

ちょうど前回のApple's Eyeの掲載直前に、ものすごくいいニュースと、ものすごく悪いニュースが同時に飛び込んできた。いつもであれば、絶対に記事の改訂が間に合わないタイミングで、本連載の担当者から「今回は一言を加えてから掲載したい」との連絡があった。
みなさんは2011年10月6日をどのように迎えただろう。私は朝方、六本木一丁目のホテルでヨーロッパの電話会社の重役と早朝のブレックファーストミーティングをしていた。その間、iPhoneには電話、Twitter、メールで何件かの連絡が入っていたが、私はミーティング中の邪魔が入るのが嫌なので、マナーモードにして鞄の奥にしまったまま。ミーティングが終わってiPhoneの画面を見ると、朝の9時半にしては異常な数の不在着信。なんだか不安になって真っ先に行ったのが、Twitterを見ることだった。その時の私のタイムラインは、訃報で埋め尽くされていた。
でも、私は何故かその時点でぜんぜんそれを信じておらず、心の中では「あ〜あ、またどこかがやっちゃったのか。やれやれ」と、騒ぎを沈静化させるため誤報を流した元を探していた。
実は同じ訃報を見たのは今回が初めてではない。過去に2度にもわたって大手の新聞社らが緊急時に備えて用意していた原稿が過って掲載され、騒ぎになった。私はTwitterでのフォロワーは多い方なので、デマの拡散に少しは貢献できるかもしれないと、急いで誤報であることを確認しようとした。しかし、Twitterのタイムラインを見ていると、Webニュース媒体の「ITmedia」までが、この誤報を拡散している。これはいよいよ深刻な事態だと思っていたところに、米国の「CNN」のジョブズ氏急逝の続報が入ってきて、この恐ろしい悪夢が現実であることを知った。
これが走馬灯という現象か。次の瞬間、頭に浮かんだのは、白い息を吐きながら両手で口を覆い泣き崩れている女性たちの映像──後からよく考えると、あれは1980年12月8日、ニューヨークのセントラルパークから流れてきたジョン・レノンの死を悲しんでいる人々の映像だった。
だが、iPhoneから目をそらしホテルのロビーを見ると、そこにはあまりにも違った光景が広がっていた。フロントでチェックアウトをする人々、ロビーの椅子にゆったりと腰をかけ新聞を開いている人々、遅めの朝食を楽しむ人々、ジョギングから帰ってきて客室のエレベーターに向かう人もいた。
彼らはおそらく、このニュースを知らない。知ったところで、どうにも思わない人もいるかもしれないが、私と同様にショックを受ける人も少なからずいるだろう。
何せ急逝をしたのは、ジョン・レノン同様に、1つの時代の文化を築いてきた人物だ。
21世紀に入って世界中の街に白いヘッドホンが溢れ、世界中のニュースがたった1機種の携帯電話の発売に一喜一憂し、たった一枚のスレート(板状)のデジタル機器の誕生に未来の夢を見た。実際、この訃報のわずか前日にも新製品が発表され、私もテレビ、雑誌、ラジオの取材に大わらわだった。
次の予定は1時間後の幕張メッセ、しかし、そこに向かう前にホテルのロビーで人と会い、物の受け渡しをしなければならない。相手は私が待ち合わせ時間を伝え忘れていたこともあり30分以上遅れている。
その間、私の頭には、哀しみ、怒り、無力感といったあらゆる感情が渦巻いていた。
本当はこんなニュースの時に幕張メッセなどに行っている場合ではないと思う一方で、平常通りの行動をしないと自分がパニックを起こしそうだという不安があり、無事の受け渡しが終わると東京駅へとタクシーで向かい、とりあえず何も考えずに幕張メッセに向かう電車に飛び乗った。道中、そういえばiPhoneに留守番電話がたくさんたまっていたことを思い出して聞くと、これはおよそ幕張メッセに向かうべき事態ではなかったことに改めて気づかされた。
実際、幕張メッセについてからやったことといえば、30分ほどで、たまたま見かけた仲間のお勧めのブース、4〜5件を覗いたほかは、ひたすら電話、電話、電話。
結局、そのまま午後はずっとテレビ局めぐり。夕方以降の予定はすべてキャンセルし、夜中の2時までテレビ局を回っていた。
忙しいことはかえってよかった。何を語るべきかという頭の整理に忙しく、心の整理をする余裕を生み出さずに済んだからだ。
ただ、夜、Twitter経由で突然、お茶の水のデジタルハリウッド大学で開催された追悼イベントを訪問し、突然のスピーチを頼まれ壇上にあがり話が途切れたところで、初めてものすごい感情の激流に襲われた。
スティーブ・ジョブズが死んだ。
ニュースでは「急逝」、「逝去」、「訃報」といった遠回しな表現を使ってリアリティーを遠ざけることで、自分自身をごまかしていた。しかし、壇上で突然、上の単刀直入なフレーズが頭に浮かび、これがものすごいリアルなニュースとして自分を襲ってきた。
私が立ったひな壇のすぐうしろには、アップル社のホームページにも掲載されていたジョブズの顔写真が投影されている。一瞬、幽体離脱をしたかのように、自分が話をしている様子を客席から見ている映像が頭をよぎり、1999年にジョブズが、ソニーの盛田昭夫氏を追悼している姿を思い出した。
後にこのことを日経ビジネスの記事にした時、実はこのジョブズによる盛田氏の追悼が、まさにジョブズが亡くなったのと同じ日付だったことに気がついた。
ジョブズが亡くなってからの数日間は、実はあまりにも予定が詰まっていて、正直、どのテレビとどのラジオに出て、どの雑誌に記事を書いたかもほとんど覚えていない。
ケータイのあり方まで変革したただ、1つだけ私が書いた最初の単著(著者1人で書いた本)、「iPhoneショック」の編集者が、ジョブズの死を悼み、他の人々と真っ先に共有したいと、短時間ではあるがふだんの自分の職務を逸脱して編集してくれた日経ビジネスの記事を、非常に打ち込んで必死に書いたのを覚えている。
「「世界を変えたくないかい?」 ジョブズはどうやって変え続けたのか 」
彼は常に世界中の人々にインスピレーションを与え続けてきた。
ピクサーのジョン・ラセター氏は、「アートは技術に挑戦し、技術はアートにインスピレーションを与える」という言葉を座右の銘にしている。すべての道具がこのように人々にインスピレーションを与えるとは思わないが、少なくともアップル社のほとんどの製品は、まさにこれをやり続けてきた、と思う。
そして、そうした道具にインスピレーションを受けてきた人々にとって、ジョブズはヒーローなのだ。
もっとも、日経ビジネスの記事でも書いたが、ジョブズ氏は常に前向きに、未来の方向にだけ目を向けている人だった。
我々も彼の死を悼みつつも、本当に彼を思うなら、彼の魂を引き継いで、どうやって世の中を素敵な場所に変えるべきか考えるべきかもしれない。
iPhone 4S
ジョブズの魂が宿るアップル社の最新の製品と言えば、iPhone 4Sだ。iPhone 3Gと3GSがそうだったように、iPhone 4Sは前モデルのiPhone 4と外観はそっくりそのまま。
それでいて中にはデュアルコアで2倍のパフォーマンス、グラフィックもあわせれば7倍近いパフォーマンスを持つA5チップが内蔵され、従来のソフトバンクのネットワークで通信をする部品が2倍高速なHSPAに対応し、さらには、新たにKDDIの方式で通信をする部品も内蔵された。
iPhone 4Sにはものすごい技術革新が凝縮されているが、一番すごい技術革新は、これだけの新たな技術革新が行われていながら本体のサイズや重量が一切、変わっていないことかもしれない。だからこそ、巷にあふれているiPhone用のアクセサリーも、iPhone対応自動車も、ほとんどのものはそのまま最新のiPhone 4Sでも使うことができる。
今回のiPhone 4S発売にあたっては、インターネット上で空想のiPhone 5の情報がたくさんあふれていたがために「形が変わらなくて残念だった」という声もよく聞かれた。しかし、これは一種の風評被害で、アップルがこれまでにもやってきたことだ。
iPhone 3Gの次は、そっくり同じ形のiPhone 3GSだった。今のiPhoneは、この当時よりも格段に精度が高くなっている。なのに、CPUも通信回路もすべて新しくなったiPhoneを、若干、アンテナの位置などの修正があったとはいえ、ほとんど従来製品と変わらない本体に収めた、というのは、むしろそっちの方がすごいことではないだろうか。
iPhone 4は、プロのデザイナー達をもうならせる、素材的にも、見た目的にも、触った質感までもが究極にエレガントな端末で、この端末の登場によって、世界中のほとんどすべての携帯電話がプラスチックのおもちゃのように見えるようになってしまった。それほど革新的なデザインを施しておきながら、それをただ「新製品」というイメージを演出するためだけに、たったの一世代で捨ててしまうのはもったいなくないか。
実際、同じ形状を踏襲すれば、それだけでアップル社が用意する製品パッケージや他社がつくるアクセサリーにしても(ほとんどのものは)作り直しをせずに済み、コストだけでなく環境にもいい。
ジョブズは常に本質主義の人だ。そして、そのDNAを引き継ぐアップル社のデザインチームも本質主義の人々の集まりだ。形が変わらなかった新iPhone 4で、彼らが仕事をしていないと思う人もいるかもしれないが、おそらくそんなことはない。それどころか今回は「同じ形」という制約があった分、下手な新機種開発よりも大変なところも多かったのではないかと思う。
そう言えば、あるインタビューで、日本を代表する工業デザイナーの一人、柴田文江さんをインタビューした時、彼女がこんなことを言っていた:
「モデルチェンジって、そもそも機能が変わらないと必要ないんですよ。でも、今ではモデルチェンジのためのモデルチェンジ、あるいは売り場のためのモデルチェンジになっている製品が多い。もう、そういう状況が20年以上つづいちゃっていますよね」
(柴田文江デザインの美しきリモコン、地デジ版SPIDER PRO )
さて、「変わらない」、「変わらない」と強調してきたが、変わらないのは外見だけで、新しいiPhoneは中身が大きく変わっている。中身が一番大きく変わっているのは、基本となるOSがiOS 5となったためで、iPhone 3GSやiPhone 4、さらにはiPad、iPad 2や最近のiPod touchでも、iTunes経由でOSをアップデートすれば同様の機能が利用できるようになるものだが、iPhone 4Sならではの機能もいくつかある。
その1つが高精細なデジタルカメラだ。もうこれが、圧倒的に画質がいい。これまでのすべてのiPhone同様、露出だフォーカスだといった難しい言葉を知らないでも、被写体にiPhoneを向け、必要なら被写体を画面上で1回タップし、シャッターを押せば、それだけでベストな写真が撮れるという点は変わりがない。しかし、写真の品質が格段に向上しているのだ。例えば夜景などをとってもiPhone 4では、明るめの照明の部分に雲がかかったよう写ってしまっていたが、iPhone 4Sではこれがなかなか起きない。
圧倒的な品質の差は、実際に2枚の写真を見比べてもらうのが一番早いかもしれない。
iPhone 4で撮影した写真
最新機種iPhone 4Sで撮影した写真
また、速度の向上がもたらす体験の違いも素晴らしい。以前、iPhone 3Gと3GSは、形こそそっくりだったが、日本語文字入力のスピードで大きな隔たりがあった。iPhone 4以降は、日本語文字入力の快適さはほぼ問題なくなってしまったのでそこでの差別化は厳しいかもしれないが、例えば筆者のお気に入りの革命的カメラアプリケーション、PhotoSynth(実はマイクロソフト社のアプリケーションだ)。これを使ったときの体験がiPhone 4Sで生まれ変わった。
PhotoSynthは、写真を撮った後iPhoneの向きを変えると自動的にもう1枚写真を撮影し、それらの写真をつなげてくれるというアプリケーションだ。うまく使えば360度見渡すパノラマ写真どころか、それに上下も加え、自分の周囲に見える風景、そっくりそのまま記録し、再現できるという、ある意味、ものすごいアプリケーションになっている。
このアプリケーションは、瞬時に画像認識を行い、画面に映っている椅子や机といった被写体を手がかりに写真をつないでくれるのだが、iPhone 4Sで処理スピードがあがったことによって隣接する写真が、心地よいテンポで撮られるようになった(以前は角度を変えてしばらく待つとシャッターが切れていたが、4Sではもっと小気味いい)。
同様にスピードが速くなるだけで体験が変わるアプリケーションは、他にもたくさんあるはずだ。 ちなみにiPhone 4Sは、ちょっとしたWebページの表示のスピードだけでも劇的に向上している。 だが、なんといってもiPhone 4Sで一番、未来を感じさせるのが「Siri」と呼ばれる音声アシスタント機能だ。
このSiriに向かって「Send message to 誰々」として、文章を読み上げれば、iPhone 4Sをポケットに入れたままSMSを送ることもできる。返信があれば、それをSiriが読み上げてくれ、そこからまた音声操作だけで返信ができる。
「明日の昼には予定があるか?」と訊いて予定を調べることもできれば、「Smithさんとランチ」と声の操作で予定を入れることもできる。「明日の最初のミーティングは何時?」、「今日は、傘は必要だろうか?」「明日の昼には予定があるか?」と訊いて予定を調べることもできれば、「Smithさんとランチ」と声の操作で予定を入れることもできる。「明日の最初のミーティングは何時?」、「今日は、傘は必要だろうか?」
これらの情報を、iPhoneを一度もポケットから出すことなく、マイク付きヘッドホンを介した会話で得ることができるのだ。
Siriはたいていの質問に答えてくれる。
「沖縄の人口は?」と訊いても、すぐにWolfram Alphaというサービスで調べた結果を表示してくれる。
筆者が一番、愛用しているのが目覚まし機能だ。最近、夜はいつも疲れきって寝ることが多く、この時にチマチマと画面を触って目覚ましの時刻をセットする気にはなれない。そこでSiriに「明日の最初のミーティングは何時?」と聞いて「それじゃあ、朝6時に起こして」と命令して、そのまま眠る。
これは、まさに未来を感じさせる機能であり、これまでタッチ操作の機器だと思われていたiPhoneへの認識を改めさせる機能だ。
ひとつ残念なのは、今のところは英語とフランス語、ドイツ語にしか対応していないこと。ただし、2012年には日本語にも対応することをアップル社が公式発表をしているので、それに期待をしたい。

