド Ozomali、iTunes Music Store での人気も高い Jazz シンガーの土岐麻子さんなどさまざまなアーティストによるイベントが行われてきた (普通、ちょっとあり得ないような話だが、すべて無料だ) 。
Apple Store Shibuya のオープニング翌日には、iTunes Music Store でも大人気の男性デュオ、Def Tech がライブを行い、街行く人々が足を止めた。
そうしたイベントのうちのほんの一部、氷山の一角のさらに十分の一くらいは、アップル社公式ホームページのフォトギャラリーで紹介されている。
最近ではアーティストが新曲のプロモーションを行い、その場で、新曲を iTunes Music Store から無料でもらえるカードがもらえるといった特典もたまにあるようで、Apple Store のイベント情報から目が離せない (おまけにこれだけ多くのスペシャルゲストを招きながら、どのイベントも無料、というのがまたすごい) 。
すごいのは音楽イベントだけではない。「ブログジャーナリズム」の第一人者、ダン・ギルモア氏が講演を行ったと思えば、著名デザイナーの佐藤可士和氏、グラフィックアーティストのヒロ杉山氏やミュージシャンのテイ・トウワ氏といった著名人のトークイベントも行われてきた。全国的に人気の米国ドラマ『24』のディレクターをゲストに迎えたこともある。
Apple Store は、ちょっと早めに会社を抜け出して、ふらっと気分転換をしたり、新しいインスピレーションを得たりするのにも最良の場所なのだ。

■ 今だからこそ重要、「Apple Store の意義」

「Store」というだけあって、購入体験はもっとも大事にしている。1 枚 1 枚丁寧に印刷された領収書もなんだか大事に扱われている感じがする。
商品の品揃えの豊かさも言うまでもない。Apple Store のスタッフが世界中から吟味してきたおもしろいハードやソフト、アクセサリーが揃っている。吟味して選んだものしか置いていないので、欲しいものが売っていないでがっかりすることもある。しかし、逆に何が欲しいかわからない状態で来た時には、わざわざ何種類もの製品を細かく見比べる必要が省けて、かえって助かるのだ。
ここで入手できない何かは、よほど特別なニーズを満たしてくれるものばかり。ほとんどの場合、Apple Store の選択はかなり正しい選択だ。
筆者がもっともよく利用する Apple Store Ginza (ASG) は、日本の Apple Store の 1 号店であり、特別な存在。すべての Apple Store がこれと同じ条件を満たしてくれるわけではない。たとえば The Studio が用意されているのも今のところ ASG だけだし、インターネットカフェも ASG だけ。
しかし、Apple Store Shibuya や Nagoya Sakae、Shinsaibashi も、ジーニアスバーや豊富な品揃え、各種のイベントでは他店舗に負けていない。
12 月 3 日にオープンの Apple Store Fukuoka Tenjin や、その翌週にオープンする Apple Store Sendai もその点は変わらないはずだ (本稿はオープンの数日前に書いている。写真だけ後から追加した形だ) 。
たしかにパソコンメーカーの直営店はこれまでにもあった。
しかし、Apple Store と同じ体験を提供している直営店がこれまでにあったかというと皆無だ。

Apple Store では、中で使われているインテリアやタイル、ガラスの階段といったものまでひとつひとつ Mac や iPod を愛用するユーザーの好みにあわせて特別に誂えている。
これにちょっとだけ近い体験を提供している直営店は '70 年代〜'80 年代にはあった。
中でも日本電気 (NEC) が秋葉原にオープンした Bit-Inn という直営店が有名だった。
当時はまだパソコンというものが何のために使われる道具なのか、大半の人は知らなかった。パソコンを持っているというと、「それって何ができるの ?」とか「そんなものを買って何に使っているの ?」と聞かれた時代だ。
わからない人が多いだけに、ショールームのスペースを用意し、そこで来店者に自由に触ってもらったり店員が簡単な説明をしたりしていた。ジーニアスはいなかったが、当時は、まだパソコンについての情報を交換できる場所があまりなく、週末ともなると熱心なユーザーがこういったショップに集まり、カジュアルな情報交換が行われていた。
それから 10 年近くが経ち、インターネットブームが訪れると、人々は「なんのためにパソコンを使うのか」は尋ねなくなったが、その代わり Web ブラウザーと電子メールにしかパソコンを使わない人も増えてきた。

パソコンという、本当はもっといろいろなことに活用できる道具を持っているのに、宝の持ち腐れだ。
1995 年からの 10 年、アップルとマイクロソフトという 2 社はある 1 つの課題を背負っていたと思う。それは、インターネットをきっかけに新しくパソコンを使い始めたとてつもなく大勢の人々に、改めてパソコンが持つ本来の魅力を提示することだ。
アップル社が展開するデジタルライフスタイルや、そうした楽しい使い方を紹介している Apple Store、マイクロソフト社のテレビパソコン (Windows Media Center) 戦略はそうした取り組みだと思う。

オープン前日の
Apple Store Fukuoka Tenjin

(*1)
アップル社やその商品などに情熱を抱える人達は世界中に大勢いる。そんな人達の姿を長年の取材を通して描いた「Cult of Mac」という書籍の日本語版が最近出版された。エスアイビー・アクセス社刊だ。筆者は翻訳していないが、他の方々が訳した内容を監修させてもらった。かなり変わった内容なので好き嫌いははっきり分かれるだろうが、興味を持った人はぜひ読んでみて欲しい。

年の瀬も迫ってきたが、Apple の 2005 年は終わっていない。同社は 12 月 3 日、福岡県福岡市天神に国内 5 店舗目となる Apple Store Fukuoka Tenjin をオープンする。オープン初日の夜 7 時には、iTunes Music Store でもお馴染みの沖縄バンド、「Hifana」がライブパフォーマンスを行う。
その翌週、12 月 10 日には、仙台に Apple Store Sendai Ichibancho もオープン、こちらのオープン初日にはこちらも iTunes Music Store でお馴染みのバンド、Gagle が 3 時からライブパフォーマンスを行う。
では、Sendai Store のオープンで、年内のイベントは終わりかと言うと、そうとも言えなさそうだ。全国の Apple Store では、これ以外にも大小のスペシャルイベントが数日おきに開催されているし、まだまだ細かなソフトウェアのアップデートもありそうだ。
最近、アップルはあまりにもいろいろな動きをしているので、あまり細かな動きに関しては、発表すらしてくれない。
例えば、つい先日には Apple Broadcast Tuner というソフトがひっそりとリリースされた。
まだ詳しい解説もないが、光ファイバーなどを使った高速通信時のスループットを高めるためのソフトのようだ。
そんなアップルだけに今年もまだまだ油断ができそうにない。
ちなみに年明け早々にはサンフランシスコで毎年好例の MACWORLD EXPO/SAN FRANCISCO が開催される予定だが、そこでインテル CPU 搭載 Mac や、次期 Mac OS X の Leopard について触れられることは間違いなさそうだ (発表後、即発売するかは、わからないがインターネットの噂では、発売される可能性も高そうだ) 。いくつかのスティーブ・ジョブズ本でも究極のパフォーマンスと評されているスティーブ・ジョブズの基調講演、2006 年 1 月の講演はアップルの歴史に残る講演の 1 つになりそうで、こちらも気になるところだ。

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