
生まれ変わった最古のiアプリケーション
[2007年8月31日更新]

iLifeといえば、これまで毎年1月のMACWORLD Expoでバージョンアップを発表するのがMacユーザーのしきたりだった。しかし、アップルは、今年のMACWORLD EXPOで新バージョンを発表しなかった。
半年以上、待ちに待った人の中には、「今年はバージョンアップしないのかもしれない」といった声も漏れ始めていたが、ちょうどそんな頃に、満を持して「iLife '08」が発表された。
今年は2007年だが、製品の名前は「'08」。そう考えると「バージョンアップしない」という予想は半分当たっている。
「iLife '07」は結局出なかったのだ。そのかわり、来年仕様の「iLife」が、なんと5ヶ月も早く手に入るのだから、それはそれで喜ぶべき事態なのかもしれない。
これまでのiLifeのバージョンアップは、前年までのバージョンにいくつか目立つ機能を追加するというカタチが多かったが、今回のiLifeでは、iLifeを構成するアプリケーション一つ一つの役割を吟味し、どういうアプリケーションであるべきかを改めて議論し直した形跡を見てとることができる。
今回のiLifeの見直しで、もっとも大きく変わったのがiMovieだ。
iLife '06に付属のiMovie HDと比べると、アイコンもまったく異なれば、起動した後の画面もまったく違う。
実際、見た目だけではなく、ソフトの性格や使い方や、できることにも大きな違いがある。
実はiMovieは、iLifeのアプリケーションの中でも特別に歴史が古く、1999年の秋にiMac DVという製品とともにデビューした。当時まだ最新技術だったFireWire端子を最初に搭載したiMacだ。

本連載が始まって約半年後の連載11回目でチラッと紹介しているが、アップルはこのFireWire端子搭載でデスクトップビデオ、というパソコンの新しい活用を提案しようとしていた。
そして、それから15ヶ月後の2001年1月にデスクトップビデオだけでなく、パソコンを音楽プレーヤーやCDプレーヤー、DVDプレーヤーとも連携させようとiTunes、iDVDと「デジタルハブ」構想を発表し、これがiPodやApple TV、iPhoneへと広がっていく。
ただし、デジタルハブを実現するiLifeのアプリケーションは、すべてが1つのコンセプトでまとまっているわけではなかった。
パソコンの中に溜まっているコンテンツを管理するiTunesやiPhotoのようなソフトと、ユーザーのコンテンツ作りをサポートする旧iMovie、iDVD、GarageBandそしてiWebといったクリエイティブ系のソフトの2種類があるのだ。
2種類のソフトのうち、実際にユーザーに使われる頻度が高いのは、iTunes/iPhoto系で、これらのソフトは知名度も高いが、クリエイティブ系はほとんど起動もしないままハードディスクの肥やしになっていることが多い。
筆者も雑誌の記事などを通して、旧iMovieを使うライフスタイルを盛り上げようと、そうした単発記事の企画や執筆に取り組んだこともあるが、なかなか敷居が高い。
第一に、DV方式(あるいは今ならHDV方式)のビデオカメラを持っていないといけない、ということが大きな障壁になる。
アップルもこれを崩そうとiMovieをiSightに対応させたり、QuickTime形式のムービーに対応したりしてきた。私が過去に書いた記事でも、より多くの人に旧iMovieの楽しさを知ってもらおうと、いきなりビデオカメラから取り込むのではなく、ありもののQuickTimeムービーを取り込む、といった書き出しで記事構成を組むことが多かった。
第二に、編集作業そのものに苦痛が伴うことも大きな障壁となっていた。ビデオ編集作業は、パソコンのCPU性能にも、ハードディスク容量にも、常に大きな負担をかける。ハードディスクの空き容量がどんどん減っていけば、ちょっとした編集処理でもかなりの時間待たされるし、なかなかテキストや写真の加工のようにサクサクとできるものではない。
通常のビデオ編集では、1本の作品ができあがるまでに大量のファイルを作ることになり、それらの管理が大変だったのだ。しかし旧iMovieは、関連ファイルがすっきりと1つのフォルダにまとまるようになっており、この点においてもいい仕事がしてあった。とはいえ、ビデオ編集になれていない人にとっては、これすらも負担だったに違いない。
最後に出来上がった作品をどうするのかも大きな問題だ。最初のiMovieが出た当時は、せっかくの高画質をそのまま維持しようと思ったらDVテープに書き出すしか方法がなかった。やがてiDVDが出てきて、DVD保存が可能になるなど書き出し手段は充実してきたが、実はここでも、長い待ち時間を我慢するか、画質を思いっきり落とすかといったトレードオフが迫られた。
このように旧iMovieでの作業は、他のビデオ編集ソフトと比べると、画期的に簡単ではあったにせよ、まだまだビデオ編集作業につきまとう煩わしさを払拭するにはいたらず、楽しさを知っている人には「すごいソフト」とわかっても、その他大勢の人には「なんだか難しそうなソフト」というままで留まっていた。
iLife '08に搭載された新iMovieは、名前こそiMovieのままだが、こうした認識に再挑戦すべく、一から作り直したまったくの新作ソフトなのだ。
さて、新iMovieはどう変わったのか?
iTunesやiPhotoのような管理系ソフトになるのが、人気をあげるためのもっとも重要な変化だ。実は新しいiMovieには、そうした管理系の側面を若干だが取り入れている。しかし、一方でビデオiPodやApple TV、iPhoneと同期をするのはiTunesやiPhotoであって、iMovieではない。
iMovieで作った動画をiPod、Apple TV、iPhoneで観られるようにする場合も、「共有」メニューで「iTunes」を選んで、iTunes仕様の動画として書き出しを行う。
そういう意味では新iMovieは、従来同様コンテンツ作成側のソフトであって、管理側のソフトではない。
しかし、先に挙げた障壁については、かなり取り払われているのだ。

たとえば1つめの障壁である「ビデオカメラ」について。実は今回のiMovieからはいわゆるテープを使うデジタルカメラだけでなく、iPhotoで取り込んだデジタルカメラの動画機能で撮影した動画や、最近急増しているハードディスクやフラッシュメモリ、DVD/HD-DVD/Blu-rayなどの光学式ディスクを使った新タイプのビデオカメラにもすべてではないが対応している。
これまでiPhotoに静止画とともに、ある程度のデジカメ動画を溜め込んでいる人は、さっそくiMovieを起動して編集作業を楽しむことができるのだ。
もちろん、従来通りDVやHDVのテープを使ったビデオカメラにも対応しており、こうした機器で撮影した動画をiTunesに橋渡しする役目も担っている。
2つめの障壁は、編集作業の大変さだが、新iMovieはこの点においても、ものすごい革新がある。
デジタルカメラにせよビデオカメラにせよ撮影した動画には、不要な部分が多い。
「今から撮影するよ。いい?」といってカメラを回し始めてすぐにアクションが始まることはめったにない。
場合によっては「え、これもうカメラ回っているの?」といった一言が入ってから、演技なり、メッセージなりが始まることも多い。
このため、動画編集で最も重要な作業は、使いたい部分だけを切り出す作業だ。
旧iMovie HDの場合は、動画クリップを編集用のタイムラインに移動して、必要部分の頭をどこにするかを決めて、そこでクリップを分割する。不要部分を削除して、今度は必要部分の最後を決めて、また分割と削除を繰り返す。
この点、Final Cutシリーズなどのプロ用のソフトは良くできていて、開始位置をIN点、終了位置をOUT点として設定するだけでクリップの開始/終了位置を決めることができる。
しかし、新iMovieでの作業は、さらに劇的に簡単なのだ! まさにこれまでになかった動画ソフトの革新ともいえるインターフェースを実現している。
ソフトを起動すると、何もしないでも最初からiPhotoなどで取り込んだ動画が、タイムライン表示で現れる。
ここですごいのが、この動画のサムネールの上をカーソル(マウスで操作する画面上の「矢印」)でなぞるだけで、動画が再生されるのだ。
カーソルをタイムラインにそって左方向に移動すれば逆再生、速く移動すれば高速再生といった具合だ。
わざわざタイムラインに起き直したり、「再生」ボタンを押さないでもいいから、その分、クリップの開始位置や終了位置といったものも見つけやすい。
言葉で書くとわかりにくいかもしれないが、これだけでもかなりの労力軽減になっている。
ここでマウスボタンをクリックし、右方向にドラッグしながら範囲を選択すると、それだけで開始位置と終了位置を指定した動画クリップが選択済みの状態になっていて、これを画面の上半分にドラッグしてムービーを作り始めることができる。
これまでのパソコンビデオ編集をしたことがある人は、これまでのやり方とあまりに違いが大き過ぎてショックを受ける人がいるかもしれない。
「こんなのは邪道」とか「使いにくくなった」といった不平もあちらこちらで見かける。
だが、筆者はこのiMovieでビデオ編集を始めた人が、旧iMovie HDでの編集作業を見たら「なんか、面倒そうなことしているな。よく、あんなソフトを使う気になるなぁ……」と逆の感想をもらすのではないかとも思っている。
インターフェースがあまりに違い過ぎるため、新しいiMovieではたいしたビデオ編集ができないと思い込んでいる人もいるようだが、そんなことはない。
用意されたメニューなどをじっくり見ていくと新iMovieにも、旧iMovieであったような機能のほとんどは用意されている(後述する)。
3つめの障壁である書き出しについても大きく変わっている。
旧iMovie HDでは、作成したムービーの書き出しに、ほとんど機能的に変わらない「書き出し」、「共有」の2種類のメニューが用意されていた。
どちらもビデオカメラ、QuickTimeムービー形式、電子メールへの添付、Bluetoothを使った送信、iDVD、iPod(iTunesへの登録)、iWeb、GarageBandへの書き出しオプションが用意されていた。
これと比べて、新iMovieのメニューはもっと整理されており、用意されているのは「共有」の1個だけだ。
メニューの項目数は7個だけだが、実際の書き出しオプションは従来よりも増えている。
iPod、Apple TV、iPhoneそしてパソコンでコンテンツとして楽しむ場合は「iTunes」という項目を選ぶ。すると動画がiTunesに登録され、再生を楽しめるようになる。実際の書き出しをする前に、どの機器に最適化するかを選ぶことも可能だ。
2番目のメニューは「メディアブラウザ」。ここに書き出しておいた動画は、iWebやiWork '08のアプリケーション、Microsoft Officeなどで作成した書類に簡単に貼り付けることができる。
つまり、「楽しむ動画」というよりは「使える動画」のためのオプションだ。
3つ目は、動画共有サイトとして有名な「YouTube」そして4つ目は「.Mac」を使ったコンテンツ共有サービス「.Mac Web Gallery」への書き出しだ。
iTunesや動画共有サイトへ手動で登録したい人には「ムービーを書き出す」や「QuickTimeを使って書き出す」といったオプションが用意されている。
前者はiPodやApple TVといった具合にある程度再生機器を決め打ちして最適設定で書き出す場合、後者は動画フォーマットに詳しい人が自分の設定で書き出す場合に使用するものだ。
そして最後は「Final Cut XML」。とりあえず新iMovieで、おおまかなストーリーの組立をしておいて、作品としての最終的なブラシュアップをプロ用ソフトのFinal Cut Proで行う場合に使うオプションだ。
新iMovieは、このように、初めてパソコンでの動画編集に挑戦する人から、プロまで誰もが楽しめる作りになっている。

豊富になった新iMovieの書きだしオプションには減っている項目もある。
1つは、ビデオへの書き出しオプションだ。旧iMovieの最初のバージョンでは最も重要だった機能だが、今日のパソコンではほとんど使っている人がいなかったであろう機能でもある。
こうした古いスタイルをズバっと切り捨てて、新しいやり方を一気に広めようとするあたりはいかにもアップルらしい。
2つ目はiDVD。これまでiMovie HDとiDVDは相互に深く依存しあうソフトだったが、新iMovieと新iDVDは、より独立した関係になっている。
もちろん、新iMovieで作成した動画を、新iDVDに取り込むことは可能だが、そうするのが普通というわけではない。
新iDVDから見れば、新iMovieも、新iPhotoも、新GarageBandもメディアブラウザを介してほぼ同等の距離間を保っている。
2つのソフトの関係が疎遠になったために、新iMovieではiDVD用に長時間動画をチャプターで分けるといった機能はない。
そうした動画を作りたい人は、Final Cut ProやFinal Cut Expressといった本格的な動画編集ソフトを使うか、無料配布が始まった旧iMovie HDを使って編集をすればいい。

新iMovieが提案しているのは、じっくりと座り込んで、眺める長時間ムービーを作るライフスタイルではなく、デジタルカメラなどで撮影した日常から、もっと気軽な感覚で切り出した数分の映像クリップをカッコよく、楽しく、ノリよく編集して、YouTubeや.Mac Web Galleryで、あるいはiPodやApple TVやiPhoneで楽しもうというライフスタイルなのだ。
そう考えると、新iMovieで減ったいくつかの機能についても説明がつく。
たとえば旧iMovie HDで目玉機能の1つになっていた「テーマ」という機能がある。動画を貼り込むだけで、それなりに見栄えがする映像クリップを作ってくれる機能で、ムービーのオープニングやエンディングに追加すると、作品がグっとプロっぽくなる。

しかし、新iMovieが目指す方向は違うと思う。そうした動画を挿入することは動画を冗長にして、見る側にも「重たさ」を押し付けてしまうからだ。
そういう作品作りも大事だが、そういうものが作りたい人は旧iMovie HDやFinal Cut Expressを使えばいい。
同様に旧iMovieには、DV/HDVのビデオカメラ(ビデオテープ)から映像を自動的に取り込んで、自動的にカットをつなぎあわせてiDVD用のムービーに変換するMagicMovieという機能もあったが、この機能も新iMovieではバッサリ切り捨てている。
ただし、iDVDにやはり同様のことを可能にするOneStepDVDという機能があるので、この機能はそもそもいらなかったのが整理しきれていなかっただけ、ともいえる。
こうしたiMovieの立ち位置変更を、よく練られた長時間作品作りの文化を衰退させるのではと懸念する人もいるかもしれない。
確かに今の世の中はテンポが速く、動画も短くテンポのよい作品が好まれる傾向がある。
ショートクリップのいいところは、時間が短い分、編集の手間や必要なハードディスク容量も少なくて済むこと。
とはいえ、YouTubeなどでビューが稼げる動画を作ろうと思えば、それなりに試行錯誤して、撮影技術や編集技術を磨かなければならない。
こうした短い作品作りを何度も繰り返すことは、動画表現の練習としては実はかなりいい効果があるのではないかと思う。
そうやって短時間映像を作り慣れた人が、次のステップとしてFinal Cut ExpressやFinal Cut Proで長時間映像に取り組むというのもアリなのではないだろうか。
iMovie '08は、そんな新しい映像文化を生み出すきっかけのソフトとなるのかもしれない。
iLife '08には、このiMovie '08の他にも、同じくらい劇的に生まれ変わったiPhoto '08やiDVD '08、GarageBand '08、iWeb '08といったソフトが用意されており、いずれもApple TVやiPhoneが登場した後の、新しい時代のデジタルライフスタイルのあり方にちょっとした提案を投げかけている。
今後、また別の機会に他のソフトの魅力についても語れればと思う。