Apple's Eye
iPhone、iPadや、パソコン用ソフトとして人気の高いEvernote社のCEO、フィル・リービン氏は、最近の講演でよくこんなことを言う。
「いいものが必ずしも売れるとは限らない。昔そんなことをよく聞かされませんでしたか? でも、私は最近、これが変わったんじゃないかと思います。今日では、いいものを作るとそれは必ず誰かに発見され、ツイッターのようなソーシャルメディアを通して、まわりの人々に広がっていく。ソーシャルメディアは、本当にいいものが売れる時代を可能にしたんじゃないかと思います」
確かにそう言われれば思い当たる節が多い。
最近、テレビ番組にしても、本にしても、飲食店にしても、ツイッターなどを通して知った「いいもの」がどれだけあったことか。
そして、こうした「いいもの」で成功した会社の筆頭とも言えるのが、今のアップル社ではないかと思う。
'98年に初代iMacを出してからのアップル(つまり、ちょうどこのMacTopiaがオープンする前後からのアップル)は、ちょっと神懸かったほどすごいものを作り、どん底から神懸ったような成功を手に入れている。
'98年当時のアップル社の株券1枚は3ドルほどの価値しかなかったが、今はそれが110倍以上の340ドル台だ。
時価総額では世界2位。製造業でありながら、世界最大の石油会社、エクソン・モービルと中国の石油会社ペトロ・チャイナに挟まれている格好で、ここからアップルがよほど大きな失敗を重ねたとしても、そうそう簡単に影響力が落ちるとは思えない。
そんなアップルが最近報告した2011年第1四半期の業績でも、好成績がつまびらかになった。
Mac、iPhone、iPadの3製品の販売台数は過去最高記録を達成した。Macは413万台で去年から23%増。特にノート型が好調で34%増だという。
iPhoneは、わずか3ヶ月で日本で1年間に販売される携帯電話の半分ほどの台数に相当する1624万台を売ってしまっている。そしてiPadは733万台を出荷した。
このうちiPhoneとiPadはApp Storeのアプリケーションが最大の魅力となっているが、1月22日には、そのApp Storeからのアプリケーションダウンロード総数が100億本を達成。非常にたくさんのアプリケーションが売れるApp Storeでは、時折伝説が生まれる。例えば昨年12月にリリースされた「Infinity Blade」というiPhone/iPadに対応したゲームがあるが、これは最初の5日間だけで26万本がダウンロードされ、1億3000万円を売り上げた。
日本でも人気の高いゲーム、Doodle Jumpは2ヶ月半で500万ダウンロードを達成して約3億円を売り上げたし、アメリカで異常なくらいの人気で関連グッズも登場しているAngry Birdは、iPhone版が半年強で650万ダウンロードを達成し、4億5000万ダウンロードを記録する一方で、やや高めな値段設定のiPad専用版が20万ダウンロードでさらに1億円売れ、最近ではMac App Store経由でMac専用版も登場し、Angry Birdのキャラクター商品まで売り出している。
実はアップル自身も大成功をあげているが、そのアップルの周辺でも大成功を収めている人が大勢いる。
そんなアップルで、一つ不安なニュースもあった。創業者であり、同社のトップでもあるCEOのスティーブ・ジョブズが病気の治療のため休養に入ったというのだ。ただし、そのままCEO職を離れることなく代理を立てる形での休養だし、これまで2~3回もそうだったので、またすぐに元気な姿を見せてくれるものと期待したい。
さて、前の説の前半でアップルは「いいもの」を作って成功している、と書いたが、みなさんはアップルがどれだけこだわったモノ作りをしているか、じっくり考えてみたことがあるだろうか。
私が大好きな映画の1つに「Objectified」というドキュメンタリー映画がある(アメリカのiTunesでは販売とレンタルが行われているが、日本語字幕も吹き替えもないため日本では輸入盤のDVDでしか手に入れられない)。
この映画の中盤で、長年、独ブラウン社のチーフ・デザイナーを務めたディーター・ラムス氏が登場する。ラムス氏といえば「Weniger, aber besser.(より少ないが、よりよい)」というアプローチで有名なデザイナー。
映画の中で彼は、「大半の人々は、わかりやすく、いいデザインに対してはポジティブに反応するのだが、最近はよく考えられずに作られたデザインが多い。これは製品だけの話ではなく、建築や広告などでも同じだ」と語った上で彼が唱えるデザイン十箇条に基づいて良いデザインとは何かを語り始める。
そして、最後だがもっとも重要なのは
そのラムス氏が最後に、「今日、デザインをシリアスに考えている会社はあまりみかけなくなったと思う。今、そう言えるのはあるアメリカの会社、アップル社だ」
と語ると、次のシーンでニューヨークのApple Storeが登場、そこからアップルのデザインチーフ、ジョナサン・アイブ氏が登場し、今日のアップルのデザインを紹介し始める。
英語のわかる人には、ぜひ実際にDVDを見て欲しいが、私に一番響いたのはアイブ氏がiMacのデザインについて語るシーンだ。
現在のiMacの外装は大きなアルミ板をくりぬいて作られている。27インチ版iMacともなると液晶が大きい分、くりぬかれるアルミ部分も大きいが、実はアップルはこのくりぬいたアルミ部分も無駄にはしておらず、ここから外付けキーボードを2つ作っている、というのだ。「無駄」をなくすことで環境にもやさしく、コストも節約できる。しかも、2つのキーボードの1つはiMacに付属するのだろうから、ユーザーは画面と同じアルミ板に触れながら文字を入力することになる──なんだか素敵じゃないか。
優れたデザインの製品を考え出すだけでも大変な仕事だが、アップルはその製品を作りだすプロセスにまで考えを馳せて、美しいプロセスとしてデザインしている。ちなみに最近のMacでは、メニューバーやログインパネルなどの画面デザインもMacの主要部品となっているアルミをイメージしており、画面の中の世界も外の世界も首尾一貫している。MacBook Proにしても、これまで7つの異なる部品で提供してきた機能を1つのアルミパーツに集約したり(そうすることで頑丈さが高まり、コストが下がる)、スリープインジケーターの機能はMacがスリープしていない間は、ユーザーに関係ないので、目立たないように隠した(なんとアルミの内側から光が透けて見えるようにする技を発案した)など、アップルのデザインは細かく見れば見るほど驚きの連続だ。
映画のインタビューシーンの最後でアイブ氏は「私たち、ちょっとやり過ぎでしょう」と照れ笑いをしてみせるが、確かにここまでくるとラムス氏ではないが、ここまでやっている会社は、アップル以外にほとんど思い浮かばない。
もちろん、Macを使う人も、iPodを使う人も、iPhoneやApple TVを使う人も、iPadを使う人も、そこまでのディテールには気づいていないはずだ。
でも、人間には直感力がある。
実際に箱を開けてデザインされたモノに直接手で触れる際に、多くの人は、「これがタダモノではない」ことに気がついているんじゃないかと思う。
そして、この「良いデザイン」を知ってしまった人は、もはや、「悪いデザイン」には戻れなくなってしまうんじゃないかとも思う。
アップルにある程度詳しいジャーナリストや解説者の方々は、アップルが強いのはiTunes Storeの囲い込み戦略だと語っている。
音楽も映画も(アメリカではテレビ番組)も、本も、そしてアプリケーションも買えてしまうiTunes Store/iBookStore/App Storeは、確かにコンテンツで顧客を囲い込むかなり強力な戦略だ。
だが、その成功も、(少なくともアメリカでは)買いたい音楽がレーベルなどに関係なくすぐに見つかったり、ベストセラー書が揃っていたり、他のどのスマートフォンよりも多くのアプリケーションが揃うというコンセプトレベルのデザイン(と、それを現実に変えてしまう実現力)。さらには欲しい音楽、本、アプリケーションがすぐに見つかるという見え方のデザイン。ワンクリックで簡単に変えるという買いやすさのデザインといった、デザインのおかげだ。
今、すべてのアップル製品に刻まれている「Designed by Apple in California」という言葉には、モノとしてのデザインだけでなく、こうしたアップル製品を通して得る体験のすべてのデザインを象徴しているのではないかと筆者は思う。
そして、こうしたデザインこそが、アップルの最強の囲い込み戦略なのではないかと思っている。
先日、TED系の面白い講演を聞いた(まだ、日本語字幕はついていない)。WWF(世界自然保護基金)のJason Clayという人が行った講演で「大きなブランドが、いかにして生物多様性を救えるか」という講演だ。環境に影響を与えている会社すべてに働きかけるのは、数が多すぎておよそ不可能に見えるが、いくつかの消費財を扱う会社やいくつか巨大な消費を生み出している会社だけにスポットを当てて働きかけるだけで、環境に対して多大な影響を与えられる、という内容の講演であった。この講演で印象に残ったのは、今日、人類が生み出している食料やモノの消費の量は地球1.3個分になっている、ということだ。
人類は1990年代、ついに一線を越えてしまい、その消費活動はサステイナブル(持続可能)ではなくなってしまった。
こんなモノ溢れの時代、本当に求められているのは、そこそこの製品を大量に生みだし、大量に生産し、大量に売り、大量に廃棄することではなく、本当にいいものを必要な数だけ作って適切に流通し消費することだ(ちなみにアップルは、余剰な在庫が出ないような生産量管理と流通のシステムも初代iMacが登場した頃にデザインしている)。
アップルは、実はその点においても超優等生なのだ。
おそらく、そんなことまで意識してアップル製品を使っている人は、今や世界中に数え切れないほどいるアップルユーザーの中にほとんどいないと思う。
しかし、人間には直感力がある。
アップルの製品を愛用するユーザーも、アップルに投資を続ける人達も、どこかで、アップルの異常なくらいに徹底した「本質主義」に、「そこかしこの会社が、一朝一夕で追いつけるレベルではない」ということを、どこかで直感しているのではないかと思っている。
素晴らしいのは、そうしたいいものに触れるユーザー達といったアップルの周辺環境にも、いい循環の輪がちょっとずつ広がっていることだろう。
特に「iPad」の登場以後は、これまでITにあまり関心がなかった業界から、ITの面白い活用に対するアイディアが次々と提案され始めており、それが非常に面白い。
アップル製品についてあまり熱心に語ると「まるで宗教のようだ」と冷やかしを受けることがあるが、もし、アップル製品への情熱が宗教だとしたら、その原理となるのは「本質主義への回帰」ではないかと思う。
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