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2023/09/12

技術者のスキルを高めて高速道路の安全を保つ、MR とデジタルツインを活用した教育研修ツール

我が国の高速道路網は 1960 年代以降拡張を続け、今やその全長は全国で 1万 km を超えています。一方でその半分以上が 30 年以上稼働しており、路面や橋梁、トンネルといった構造物の老朽化が社会問題となっています。また生産年齢人口の減少に伴う高速道路の維持管理技術者の減少も大きな課題のひとつです。

そのようななか、全国の高速道路のうち約 4,000km の管理運営を担うネクスコ東日本エンジニアリングでは、MR 技術とデジタルツイン技術を活用した ETC 設備およびトンネル非常用設備のトレーニング用アプリを開発し、群馬県高崎市にある研修施設「テクニカル・トレーニングセンター (TTC)」に導入。効率的に誰もが知識や技術を身につけられる教育研修ツールとして、質の高い技術者の養成に役立てています。

Nexco-East Engineering

研修生の理解レベルの向上と標準化を目指して MR 教材開発に着手

NEXCO東日本グループでは、10 年ほど前から高速道路の老朽化と維持管理の担い手不足を予見し、これまで同社が培ってきた高速道路の維持管理技術と ICT 技術をマッチさせるスマートメンテナンスハイウェイ (SMH) プロジェクトを推進。紙の図面で行ってきた作業のタブレットへの置き換えや、集積されたデータの Microsoft PowerBI を用いた分析・活用など、デジタルの力を積極的に現場に活用し、業務の DX を進めています。この負託を受けたネクスコ東日本エンジニアリング 常務取締役 企画本部長の秀島 哲雄 氏は、その方針についてこう語ります。

「私たちは、お客様が安全に高速道路を走行いただけるよう 24 時間・365 日、日夜高速道路の点検や故障対応を行っています。高速道路の持続的な維持管理のためには、施設・設備の小さな変化も見逃すことなく点検・診断を行うことが重要であり、ICT を活用した効率化・省力化は必要不可欠です」(秀島氏)。

また同社では、道路検査技術者の能力を向上させるためのトレーニング施設として、2012 年に TTC を設立。TTC には高速道路の受配電設備や ETC (自動料金支払いシステム) 設備、部材の試供体など、現場と全く同じものに触れながら研修を行える環境が用意されており、実践的なトレーニングを行うことができます。
TTC の役割について、テクニカル・トレーニングセンター長の並木 正之 氏はこのように語ります。

「TTC では毎年社内の技術者 1,000 名以上が研修に参加しています。彼らは会社が定めたスキルチェックシステムに応じて技能を高めるトレーニングを積み、高速道路の点検保守の専門家 “ハイウェイドクター” を目指します」(並木氏)。

一方で、高速道路の構造や設備は技術の進歩とともに複雑化しており、たとえ現物に触れられたとしても、その仕組みや内部構造についての理解度が研修生ごとにバラバラになってしまい、技術レベルを均一に高められないことが、TTC の課題でした。

その代表的なものが ETC 設備に関する教育でした。「ETC 設備には複数の機器があり、その動作を学ぶ際には、無線通信や制御信号の流れを紙面や PowerPoint の資料、講師による板書など、多くの教材を用いて説明したのちに、実際の ETC 設備機器で確認していました」と以前の研修方法について語るのは、ネクスコ東日本エンジニアリング 施設事業本部 施設工事部 施設工事課長の中村 嘉貴 氏です。

「しかし複数の教材を関連付けて理解できるようになるにはそれなりの時間を要します。また無線通信や制御信号の流れは実際には目で見ることができませんから、結局は研修生のイメージに頼らなければならず、理解度にも差がついてしまっていました」(中村氏)。

そこで同社では、現実世界とデジタル世界を組み合わせる MR(複合現実)技術とデジタルツイン技術に着目。ETC 設備を 3D モデル化して、実際には目に見えない赤外線センサーや無線通信、データの通信経路などを可視化し、TTC の ETC 実習レーンと重ね合わせることで直感的に理解しやすくできるのではないかと考え、「ETC 設備研修用 MR」の開発プロジェクトを発足しました。

完成形が見えない中で、誰もが使いやすい教材開発に取り組む

同社から依頼を受けたのは、デジタルツインや XR 分野で豊富な実績を誇るDataMesh でした。DataMesh 株式会社 マーケティング & セールスディレクターの鹿島田 健将 氏は、「当時は少なくとも日本国内では同様の取り組みは行われていませんでした。完成形の正解がない中で、誰にとってもわかりやすい MR 教材をどのように構築していくかが大きなポイントでした」と振り返ります。

そのためにまず、最初から詳細な仕様を決めるウォーターフォール型の開発ではなく、PDCA を高速で回しながら開発するアジャイル開発の手法を採用。「プロジェクトをリードする部門と現場で実際に使う TTC の講師陣へのヒアリングを重ねながら、丁寧に開発を進めました」(鹿島田氏)。

また、実際に TTC で技術者が受けるのと同じ内容の講習を受け、ETC 設備の仕組みを理解したうえでシステムに落とし込んでいったといいます。

「口頭や 2D の資料を使ったレクチャーを受けることで、いかに ETC の仕組みを理解するのが難しいかを、身をもって体感することができました。この教材を制作する意義を実感できたという意味でも、非常に有意義な工程だったと思っています」(鹿島田氏)。

こうして約半年の開発期間ののちに、ETC 設備を精密な 3D モデルとして再現し、タブレットやマイクロソフトの MR デバイス「HoloLens 2」を通して、ETC 設備に重畳された 3D アニメーションを見ながら研修を行う ETC 設備研修用 MR が完成しました。

「MR が重畳する位置を決める SLAM (Simultaneous Localization and Mapping) の精度は、通常はハードウェアの機能に依存しますが、この ETC 設備研修用 MR では、DataMesh が独自開発したデジタルツインプラットフォーム (FactVerse) の SLAM 機能を活用することで、複数端末における SLAM 精度を均一化しています」と説明する鹿島田氏。必要な箇所だけローディングする技術を用いることで、デバイスのスペックに依存せずに大量の 3D データを重畳できる工夫も凝らされています。
鹿島田氏は、これらの機能によって 3D アニメーションのズレやフリーズなどのストレスを感じることなく MR の世界に没入することができるといいます。

「目に見えないものを口で説明するのは非常に骨の折れる作業でした。それが実際にデータや電波が可視化できたことで、理解度は飛躍的に向上したと感じています」と並木氏。
HoloLens 2 の操作感にさえ慣れてしまえば、ディスプレイ越しに QR コードを読み込むだけで位置合わせもでき、難しい操作も必要ありません。講師の皆さんは、DataMesh から 1 日レクチャーを受けただけで基本的な操作方法を習得できたそうです。

現場からの評価も上々な ETC 設備研修用 MR は、リリース後も講師の意見を取り入れながら改良が加えられています。現在は、作業ステップごとの繰り返し再生や、丁寧に説明するためのアニメーションのスピード調整といった機能を追加することによって、より効果的な教材へと進化しています。

HoloLens 2 の特徴を生かしたトンネル非常用設備研修用 MR

ETC 設備研修用 MR の成功に手応えを感じたネクスコ東日本エンジニアリングでは、間髪入れずに次の研修用 MR の開発に着手しました。それが「トンネル非常用設備研修用 MR」です。

「トンネル非常用設備の自動放水装置の内部構造は外部からは見えません。そこで、CG で作成した内部水流のシミュレーション画像を装置に重ね合わせることで、内部構造と動作状況が可視化できる研修教材が必要だと考えました」(中村氏)。

「以前は実機のパイプをカットしたモデルやイラストなどを使って構造や動作を教えてきましたが、実際にそこに水を通して説明することはできませんでした。講師によって説明の仕方が多少変わる部分もあり、ETC 設備同様、理解度に差が生じてしまうという課題がありました」(並木氏)。

こうした課題を受けて DataMesh では、ETC 設備研修用 MR で得たノウハウをつぎ込み、車両火災発生から放水までの機器動作を再現、内部構造を可視化しました。
さらに、水がパイプのなかを通る 3D アニメーションの透過度を調整する機能を組み込んで、水が流れたり止まったりする様子を自由に観察できるように工夫。また火災発生時のリアルな 3D エフェクトを実装し、臨場感のある体験によって理解度を高める仕掛けを施しました。

こうして開発されたトンネル非常用設備研修用 MR は、経験豊富な秀島氏ですらその精密さに驚かされるほど、質の高いものとなりました。「水の流れやバルブが開く仕組み、管の裏側の様子まで、一度見ただけですべて理解できるのです。改めて MR の力を感じました」(秀島氏)。

トンネル非常用設備研修用 MR には、設備の動作不良時の調査ポイントや復旧方法の習得が可能な「疑似再現機能」が導入されているため、将来的なリモートメンテナンスへの転用も可能です。

また、タブレットなどのデバイス間の連携を行うことで、遠隔地からの研修にも対応。より多くの研修生が参加できる環境を整備することもできました。

そしてなによりトンネル非常用設備研修用 MR は、ETC 設備研修用 MR と比べて HoloLens 2 が本領を発揮できるツールとなりました。
実は、屋外にある ETC 設備で ETC 設備研修用 MR を使った研修を行う際には、日照の強さによっては HoloLens 2 の視認性が落ちてしまうため、出力デバイスとしてはタブレットが主に使われています。反面、トンネル非常用設備は屋内に設置されているため、日照の影響を受けることはありません。そこで HoloLens 2 の出番となるわけです。

「タブレットは両手で持つ必要がありますが、ヘッドマウントディスプレイである HoloLens 2 を使えば両手が空くため、実際に設備を触りながら MR による研修を受けられます。また巻き戻しや一時停止、透過率の調整などを自分で操作できるので、理解度に応じた研修がやりやすいというメリットがあります」(並木氏)。

プロフェッショナルが協業することで、より有効な ICT 活用を目指す

デジタルツイン技術と MR 技術を使うことで、質の高い研修用教材を実現したネクスコ東日本エンジニアリング。さらに加速することが予想される設備の老朽化や人材不足に対応するために、より一層 ICT 技術の活用を進める方針です。

「TTC の実地研修だけではなく、オンライン研修や現場 OJT への展開、現場安全管理スキルの向上を目指した実体験型安全教育システムの構築、リモートメンテナンスなどで、ICT 技術の活用を検討していきたいです」と、さまざまなシーンでの ICT 活用の可能性を探る中村氏。

育成の現場で奮闘する並木氏は、「近年は機器や設備の性能が上がり、故障が少なくなってきています。よいことのように思われるかもしれませんが、その反面、今後は故障対応を経験したことのない技術者が出てくる可能性も考えられます。そうなったときにベテラン技術者に頼るのではなく、ICT の力でサポートできる体制をつくっていきたいですね」と、ICT 技術を有効活用するための体制づくりを見据えています。

一方、秀島氏は、パートナーとのプロフェッショナルな関係性構築に期待を寄せます。「私たちは高速道路の専門技術には長けていますが、日々進歩する最新の ICT のシーズや技術革新のキャッチアップまでは手が回りません。そういった部分をカバーしてくれる DataMesh 社や日本マイクロソフト社のような ICT のプロフェッショナルとの協業に、これからも大いに期待しています」(秀島氏)。

高速道路のプロフェッショナルと ICT のプロフェッショナルが協業することで、課題を解決し、さらにお互いの技術や知見を高め合う。そんな理想の関係性をベースとして、ネクスコ東日本エンジニアリングはこれからもきっと、私たちの生活に欠かせない高速道路の安全を保ち、発展させてくれることでしょう。

“当時は少なくとも日本国内では同様の取り組みは行われていませんでした。完成形の正解がない中で、誰にとってもわかりやすい MR 教材をどのように構築していくかが大きなポイントでした。 ”

鹿島田 健将 氏, マーケティング&セールスディレクター, DataMesh株式会社

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