
[2007年9月14日更新]

今年のお正月のことを覚えているだろうか。米アップル社がWebサイトに、突如、謎のメッセージを掲げていたことを。
これまでの30年は序章に過ぎない。
2007年へようこそ。
1週間後のMACOWORLD Expoで、アップルはApple TVとiPhoneを発表し、社名である「アップル・コンピュータ社」から「コンピュータ」の文字をとることを発表した。
その後、アップルはMac OS X "Leopard"の出荷を後回しにしてまでiPhoneの完成に力を注ぎ、6月末、ついにこれを出荷する。iPhoneは空前の売れ行きであり、まだ米国でしか発売されていないのに9月末には100万台を出荷するという。
お正月の意味深なメッセージは、はたしてこのiPhoneの登場だけを指していたのだろうか? アップル社の序章に続く次のチャプターとは、iPhoneの話で終わりなのだろうか?
たしかにiPhoneは、音楽プレーヤーやパソコンと較べてケタ違いに大きい携帯電話市場に進出する足がかりであり、アップルにとっては大きな製品に違いない。だが、筆者はアップルの次のチャプターが、ただiPhoneだけで終わりとは思えないのだ。
先日、一新されたiPodのラインアップを見て、確信はさらに強まった。
アップルはこれまで何度も危機に陥っては、その度に不死鳥のように蘇ってきた。手塚治虫の漫画、「火の鳥」によれば、不死鳥は100年に一度火の中に飛び込み、灰の中から若返って飛び出してくるのだという。
今年はアップルという不死鳥が、火の中から若返って飛び出してきた重要な年なのではないかと思えるのだ。
昨年までのアップルのベースは、2001年に生まれ変わったものだ。アップルはこの年、デジタルライフスタイル構想を発表し、この構想を中心に、デジタルハブ機能の優れたMac OS Xの出荷を開始。iPodを発表し、デジタルライフスタイルの宣伝の場となる直営店のApple Storeを登場させた(「No.161 ―アップルの 30 年を、3 つのスコープで振り返る。」)。
それと同様に、今年のアップルはこれから5年先あるいは10年先の新しいアップルの基盤を作っているのだ。
その片鱗はそこかしこに垣間見ることができる。
たとえば、これまでの親しみやすさや暖かさを売りにしたiMacとは大きく印象が異なる新iMac、iLifeの原点とも言えるiMovieを無から作り直した新iLife、そして来月登場予定のiTunesやiPodの要素を多分に取り入れた新OS、Mac OS X "Leopard"も例外ではない。
そしてもちろん、今月、一斉にアップデートされた新iPodのラインアップも、新生アップルを象徴する製品群だ。
今回のApple's Eyeでは、この新生アップルにおけるiPodの各製品の位置づけをじっくり考察してみたい。

新しいアップル社はどんな会社なのか、新製品が発表されるたびに、少しずつ輪郭が明らかになってくる。
たとえば1月、iPhoneが出たとき、これを、iPodを置き換える製品ととらえていた人もいたようだが、実際には違った。
今回の新製品発表で、iPhoneによく似たiPod touchという製品が出たことで、iPhoneというのはどういう製品で、iPodシリーズというのはどういう製品シリーズなのか、あらためて線引きがなされ、両者の輪郭がはっきりした。
また、アップルがiPod touchという最上位モデルとは別に、iPod classicという製品を用意したことで、すべてのiPodがタッチパネルになるわけではないことがはっきりした。さらにiPod nanoがビデオに対応したことで、アップルがいよいよデジタルミュージックに続いてデジタルビデオの世界にも本腰を入れ始めたこともはっきりしてきた。新iLifeでiMovieが要になっていたのは、決して単なる偶然ではないはずだ。
そしてiPod shuffleが相変わらずの仕様で登場したことで、iPod shuffleという製品も、「音楽を身に付ける」というライフスタイルも、まだ終わっていないことがはっきりした。
それではもう少し細かく解説しよう。

今回の新発表における一番の注目株はiPod touchだろう。iPhone発売の予定がまだ立っていない日本などの米国外マーケットでは、これが携帯電話機能のないiPhoneとして歓迎されている。
たしかに両者は外観も操作方法も良く似ている。だが、iPhoneから携帯電話機能を取ったものがiPod touchというわけではない。両者はそもそもの性格が異なる。
iPhoneは、アップルが考えるデジタルライフスタイル時代の携帯電話製品だ。
これまでの携帯電話としての機能(通話のほか、カメラ機能やメール機能、アドレス帳、スケジュール帳機能も含む)に加え、インターネット上の便利な情報を見るためのモバイル端末機能を備え、さらにiPodとしての機能も融合している。
これに対してiPod touchは、iPhoneと同じマルチタッチの操作を採用してはいるが、製品としての基本コンセプトはiPodの延長線上にある。iPodのコンセプトとは、音楽やビデオを楽しむためのコンテンツビューワーであり、仕事よりもむしろ楽しみのために使うデバイスだ。
iPod touchは、この基本コンセプトをベースに、iPhoneに似たマルチタッチのインターフェースに発展させた製品といえる。
このため、Google Mapや株価情報、天気情報を見たり、メールの送受信やノートの書き込み、予定(カレンダー)の書き込みといった仕事的な使い方は、iPod touchの領分ではない。
他のiPodと同じようにカレンダーは閲覧できるだけだが、iPhoneと違って予定追加用の「+」のアイコンが表示されない(もっとも、アドレス帳の項目を追加する機能はあるので、予定表についても今後のアップデートで編集可能になるかもしれない)。
iPod touchとiPhoneのもう1つの大きな違いは、前者が携帯電話と一緒に持ち歩くことを前提にしていることだ。
高性能カメラ機能や、おサイフ・ケータイ機能、ワンセグ、GPS機能といった日本の携帯電話ならではの先進性を愛用しているユーザーは、iPhoneではなく日本製携帯電話とiPod touchの組み合わせを使った方がむしろ便利かもしれない。
日本の携帯電話なら予定の入力だってできる。

このようにiPod touchは、iPhoneと似ているようで、実はしっかりとコンセプトレベルで性格分けされている。
iPodはコンテンツを楽しむデバイスなのだ。なお、iPod touchでは、これまでのiPodにはなかった新しいタイプのコンテンツにも対応している。
1つはすでにiLifeやApple TVとの融合も始まっている動画共有サービスのYouTube、そしてもう1つは今回が初の試みとなるiTunes Wi-Fi Storeだ。いずれもインターネット経由で楽しむためのコンテンツで、iPod touchでは、これらを楽しむために無線LAN機能が内蔵されている。また今日の公衆無線LANサービスの多くが、まずはWebページを開いてクレジットカード情報などを入力しないと使えないということからWebブラウザも用意してある。
Mac OS XやiPhoneと同じSafari Webブラウザだ。
iPod touchには、Webコンテンツを楽しむためにSafariが搭載されたと思っている人も多いかもしれないが、スティーブ・ジョブズCEOは、Safari搭載は公衆無線LANを使えるようにするためだと言って紹介していた。いずれにしても、機能を限定するような真似はせず、iPhone版Safari同等の機能を備えているので、パソコン用に作られたほとんどのWebページを閲覧することができる。
そしてこのWebブラウザがあることで、Webメールのやりとりや、チャットなど一通りのアプリケーション機能が利用可能になるのも事実だ。おまけにiPod touchは、日本語の入力にも対応している。

ちょうどiPod touchが、iPodとはなんだったのかを思い出させてくれたように、iPod classicは、HDD内蔵iPodがなんであるかを思い出させてくれる。
iPodの初期のコンセプトは、パソコンのハードディスクに入った音楽ライブラリーすべてをポケットに入れて持ち歩くことだった。そうすることで、目の前のきれいな景色をみて突然思い出した、しばらく忘れていた懐かしの曲を突然聴く、なんていうことも可能になる。
ハードディスク型iPodは、ユーザーのこの欲求を満たすために、常に倍々のペースで容量アップを図ってきたが、ここしばらくは停滞していた。
iPod classicは、下手なノートパソコンのHDDを上回る160GBという大容量モデルを用意し、「全ライブラリー持ち歩き」の夢をふたたび可能にしてくれている。
象徴的だった白モデルがなくなり、素材が金属に変わったが、基本の外観デザインは従来通りで、中央にはクリックホイールも健在のままだ。
しかし、なぜiPod classicは、優れたマルチタッチのインターフェースを採用しなかったのだろう? インターネットを見ていると、iPod touchのHDD内蔵モデルが出ないと買わない、といった書き込みをよく見かけるが、筆者はそうした製品は、少なくとも当面はリリースされないのではないかと思っている。
というのも、これは筆者の見解だが、HDDモデルにはクリックホイールの方が相応しいからだ。
iPodのクリックホイールは高い評価を受けたが、同じアップル製品でも、iPod shuffleやMacには採用されなかった。なぜだろう? 答えは簡単で、それらの機器には相応しくなかったからだ。これと同じことだ。
iPhoneやiPod touchのカバーフローでは、指でジャケットを押さえてフリック(はじく)して、画面の端までたどり着いたら、もう1度、指を画面の反対端に戻して同じ動作を繰り返す。容量8GBや16GBに入るアルバムの枚数ならたかが知れているが、これが160GBともなると、現在のマルチタッチの操作でスクロールするのは、かなり大変だ。
アルバムビューやアーティストビューでは任意のアルファベットまでジャンプする機能もあるが、これとて日本語に対応しているわけではない。
そう考えると、今日のiPhoneやiPod touchのユーザーインターフェースは、容量が限られているからこそ成り立っている、という側面もある。
そしてiPod touchの10倍以上の容量を持つiPod classicでは、相変わらずのクリックホイールの方が都合いいのだ。
クリックホイールを採用するからには、OSもMac OS Xにする必要はないが、だからといってこれまで通りのiPodのOSというのでも新生アップルらしくない。
そこでアップルは、iPhoneやiPod touch版OS Xの開発で大変ななか、わざわざiPod classicとiPod nano用に新規にOSを作り直している。
新しいOSの特徴は、選んだコンテンツの中身がすぐにわかること。
これまでの、文字が主体のiPodのインターフェースは、ある程度画面に意識を傾け、表示される文字に集中していないと、何を選択しているのかがわかりにくかった。
これに対して新iPodのインターフェースは、選んでいるのが曲でも動画でも、写真でも、ゲームでも、画面右半分には必ず中身が何であるかがわかるサムネール画像が表示される。それもiPhotoでおなじみのケン・バーンズエフェクトを思わせるじわっとした情感に訴えかける動きで、安っぽさを感じさせない。
もちろん、先にも触れた通り、カバーフローも搭載している。このカバーフローには、昔、友達を家に呼んで「ちょっと聴かせたいヤツがあったんだ!」といいながらレコード棚を漁っていたあの感覚を再現してくれる気がしてならない。

さて、これまでのiPodでもそうだったように、iPodの新しいラインアップも、主役はiPod nanoだ。
iPod nanoは、「持ち歩いている」ということを意識させない軽さと小ささが売りだ。スポーツをするときや手ぶらで出かけるときでも意識することなく持ち出し、ただの日常風景を人生のBGMで彩ってくれる。
好みに合わせて個性豊かな5色のモデルが選べ、価格も驚くほど手頃だ。
ただし、新iPod nanoでは、従来モデルと大きく変わった点がいくつかある。1つ目は形だ。これまでのiPod nanoがiPod classicを横から潰したような縦長の形だったのに対して、新しいiPod nanoは横に広げたような幅広デザインになっている。
インターネットでは、この形を見て「かっこわるい」と批判する声も目立つ。筆者も最初に写真をみたときはそうだった。
しかし、実物の大きさや質感を見ると、180度考えが変わってしまうのだから不思議でならない。とても、かわいらしく、美しく思えてくるのだ。
そう言われて思い出したのが現在のiPod nanoが発表されたときのことだ。標準iPodを細長くしたようなデザインのこれまでのiPod nanoも最初、写真で見ただけのときは、それほど愛らしくもかっこよくも見えず、むしろかっこわるいくらいに見えた。
アップルの製品は、その目で実物をみて、触ってみないことには評価できない。
iPod nanoは、そんなことも教えてくれる。
ところで、新iPod nanoは、どうして幅広になったのだろう? 答えは簡単だ。
これまでのiPod nanoは、デジタルミュージック(そして写真)を楽しむための製品だったが、新しいiPod nanoでは、新たにビデオを楽しむ、というライフスタイルを提案しているからだ。
小ささを重視したため、画面サイズは携帯電話よりも一回り小さく、長時間の字幕入り映画を楽しむのには少し苦しい。
しかし、iPod nano本来の音楽ビデオを楽しむというライフスタイルなら十分成り立つ。ただ、音楽を聴くだけでもいいけれど、景色の見えない地下鉄に乗ったときや、待ちぼうけを食っているとき、音楽を「ビデオ」のプレイリストから再生する──新iPod nanoはそんなライフスタイルを提案している。

新しいラインアップでも、iPod shuffleは健在だ。さすがにビデオの再生はできないが、音楽を衣服の一部として身につけて歩くスタイルは、これまでと変わりない。
新しいiPod shuffleの変更点は色だ。長い残暑が続いた日本にもまもなく訪れるはずの秋空を思わせるように、どこか落ち着いていてメロウな感じがする3色と、地球の未来を考え自分でも何かをしようという熱意を表した(PRODUCT) REDの赤。そしてこれまで通りの合わせやすい落ち着いたシルバーというバラエティーに富んだ彩りを揃えている。
iPod shuffleのコンセプトは「音楽を着る」ことだが、先日、コンピューターグラフィックスの世界で有名な友人の1人、安藤幸央氏が、それが本当なんだと気付かせてくれた。なんと、彼はiPod shuffleを複数台持っていてそれぞれに違うジャンルの音楽をいれているというのだ。
「今日は気分的にこの色の音楽かな?」といっているかどうかはわからないが、音楽をその日の気分で着替えるというのは素晴らしいライフスタイルだと思う──実は私自身もアップル社の友人とそのアイディアを話していたことはあったが、身近に実践している人がいて驚いた。
さて、新しいiPod、1台1台に込められた意味を考えることで、新iPodは、これまでのiPod以上にモデルごとの性格付けがしっかりしていることがわかったと思う。アップルは、今後、これらの基本モデルをそれぞれのコンセプトを守りながら進化させていくだろう。進化の過程で、異なるモデルと性格的にクロスオーバーしてくる部分も出てくるかもしれない。前述したが、たとえばiPod touchのカレンダー機能についてもユーザーからの要望が多ければ、従来のコンセプトを変更して編集可能にするかもしれない。iPod touchのOSはOS Xなので、それくらいの変更なら簡単なはずだ。アップルはそうした試行錯誤を通して、次の時代のアップルのあるべき姿を模索していく。これこそが進化というものだ。
ただし、試行錯誤の過程でも、「そもそもnanoはどういう製品だったか? classicはどうだったか?」と振り返れるかが重要で、今回の新ラインアップは、まさにこれからのiPodのよりどころとなる製品といえそうだ。
さて、このiPodを見ただけで、iPodがこれからどのように進化していくのかを予想することは難しい。だが一つ、わかってきたことはある。
これまで、散歩時から部屋にいるとき、車の中にいるとき、リビングでくつろいでいるときと、さまざまな生活シーンに音楽を聴く楽しみを広げてきたiPodだが、これからのアップルは新しい音楽との出会いも重要視していくということだ。
その第1弾として、米国ではスターバックスコーヒーで、店内で流れている音楽を調べたり購入したりできるようにする試みがスタートする。
スターバックスコーヒーといえば、音楽セレクションのセンスのよさで、熱烈なファンが多かったHear MusicというCDショップを買収し、そのスタッフによるコンピレーションアルバムを展開していることで知られている。実はコーヒーだけでなく、店内の音楽の選曲にもかなり力を入れているブランドだ。
これに加えて欧米のスターバックスの店舗はほぼ確実に無線LANにありつけるコーヒーショップとして、旅行者達からも愛用されている。
そのスターバックスの無線LANサービスと音楽が、音楽販売という形で結びついたのは素晴らしいことだと思う。
ただ、筆者はアップルが契約するのが、スターバックスただ1社だとは思えない。
まだ実験段階の今はそうかもしれないが、今後は、その他のカフェやCDショップなどとも提携の輪が広がっていくのではなかろうか。もし、そうなったら街で出会った新しい音楽をその場で購入してあなたの生活の一部にできるという、素晴らしいライフスタイルが開けてきそうな気がする。
新生アップルのiPodには、これまでとは桁外れのスケールの変化が潜んでいそうだ。