
ワークばかりがMacの使い道ではない
[2008年2月22日更新]

「鉛筆」というまったく同じ道具を使って、ある人は宇宙の神秘を解き明かし、ある人は真っ白なキャンバスに心動かす作品を描き出す──人間というのはまったくすごい生き物だ。
「パソコンは道具」という人がいるけれど、「道具=事務機」ではけっしてない。
パソコンは現代の鉛筆であり、税務の計算をすることもできれば、新しい芸術作品を作り出すこともできる。
実は、筆者はメディアアートやインタラクティブアートと呼ばれるパソコンで作った新しいアートがけっこう好きだ。
最近、見た作品の中で気に入ったのはこの2月に開催された「平成19年度 文化庁メディア芸術祭」で推薦作品に選ばれた「Slot Machine Drawing」(草地映介、渡邊淳司)。

一種のペイントソフト(お絵描きソフト)のようだが、スロットマシンのレバーをひっぱると、キャンバスが上下方向に回転し始める。キャンバスが動き続けている状態で絵を描くと、絵が予想外の形に展開してなかなかおもしろい。川に手をつっこんで手のひらで水流を受けているかのような心地よさも楽しめる。
同じく推薦作品となっていたカロリナ・ソベッカさんの「Stbabillity, Disaster Log」という作品もなかなかよかった。

プロジェクターのスクリーンの前に、1辺20センチメートルほどの立方体が置かれている。スクリーンには、立方体の部屋の中の人や家具を描き出している。立方体を手で持ち上げて振ると、それに反応して、映像の中の世界も地震のように揺れ、家具が倒れ、人が投げ飛ばされる。しばらくして立方体を元に戻すと、人が起き上がり、家具を元の位置に戻してノートをつけ始める。
人はどんな障害にあってもそれを乗り越え、立ち直り、学んでいくということを表した作品だそうだ。
まだまだ見る機会は少ないが、こうしたメディアアートを中心に展示している美術館もある。中でも有名なのは、アップル社日本法人と同じ東京初台のオペラシティーにあるNTTインターコミュニケーション・センター、通称ICC(Intercommunication Center)。
ICCは常に日本のメディアアートの中心的存在を担ってきた。数々の常設展示も見応えがあるが、床に埋め込まれたメディアアートの歴史年表も見応えがある。このほか、図書室やiMacを使って、これまで同館で行われてきたシンポジウムやパフォーマンスのアーカイブが見られるHIVEコーナーもあり、メディアアートの情報収集場所としても重要な役割を担っている(HIVEのアーカイブは一部、インターネットでも見られる。)。
メディアアートを身近にしているもう1つの存在は、NHKのBS2およびBS hiで放送中の番組「デジタルスタジアム」だ(通称、「デジスタ」)。同番組は多くの若手アーティストを有名にした日本のメディアアートの登竜門的な存在にもなっている。
実はこうしたメディアアート作品、インタラクティブアート作品の中には、わざわざ美術館に行ったり、テレビをつけないでも、今すぐ楽しめるものも多い。
筆者のお気に入り作品の1つが、つい先日まで東京都写真美術館で開催されていた「文学の触覚展」でも展示されていたTypeTraceという作品だ。dividualというユニットが開発している。

これは、起動すると一見ワープロソフトのようだが、文章を書く様子が記録される。たとえば「こんにちは、先日のあの件ですが、どうなりました?」と書いた後、しばらく考え込んで、いきなり要件に入るのも失礼かと思い直し、「、」以下の文章を一度消し、「最近、寒い日々が続いていますがお元気でしょうか。」という一文を入れる。
普通のワープロソフトや電子メールソフトで文章を書くと、相手が見るのは編集済みの最終的な文章だけだが、TypeTraceであると、文章を書いている様子をそっくり再生できるのだ。
まるで頭の中を覗かれているようで、嫌という人もいるかもしれない。
だが、書き手が自分の好きな作家だったらどうだろう。
文学の触覚展で、展示された「タイプトレース道〜舞城王太郎之巻」という作品は、プロジェクターに大映しにされたTypeTraceに、第16回三島由紀夫賞作家、舞城王太郎氏が毎日書き下ろしている新作が届き、それが映し出される、という作品だった。
スクリーンの前には、TypeTraceを開発するきっかけにもなったKinetic Keyboardという作品が置かれている。これはTypeTraceで打たれた文字にあわせて、自動的にキーが沈むキーボード。
正体不明で性別もわからない人気作家、舞城王太郎氏だが、この2つの作品が動いているところを見ると、まるでその人が本当にそこにいるかのような気配を感じる。
実はこのTypeTraceというソフトは、現在、公開β版としてWebで公開されている。タイプにかかった時間に比例して文字を大きくする機能もある(熟考してタイプした文字は大映しになる)。
マウスを使って描いた人が踊りだす楽しい作品、城戸雅行氏の「PICTAPS」も楽しい。
有名なメディアアーティスト、ジョン前田氏のページにも彼の作品が多数展示されている。
インタラクティブアートだけにこだわらず映像作品も含めれば、Macで楽しめる作品はさらに増える。
筆者のお気に入りでは、Zuga氏の作品が並ぶWebサイト、「未来派図画工作」の作品群。Worksというところに、スクリーンセーバーやムービーの作品が多数並んでいる。
トーチカというグループの「PIKAPIKA」のようにパフォーマンス映像をコンピューター加工した作品にもおもしろいものが多い。

筆者が知っているのは氷山の一角からこぼれ落ちた氷のひとかけみたいなもので、まだまだこれ以外にも数えきれないほど多くの作品がある。
ぜひ、どなたかにそうしたインターネット経由でアクセスできるアート作品のリンク集、仮想の美術館を作ってほしいところだ。
実はパソコンが道具であり、アートのためのキャンバスなら、そのパソコンの上で動くソフトウェアもまた道具であり、アートのためのキャンバスとなり得る。
つい先日、名前からして「事務用」の雰囲気が漂っているMicrosoft Officeもしかりだ。
Microsoft Office 2008 for Macを開発したMac BUがスポンサーするWebサイト、「art of Office」は、Officeで作ったアート作品の仮想美術館だ。
すでにこのコーナーでも何度か紹介しているので知っている人も多いと思うが、今回はこの中から筆者のお気に入り作品をいくつか紹介しよう。

まずはPIXELFREAKという人の「SCROLL」という作品。なんとマイクロソフトExcelのセルを、ドット絵を構成するドットに見立ててアニメーションにしてしまった作品だ。
書類を開いて縦にスクロールすることで動きを楽しむことができる。シートを切り替えて、人、犬、馬の動きを楽しめる。
Prince-of-PowerPointの「iPod PowerPoint Duplicates」は、一見するとただのiPodの写真のように見えるが、実はPowerPointに用意された描画機能だけを使って描かれた絵だ。
このほか、英語主体なので楽しめない人もいるかもしれないが、MARK MOTHERSBAUGH氏の「Postcards of Invisible」という絵と物語が一体になった作品などもある。
ソフトウェア開発者を支援する「MOSA」というNPO法人がある。
同団体では年に何度かセミナーなどのイベントを開催しているのだが、その中でももっとも大きいのが「MOSA Software Meeting」という年末に行われるイベント。実は筆者も話しをしたのだが、同イベントで基調講演を行ったのがMac関係の記事の執筆で有名な大谷和利氏だ。
そしてその講演のテーマが「ソフトウェア・アーティスト宣言!」だった。
今、日本の開発者たちにはエンジニアリングの素養だけでなく、アートの素養も求められている、と訴えた講演で、非常におもしろい内容だった。
実は筆者も以前から雑誌の連載記事などで同様なことを訴え続けてきただけに、この活動は個人的にも応援していきたい。
そしてそんな大谷氏から3月の中旬にもMacを使ったアート作品を紹介するイベントを行うとのことだ。
詳細は追って紹介したい。
なお、今回の記事では、特にMacに関係なくアート作品を紹介してきたが、美しい工業デザインながら主張が少なく、風景にとけ込みやすいMacは、多くのアーティストたちにとってお気に入りのキャンバスであり、作品を展示するメディアでもある。
多くの美術館がMacを愛用しており、多くのアーティストがMacを愛用している。
デジタルライフスタイルの今日、パソコンというのは日常の道具の一つとして生活に溶け込みつつあるが、それと同様にアートも、美術館でしか見られない特別なものではなく、もっと我々の生活に溶け込んでいい存在だ。
現在、森美術館で開催されている「アートは心のためにある : UBSアートコレクションより」という展覧会は世界トップクラスの金融グループ、UBSが保有する有名作家のアート作品を飾るにあたって、ただ飾るだけではなく、それらの作品が展覧会後に戻る銀行やオフィス、会議室といった場所を想定して、ギャラリーの中にオフィス家具やパソコンを置いているが、ここのパソコンももちろんMacで、Macとアート作品があるワークスペースの居心地よさを実感させてくれる。

これを機会に、あなたもMacでアートを楽しんでみてはいかがだろう。
鑑賞する側でも、作る側でも、どちらにしても楽しみは大きいはずだ。