| デイビッド バスケビッチは、先見性のあるソフトウェア アーキテクト、革新的なビジネスマン、著述家として
30 年以上のキャリアを持っています。
バスケビッチは、ビジネス プラットフォーム担当シニア
バイスプレジデント兼チーフテクニカルオフィサーとして、会長兼チーフソフトウェアアーキテクトであるビル
ゲイツの下で、ゲイツと共に、将来のマイクロソフト
プラットフォームのための中心的かつ統一的な戦略およびアーキテクチャの確立に力を注いでいます。
現職以前は、ビジネス アプリケーション部門担当シニア
バイスプレジデントとして、ビジネスの運用方法を変革するための新しいソフトウェアの作成を通して、マイクロソフトの中小規模企業向けビジネス
ソフトウェア市場への参入を促進しました。2000
年 12
月には、この戦略を実現するための中心的な事業として、Great
Plains Software 社の買収を主導しました。
バスケビッチは、1986
年に米国市場担当の初代ディレクタとしてマイクロソフトに入社し、流通、販売および広域チャネルマーケティング戦略を刷新するための事業計画と市場調査手法の導入を推進しました。4
年間にわたってこの職位を務めましたが、在任中の最も重要な活動は、主要製品である
Microsoft(R) Windows(R) 3.0
オペレーティングシステムおよび Microsoft
Office
のリリースでした。
米国市場の発展に尽くした後、大手法人顧客のビジネスをクライアントサーバーへ移行させるための組織である
Microsoft Consulting Services
(MCS)を提案し、その創立に尽力しました。MCS
においては、彼はチーフ テクノロジストの職を 2
年間務めました。
1993
年には、エンタープライズ コンピューティング担当ゼネラル
マネージャーに就任し、エンタープライズ アーキテクチャの定義や、マイクロソフトとエンタープライズ
パートナーとの長期的な協業ロードマップの作成といった広範な任務を遂行しました。また、Microsoft
SQL Server、Microsoft
Transaction Services (MTS)、AppCenter
Server および
Microsoft .NET Platform
の開発チームを編成したほか、Microsoft
の COM+(Component
Object Model+)および
Windows DNA(Distributed
interNet Applications)の取り組みをも促進しました。1998
年から 1999
年にかけては、マイクロソフトのチーフ アーキテクトとして
Windows DNA の定義と初リリースを推進し、ビジネス
アプリケーション部門の総帥となりました。
マイクロソフトへの入社前は、3Com
Corp においてソフトウェア部門を創設し、EtherMail
などソフトウェア製品の企画とビジネスの確立に貢献しました。
バスケビッチのキャリアは、若き起業家としてビジネスの企画やソフトウェア ベンチャー事業を開始した
20
才代に始まります。彼が最初に設立したのは、トロントに本社を置く
PlanDesign
というビジネス戦略の立案を専門とするコンサルティング会社です。当時、カナダ最大の企業に対してビジネス プロセスと変更管理(現在のビジネス
プロセス リエンジニアリング)に関する提言を行っています。二番目に設立したのは、ベンチャー
キャピタルによって設立された北米初のソフトウェア会社の一つである、Standard
Software
です。
バスケビッチは、1993
年に IDG Books Worldwide
より出版された『Client/Server
Strategies: A Survival Guide for Corporate Re-engineers(クライアント/サーバー戦略:企業リエンジニアリングのためのサバイバル
ガイド)』の著者です。
バスケビッチは、トロント大学において数学、コンピュータ
サイエンスおよび哲学の学士号、およびコンピュータ サイエンスの修士号を取得しています。1970
年代の学生時代には、タイプライター型の端末を使用したコミュニケーション用のメッセージ ネットワークを発明しましたが、これは
PC
を利用した電子メール システムが出現する十年も前のことです。
職場を離れると、彼は優れたデジタル写真家であり乗馬の達人です。また、一人の息子と二人の娘との時間を大切する良き父親でもあります。 |