2008 年 10 月

この記事では、製品やサービスのローカライズ (現地化) 業務に活用されているターミノロジー (用語) マネジメントの手法について紹介し、さらにターミノロジー マネジメントにおける記号論的アプローチと名義論的アプローチの相違についても簡単に説明します。
ローカライズ処理の一部として行われているターミノロジー マネジメントは、近年大きく変化しました。また、製品のライフ サイクルのどの時期にターミノロジー マネジメントが実施とされるかも変わりつつあります。ローカライズの方法論がまだ確立されていない時代には、作業がある程度進んだあとに翻訳者が製品チームと連携することなく新規用語のみをデータから抽出してリストを作成するような方法も見受けられました。このような原始的な用語リストは、やがて定義を伴った用語集に取って替わられるようになります。通常、用語集はローカライズの開始時に作成され、それぞれの製品に固有と考えられる用語のみで構成されます。このような手法でも、異なる製品間では同じ用語集が活用できないことがあります。現在マイクロソフトが実践しているターミノロジー マネジメントでは、ローカライズ処理が開始される前に多くの新規用語が特定され、英語ターミノロジストは製品チームの開発者と連携して作業を行います。多言語で概念ベースの製品用語データベースを使用することで、複数の製品チームや外部の協力会社、翻訳者各位に同時に用語データを提供することができます。
従来の用語集では、各用語とその意味を直接関連付けする記号論的な (semasiological) アプローチで用語を管理します。このアプローチは、一般の辞書にも共通するものです。用語集の各項目はそれぞれ 1 つの単語を表し、その単語の各言語における定義も記載されます。たとえば、英語の "frame" という項目には、"1 つのイメージを格納する箱形のスペース"、"Web ページの 1 セクション"、"ビデオを構成する一連のイメージの 1 つ"、"一単位として転送される情報のパッケージ" のような記載がされます。用語指向のこのシステムでは、類義語 (たとえば "blog" と "weblog") と、そのバリエーション ("web log") は元の用語とは別の項目として記録されます。ローカライズという業務の枠組の中で使用される用語集はソース言語 (主に英語) で用語のその定義を、ターゲット言語で用語の訳を紐付けして管理します。英語に用語のバリエーションが存在する場合、ターゲットには同じ訳語が繰り返し記載され、扱われる用語も製品固有のものが主流です。用語を分析して検証し、同じ用語の訳語を共有するシステムが実装されていないと、異なる製品間で用語の不一致が発生することもあります。
マイクロソフトのターミノロジー マネジメントでは、概念と用語を関連付けする名義論的 (onomasiological) アプローチを採用しています。用語データベースの各項目はそれぞれ 1 つの概念を表し、ソース言語 (英語) でその概念を表現する複数の用語が紐付けされ、さらにターゲット言語で対応する用語が関連付けされます。たとえば、データベース項目である概念の定義が "ローカル エリア ネットワークやインターネットのような通信ネットワークを経由したテキスト メッセージやコンピューター ファイルのやり取り" だとすると、英語の用語には "electronic mail"、"email"、"e-mail"、"mail" が列挙され、日本語には "mail" に "メール"、その他の各用語には "電子メール" という訳語が関連付けされます。概念ベースのこのシステムでは、製品のジャンルにかかわりなく同じ概念を表す用語を共有できるため、用語の揺れも抑制でき、ターゲット言語における用語の標準化、ひいてはユーザー エクスペリエンスの向上にも寄与することができるのです。
マイクロソフトのターミノロジー マネジメントの詳細については、この過去記事一覧のほかの記事でも詳しく紹介しています。ぜひご一読ください。
2008 年 9 月

今月は、7 月にご紹介した「ソフトウェア コンテンツのグローバル化」の Part 2 をお届けします。
英語で作成するコンテンツのグローバル化
国際的な市場に製品を投入する企業の多くは、ソフトウェア製品の開発を英語で行っているか、または多言語へのローカライズ処理の前にそのコンテンツを英語化しています。元から英語で作成する場合でも、英語にローカライズする場合でも、グローバル化を意識したコンテンツに重要なのは「簡潔さを保つ」ことです。この原則を常に念頭に置くことで、コンテンツを作成するテクニカル ライティングの要件も明確になります。ローカライズしやすい英語のコンテンツをいかに作成するかを、例を挙げて説明しましょう。
テクニカル ライターは、使用する用語や言い回しについて可能な限りコンテンツの編集者と共通の認識を持って作業にあたる必要があります。簡潔で曖昧さのない用語を使用することで、ユーザーの理解は大きく高まります。たとえば「アプリケーションをセットアップ (set up) する」という表現は避け、「アプリケーションをインストール (install) する」という表現に統一することで、実行するべき操作をユーザーが読み誤ることも少なくなります。
1 つの意味や概念は、常に同じ用語で表します。たとえば、英語で "delete" と "remove" という用語で表わされる概念はそれぞれ異なります。"delete" はデータの完全な消去を示すのに対して、"remove" は削除データの復元の可能性を内包しています。このように意味の異なる用語を混用することは避けなければなりません。
省略形の使用にも注意が必要です。特に、is をアポストロフィーを用いて " 's " のように表記することは、連結する名詞の所有格を接語 " 's " と誤読されやすいので避けるべきです。文法的な曖昧さを解消するため、"The server's down" ではなく "The server is down" のように正しい記述を心がけます。
ただし、特に使用を制限する必要のない省略形もあります。法動詞の省略形 (don't, can't, won't) は誤読による混乱の恐れもありません。"If you don't know the speed of the server's modem, ask your system administrator." のように記載しても文章が誤って解釈される心配はありません。
冠詞や句読点、大/小文字の使い分けは、コンテンツの曖昧さを解消するための重要な手段です。入れ子など複雑な構文の長い文章にリズムを与え、読みやすくする句読点などを適切に活用し、ユーザーの理解を妨げないコンテンツを作成します。
名詞の安易な動詞化も禁物です。たとえば「予算案の作成」を表現するために "budget (予算)" という名詞から "budgetize" という動詞を作っても、英語を母国語としないソフトウェア ユーザーには不親切でしかありません。辞書に記載されていない用語の使用は避け、"create a budget" のように既にある用語を使います。
簡潔で直接的な用語を使うことも、グローバル化においては重要です。語数が少なければローカライズ処理のコストが抑制されるだけでなく、画面や印刷文書内でも簡潔で明快な用語はユーザーの視認性の助けとなります。次の 2 文を比較してみてください。
・ If you are looking for additional information on this subject, click on the link Related Topics at the bottom of this page. (この件について、他の情報を必要とする場合には、このページ末尾にある「関連するトピック」のリンクをクリックしてください。)
・ For more information, click Related Topics. (詳細については「関連するトピック」をクリックしてください。)
受動態ではなく能動態を使用することで、文章を短くすることができます。英語を母国語としないユーザーにも、動作主や操作の内容、操作対象が何であるかなど、必要な情報が簡潔に伝達されます。次の 2 文を比べてみましょう。最初の文では、サーバーが動作主であることが明確に伝わります。
・ 能動態: The server manages the cursor. (サーバーがカーソルを管理します。)
・ 受動態: カーソルはサーバーによって管理されてます。(カーソルはサーバーによって管理されます。)
複合的な、または長すぎる副詞句も避けましょう。"in order to" の代わりに "to" を、"entirely sold out" の代わりに "to" を使うなど、可能な限り簡潔な表現を使用します。
シンプル動詞表現がベストである場合も多くあります。アプリケーションの中で "you should be clicking on" と文章的に説明するより、ただ一言 "click" の方が理解しやすいこともあるでしょう。また、"lock down the system" より "lock the system"、"make a selection" より "select"のように、2 語以上で構成される動詞より 1 語の動詞の方が直截で表現として勝るケースは多く考えられます。
結びに
世界市場で共通に機能するソフトウェアを開発する際に、ローカライズの効率を十分に考慮することで企業は大きなメリットを得ることができます。多国語展開におけるローカライズ コストを抑制し、言語バージョン間での出荷時期の調整が容易になり、顧客満足度も高くなります。世界市場をターゲットとした今日のビジネスにおいて、ソフトウェアのグローバル化は最優先の課題と言って過言ではないでしょう。製品のグローバル化過程とその課題を十分に理解することで、私たちは自社の提供するソフトウェア製品の総合的なコストを抑制しながら、各国語バージョンに共通の高い品質を維持することができるのです。
2008 年 8 月

今月は、「ソフトウェア コンテンツのグローバル化」に関する記事のご紹介をお休みし、マイクロソフト日本法人から発表したカタカナ用語末尾の長音表記に関する標準ルール変更についてのプレス リリース内容を抜粋してご紹介します。
マイクロソフト製品ならびにサービスにおける外来語カタカナ用語末尾の長音表記の変更について
マイクロソフト株式会社は、外来語カタカナ用語末尾の長音表記について、今後の製品やサービスの開発において国語審議会の報告を基に告示された内閣告示第二号をベースにしたルールへ原則準拠する方針を決定しました。今後、マイクロソフト社製品ならびにサービスの将来のバージョンにおいて、この長音表記ルールに順次移行することを発表します。
これまでマイクロソフトでは、外来語カタカナ用語末尾の長音処理に関しては、JIS 用語や学術用語に規定されていない用語について、「2 音の用語は長音符号を付け、3 音以上の用語の場合は (長音符号を) 省くことを "原則" とする」主旨の規定に則した表記ルールを採用していました。しかしながら、コンピューターの普及が進み、技術進歩とともに過去のハードウェアおよびソフトウェアの制約が解消されつつある現状を受け、今後は、より自然な発音に近い表記を採用します。
今後マイクロソフトが採用する長音表記ルールは、国語審議会の報告を基に告示された 1991 年の内閣告示第二号をベースにしたものです。このルールでは、英語由来のカタカナ用語において、言語の末尾が -er、-or、-ar などで終わる場合に長音表記を付けることを推奨しています。既に、新聞や放送は概ねこの『外来語の表記』に準拠し、長音符号を付けることを原則としています。ただし、慣用により音引きを省略する例外も認められており、例外対応については、『マイクロソフト日本語スタイルガイド』に記します。
ルール変更の理由とメリット
・ コンピューターが広範に普及するにつれ、末尾の長音を省略する傾向の強い工業系、自然科学系の表記に対するユーザーの違和感が増大しています。市場のニーズとして、より発音に近い表記が求められています。
・ ハード/ソフト上の制約が技術進歩とともに解消され、より自然な表記が可能になってきています。
・ 読み上げソフト等、アクセシビリティ向上においても自然な発音が求められており、これが可能となります。
・ 採用ルールは新聞・雑誌や TV で原則とされているほか、同業界内の多くのメーカーで採用されており、ユーザー フレンドリーです。
マイクロソフトでは、今後もお客様やパートナー様の声に耳を傾け、より高いユーザーメリットの提供や業界の技術革新の促進のため、より広範なスタンダードへの準拠や相互運用性の向上に努めていきます。
以上がプレス リリースの抜粋です。全文は、マイクロソフト社 PressPass の 7 月 25 日付記事を参照ください。
2008 年 7 月

今月からは、2 回にわたってソフトウェア コンテンツのグローバル化 (世界の各国市場への出荷にあらかじめ対応した製品開発) についてご紹介します。
コンテンツのグローバル化
世界の市場に製品やサービスを提供する企業にとって、グローバル化 (世界の各国市場への出荷にあらかじめ対応した製品開発) がいかに重要かは既に周知のことで、この話題を耳にしない日はないほどです。
この問題は、地理的な境界で区切ることのできないソフトウェアやWeb アプリケーションの浸透により一般的なものになりました。Web の恩恵により、これらの製品ユーザーは隣町から世界の裏側まで広く分布しています。米国で話される英語を母国語とするユーザーは、世界規模の市場の中では少数に過ぎず、コンテンツがローカライズ (現地化) されないとしても、世界市場の英語ユーザーにアピールできるものでなければなりません。また、英語を第二外国語とするユーザーに理解できる内容であることも同時に求められます。
このハードルは決して低いものではありません。ここでは、世界市場への出荷を意識したコンテンツ作成について、いくつかのヒントをご紹介します。
グローバル化と現地化
グローバル化とローカライズの相違についてまず説明してみましょう。
あらゆるローカル市場に対応可能な仕様、設計で開発されたコンテンツを備えた製品をグローバル化済み製品と呼びます。これに対して、ローカライズ済み製品とは、各国市場に特定の言語、文化、政情などから導き出される要件を満たすコンテンツを持つ製品のことです。ローカライズという用語で、製品に含まれるテキストやマニュアル、ヘルプなどの翻訳を指すこともしばしばあります。
グローバル化という用語は、各市場に固有の状況に左右されない製品設計への意識と実践の双方を含んでいます。世界のどの国、地域のユーザーにも受け入れられる製品を設計するうえで、グローバル化を常に意識することは重要な意味を持っています。適切なグローバル化が実践された製品は、最小の手間でローカライズが可能です。
ローカライズの予定がないものであってもソフトウェアのコンテンツはグローバル化されている必要があります。実際に、自社製品をローカライズしていない大企業は、製品のグローバル化により真剣に取り組む必要に迫られています。ローカライズされない製品が米国以外にそのまま出荷されることも考慮すれば、英語を母国語するユーザーへの対応を棚上げすることはできないからです。
グローバル化の効用
製品のグローバル化によってローカライズが無用になるわけではありません。しかし、ローカライズが必要な局面では、グローバル化済みかそうでないかによってローカライズに要する労力に歴然とした差が現れます。
たとえば、シアトルにある企業でパーティの招待状のひな形を作成しているとしましょう。とりあえず選んだ主題は米国の独立記念日を祝うパーティ、日付は 7 月 4 日、招待状文面は「合衆国の独立記念日を祝して」として、星条旗と花火をあしらったデザインで愛国心に訴えます。
この招待状ひな形の文面を他の言語に翻訳しても、アメリカ合衆国以外のどこでも活用される望みはありません。他の国で使ってもらうためには文章を翻訳するだけでなく、パーティの主題からローカライズする必要があります。
たとえばフランスで使用するためには、主題をフランス革命記念日にし、日付も変更して、星条旗のデザインもこの祝日に相応なものに変えます。すべてのローカライズ対象市場に対して、同様の変更を行わなければなりません。
このひな形があらかじめグローバル化されていれば、主題に各市場の相違を意識する必要のない一般的なパーティを選んでいたことでしょう。挿入する図柄も最初から固定するのではなくプレースホルダーにして、ユーザーが好みのアートを挿入できるようにしておきます。このような配慮により、後続の多言語へのローカライズ作業は大きく軽減されるのです。
2008 年 6 月

マイクロソフトがターミノロジー (用語) のデータを、ソフトウェア開発企業各位、ユーザー インターフェイスの設計者や言語関係のスペシャリストなど、必要とする方にお渡しするまでに行う処理について 3 部構成でご説明するこの記事。今回はそのパート 3 です。
プロジェクトで使用する訳語をすべて入手したら、Language Excellence のターミノロジー プロジェクト マネージャ (TPM) は、製品チームでローカライズ (現地化) を担当するグループに必要な用語の準備完了を知らせます。マイクロソフトではローカライズ作業の多くを外注しているため、製品チームは発注先のベンダー各社に用語データが参照可能であることを通知します。ローカライズに使用するツールは会社ごとに異なっていても、用語データは Language Excellence が管理するデータベースから等しく参照されます。
ベンダー企業各位がローカライズに使用しているツールの中には、用語の関連情報を作業中の文章内、または別ウィンドウで参照できるものもあります。このようなツールを使用していない翻訳者の方も、外部接続を利用して用語データを直接検索し、Language Excellence のターミノロジストと同じ情報を参照可能です。ただし、データを編集の権限は与えられていません。ランゲージ ポータルで一般に公開している用語データはマイクロソフトのターミノロジー マネジメント システムから抽出したものですが、一種のスナップショットであり完全に同一ではありません。データ更新のタイミングにより最大で 3 か月前のデータが表示されることもあり、一部のメタデータは公開されていません。したがって、ベンダー企業各位や翻訳者が実際の作業に使用するには不向きです。
ベンダー企業各位から、ターミノロジー マネジメント システムに登録されている用語やそれ以外の用語について、質問 (クエリ) が寄せられることがあります。クエリは専用のクエリ ツールを使用して管理されます。登録済み用語の場合はそれぞれの言語を担当するターゲット ターミノロジストに直接振り分けられ、3 日以内に回答されます。未登録用語に関するクエリを担当するのは英語ターミノロジストで、調査後に質問者に回答するとともに、必要に応じてターミノロジー マネジメント システムに用語を追加登録します。
旧バージョンや他製品で用語がどのように翻訳されていたかに関する問い合わせを受けることもあります。Language Excellence では、ソフトウェア製品で実際に使用されている文字列から用語を検索し、製品情報とともに表示する社内ツールを管理しており、このデータを検索するインターフェイスをベンダー企業各位にも提供しています。ランゲージ ポータルの製品用語検索のページでも、製品別用語の結果パネルで同じようなデータを検索することができます。ただし、こちらもリリース済みの製品しか含まれていないなど、データは限定的なものですので、全文字列を検索する必要があるローカライズ業務の参照には使用しないでください。
これまでの記事でご説明したように、英語による製品ターミノロジーの定義や関連データの記述、対応する各言語の訳語決定、これら用語データを使用した製品ローカライズは、それぞれ密接に関わり合う一連のプロセスです。訳された用語データをランゲージ ポータルの製品用語検索のページでご一覧ください。
2008 年 5 月

マイクロソフトがターミノロジー (用語) のデータをソフトウェア開発企業各位、ユーザー インターフェイスの設計者や言語関係のスペシャリストなど、必要とする方にお渡しするまでに行う処理について 3 部構成でご説明するこの記事。今回はそのパート 2 です。
英語ターミノロジストは、ソース用語を定義その他の付随情報とともにマイクロソフトのターミノロジー マネジメント ツールに追加し、承認します。承認された用語には、各ターゲット (翻訳対象) 言語への対応を担当するターゲット ターミノロジストが訳語を登録します。ソース用語の翻訳作業調整、スケジュール管理はターミノロジー プロジェクト マネージャ (TPM) の役割で、一般的なプロジェクトでは社内のターミノロジストだけでなく、外部ターミノロジスト (旧称 "ターミノロジー ベンダー") への作業依頼も含めて進行を管理します。
マイクロソフトの Language Excellence グループはフランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、日本語、繁体字中国語、簡体字中国語、韓国語、ロシア語、ポルトガル語 (ブラジル) の 10 言語を担当する社内ターミノロジストを擁し、それ以外の各言語の業務をベンダー各社に依頼しています。最大規模の製品では対応を要する言語は 37 にも上ります。製品チームで一時にローカライズ (現地化) 対応可能な言語数には限りがあるため、より市場の小さな言語への対応は通常 2、3 か月かそれ以上遅れて開始されます。
TPM から新しい用語翻訳作業について連絡を受けたターゲット ターミノロジストは、締切以前に作業を完了するため自分の作業予定を調整します。与えられた用語定義に対して各言語で最適な対訳を決定するまでに許される時間は一定ではありません。製品のサイズ、スケジュール、用語の重要度、最終的な用語決定に至るまでに関与するグループの数などによって、2、3 時間から半月程度までと様々です。ターミノロジストは用語を確定するまでの調査、確認の方法を独自に確立しています。ほとんどの場合、それぞれの言語で各用語の概念について製品や技術の見地からアドバイスしてくれる人物やエキスパートのネットワークを持ち、必要なフィードバックや意見を受けて訳語を決定します。決定した訳語は製品用語データベースに入力され、必要に応じて使用上の注意などの情報も追加されます。このような付加情報は、ローカライズの業務を担当するベンダー各社や、用語データベースで各種の訳語を検索して利用するユーザーに役立てられます。
製品用語データベースに入力されている各用語の概念の中には、簡単に訳語を決定できないものもあります。(ポータル サイトの "ピックアップ" を参照ください。) 英語の用語やその定義に疑問を感じたり、より詳細な情報が必要な場合には、ターゲット ターミノロジストは英語ターミノロジストに質問します。質問への回答期限は 3 日間ですが、できる限り速く回答するよう推奨されています。
必要な作業を終了したターゲット ターミノロジストは TPM に連絡し、ツール上でも作業終了を報告します。作業対象のすべての言語での対応の終了を確認した TPM は、製品チームに対して用語の準備が完了した旨を通知します。
2008 年 4 月

マイクロソフトがソフトウェア開発企業各位、ユーザー インターフェイスの設計者や言語関係のスペシャリストにターミノロジー (用語) データを提供するとき、どのような処理が行われるかに興味を持たれる方もあるでしょう。ここでは、その実際の処理を 3 回に分けて説明します。
Language Excellence は、マイクロソフトで使用される用語を記録し、翻訳ベンダーや言語関係のスペシャリストなど、必要とする方々に提供することを使命とするグループです。社内の様々なチームと連携し、概念によって定義付けされたソース用語と、最大 100 言語にわたる対応訳語を格納した製品用語のデータベースを管理、運営し、リアルタイムで提供しています。
マイクロソフトでは大多数のソフトウェアは英語で開発されています。したがって、開発途中や発売当初のソフトウェアで用語が検討される際にも、まず開発者が使用する英語が対象となります。通常、新しい概念は開発チームによって生み出されますが、その概念に対応する用語や定義を検討して製品の用語集にまとめるのは操作説明やヘルプを作成するチームの執筆者や編集者です。プログラム マネージャも新規用語をまとめて仕様書に記載することがありますが、このリストには定義までは含まれないのが常です。
Language Excellence は、翻訳作業の開始以前、製品開発の初期段階で製品開発チームと連携し、新規用語のリストを入手します。製品チームによってリストが用意されている場合もあり、Language Excellence グループがソフトウェア ファイルに対して “ターム マイニング” と呼ばれる用語抽出のプロセスを実行し、リストを作成することもあります。このようにして新規用語とその説明や定義をまとめたリストを入手した英語のターミノロジストは、製品用語データベースに登録する用語の定義を決定するため、製品チームの執筆者や編集者との協議を開始します。
用語の定義について確信が持てない場合、英語ターミノロジストは製品チームから必要な助言を受けます。また、製品チームは社内の他の製品チームとは独立して用語を検討/考案しているため、同じ用語や似た用語、概念がすでに別製品で使用されている可能性もあります。用語の二重登録を避けるため、データベースを入念にチェックするのも英語ターミノロジストの重要な任務です。選定した用語に対し、品詞、製品名、コンポーネント名、用語のタイプ、使用上の注意など必要なメタデータを調査/入力して初めて、ソース用語が確定されます。
製品用語データベースに必要な情報の入力が終了した用語は、英語ターミノロジストによって承認されます。通常のターミノロジー マネジメントでは、この後にターゲット (翻訳対象) 言語への翻訳が開始されます。
2008 年 9 月

<引用ここから>コンピューターの操作を説明する名詞、動詞として使用される "tap" という用語は、少なくとも 2 つの意味で使用されています。最近まで、動詞 "tap" は通常、タッチスクリーン ペンでユーザー インターフェイス要素を軽く押さえることを示す動作を示していました。
しかし、指で行う動作も同じ "tap" という用語で表現するようになった昨今、翻訳者を悩ます事態が生まれています。ローカライズ対象となる言語によっては、"tap" の訳語はタッチスクリーン ペンの操作を示すという合意が既に成立してしまっているからです。たとえばフランス語では、ユーザー インターフェイスの操作に使うのがペンか、指かによって異なる訳語を採用しています。簡単なことに思われるかもしれませんが、操作に使用するものを正確に判断しながら訳す作業は、多くの困難を伴います。<引用ここまで>
ランゲージ ポータルの検索機能と Windows Live のオンライン翻訳サービスを使って、用語 "tap" のフランス語での訳を調べてみました。フランス語の "Taper"、"Claquettes" 、"cliquer (avec le stylet)"、"pression" はそれぞれ "タイプする" "指を鳴らす"、"ペンでクリックする"、"押さえる"。これらを正確に訳し分けるには、大変な苦労があることでしょう。
日本では、コンピューター業界一般には "タップ" は圧力感知式スクリーンの操作用語として受け入れられています。ペン、指のいずれの操作もこの用語で表現されますが、駅の券売機や銀行の ATM の操作説明に目を向けると、"タッチする" という表現が圧倒的です。現在許されている訳語に安心することなく、一般で使われている用語との一貫性も考慮する必要があることを改めて感じました。
2008 年 8 月

延ばして発音する母音を長音と呼び、これを表す符号が "長音符号" です。Language Excellence 関連記事でも紹介したように、マイクロソフト日本法人では外来語カタカナ用語末尾の長音記号表記に関する標準的なルールを変更することを 7 月末に発表しました。これまで長音符号を省略していた用語も今後は原則として長音付きで表記するという骨子です。
標準ルールとわざわざお断りする理由として、これまでにも例外として長音付きを推奨する用語があったこと、さらに既に長音付き表記を原則採用していた製品やサービスが存在することの 2 点があります。
前者の代表的な例は "カレンダー" や "レギュラー"です。旧ルールで長音符号省略に該当する文字数であっても、コンピューター分野に限定されない、長音符号付き表記が一般的な用語は例外として扱われていました。後者の例には、"メンバー" や "プロバイダー" があります。MSN や XBox、ゲームなどコンシューマー向け製品やサービスでは、より親しみやすい操作環境を実現するため長音付き表記を以前から積極的に採用していました。
今回の標準ルール変更によって、マイクロソフト製品の用語がユーザーの皆様にとって自然なものに近付くこと、製品間の用語表記の一貫性が高まることを願うとともに、時代につれ変化する言葉をいかに製品に取り込んでいくかを今後も課題として検討していきたいと考えています。当サイトでは、用語に限らず製品やサービスに付随する日本語の記述について原則を定めたスタイル ガイドをダウンロードして参照いただけます。ご一読のうえ、ご意見をいただければ幸いです。
2008 年 7 月

<引用ここから>"コンピューターの用語で "Wizard" と言えば、ユーザーが特定のタスクやプロセスを実行するための操作を、一連の質問への応答や一覧からのオプションの選択で対話的に行うことができるユーティリティを示します。この機能が一般に導入されたのは 90 年代の初め頃のことで、米国の市場で広く受け入れられました。
多くの言語では、この用語はそのまま逐語的に訳されて使用されています。韓国語の "마법사" もその一例ですが、この比喩的表現をそのまま受け入れることなく説明的な訳を選択している言語もあります。たとえば、フランス語では "Assistant" を採用しています。また、別の比喩を模索した言語もあります。ロシア語は "мастер" で "マスター" を意味する訳語です。
"Wizard" は特定の企業の専売特許ではありません。コンピューター業界で広く使用されていますが、ソフトウェア業界では "Assistant (アシスタント)"、"Druid (ドルイド)" のような類義語を採用している企業もあります。<引用ここまで>
2008 年 6 月

<引用ここから>"Breadcrumb Navigation" は森に取り残された子供たちが落としておいたパン屑を辿って家に帰ったという童話「ヘンゼルとグレーテル」から造られた用語です。
コンピューター業界では、この用語は現在表示中の Web ページに到達するまでにユーザーが辿ったページ履歴を表示するナビゲーション形式を表します。英語では既に別用語への言い換えが困難なほど広く使用されていますが、童話から引かれた比喩的な成り立ちが災いして、翻訳者を困らせる存在になっています。このような用語に遭遇したとき、翻訳者は 1) 逐語訳 (用語として不適切/意味を持たないことも)、2) 別の比喩で置き換え (別のリスクを負う可能性)、3) 説明的訳を採用 (興趣を欠くこともある) という 3 つの手法があります。 <引用ここまで>
英語記事では手法 1) のドイツ語訳語、2) で検討可能な比喩的モチーフとして迷宮からの脱出を助けたアリアドネの寓話、3) の例としてフランス語の訳語を紹介しています。当サイトの検索機能とオンライン翻訳サービスでサイト提供中の 10 か国語を調査したところ、1) はドイツ語のみ、残りすべてが 3) という結果でした。別の比喩に置き換えるのはやはり難しいものですね。説明的な訳にもバラエティがあり、最長はフランス語で 9 単語、創造性の高い用語は韓国語で "移動コース検索" という意味です。日本語の訳語は "階層リンク ナビゲーション"。お時間のあるときに、ぜひ気になる用語をチェックしてみてください。
2008 年 5 月

<引用ここから>Office 2007 の主要な新機能の 1 つとして、ユーザーがコマンドやツール、オプションを機能別にグループ化する新しいインターフェイス要素が装備されました。従来のメニューに代わるこの新インターフェイスにより、一般的な操作の流れも大きく変化しています。英語では Ribbon という名で呼ばれていますが、このインターフェイスと Ribbon という単語の一般的なイメージとの間に関連は見受けられません。実は、Ribbon という名は設計初期のアイデアの 1 つ、巻物を模したインターフェイスの仮称だったのです。検討を重ね、外観は現在のものに落ち着きましたが、名前だけはそのまま継承されました。(詳細については Jensen Harris のブログを参照ください。) この命名の結果 Ribbon という単語に新しい意味 (語義) が付加されたと見ることもできます。
このような名称が他の言語に翻訳される過程でも、同じように新しい語義が伝播する可能性が生じます。ただし、新しい機能などの名前は製品、メイン ターゲットとなるお客様層、翻訳先言語での単語のイメージや理解度など多彩な要素が検討されるため逐語的な訳が採用されるとは限りません。イタリア語では、直感的でもなく、機能も理解されにくいという理由で Ribbon の直訳は採用されませんでした。Tape に該当する訳語や Wrap of the options のような創作的な名称も曖昧さ、アピール性の不足などを理由に除外され、最終的にはこのインターフェイスの特色をよく伝え、一般的な用語との差別化もできるという理由で "barra multifunzione" (= 多機能バー) という用語が採用されたのです。<引用ここまで>
ランゲージ ポータルの検索機能と Windows Live のオンライン翻訳サービスを使って、10 か国語で該当する訳を調べてみました。 逐語的な訳を採用しているのはスペイン語、フランス語、ロシア語、デンマーク語、日本語。対して説明的な訳語を採用したのはイタリア語のほかドイツ語、ポルトガル語 (ブラジル)、簡体/繁体字の両中国語で、当然ながら言語グループとして近しいものが同じ方針を採るわけではありません。ユーザー、市場によって訳語を検討することの重要性を改めて感じました。当サイトでは、英語からだけでなくターゲット言語からも用語を検索する機能を追加することを現在検討しています。皆様の積極的なご利用をお待ちしています。
2008 年 4 月

この “ピックアップ” のコーナーでは、毎月私たち Language Excellence (LangEx) チームが管理する用語や関連トピックをご紹介する予定です。今回は「訳し分け」についてご紹介します。
通常マイクロソフト製品においては、製品間で訳の不整合が起きないように、私たちのチームで訳の統一性をデータベースで管理しています。したがって、英語で同じ技術用語であればどの製品でも同じ日本語訳が使われています。
ただし、これにはデメリットもあります。製品毎に対象となるユーザー様の層は異なり、ある製品に適した訳も他製品では違和感をもたらす可能性があるからです。このような問題を避けるために、私たちが使っているデータベースでは、製品毎に違う日本語訳が登録できるようになっています。
“recovery” を例にとってみましょう。この語は SQL Server では「復旧」と訳されています。サーバー管理者にとっては、「障害復旧」「復旧作業」といった用語が馴染み深いからです。一方、同じ “recovery” でも Windows Vista で使われている場合には、少しでも柔らかい表現にする必要があるだろう、という社内の議論があり、結果「回復」と訳されることになりました。もちろん、より適切な分かりやすい訳語があるかもしれません。(私たちがまだまだ努力していかなければいけないところです。) また同じ製品内でも、その用語の出現個所によっては訳し分けが必要になるケースもあるでしょう。翻訳者のセンスが問われる部分でもありますが、人の勘に頼るのではなく、英語レベルからの見直しも含めていろいろと努力している分野です。