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2022/12/08

子どもの興味・関心・悩みを Microsoft Azure で分析し、ダッシュボードを Power BI で構築 教育委員会による内製化で、スピーディにダッシュボードを進化させて、細やかな教育支援、指導を実現していく

GIGA スクール構想の取り組みが始まった 2019 年に、文部科学省は『新時代の学びを支える先端技術活用推進方策』を公表し、教育現場における "データ活用" の意義を示しました。

そして現在、1 人 1 台端末が行き渡ったことで多様な情報収集が可能になり、教育への応用が期待されています。しかし、「データをどのように扱えばいいのか」「個人情報保護はどうなるのか」など、教育現場からは不安や疑問の声があがっています。

こうした状況の中、渋谷区は子どもたちの教育データを可視化し、全学校での活用をスタートさせました。先行事例のないプロジェクトは、いかにして達成されたのでしょうか?渋谷区の試みを詳しく紹介します。

Shibuya City Board of Education

子どもたちの幸福のために、データに何ができるのか?

2022 年 3 月、渋谷区は "スマートシティ基本推進方針" を策定しました。地域課題をこまやかに把握し、一人ひとりに合わせた行政サービスを提供する。街を良くしたいと願う人がつながり、共創できる場をつくる。区民の幸福 (well - being) を向上させるために、デジタル技術やデータを活用して取り組んできた数々の施策の知見が、今後の方針としてまとめられています。

データの活用等も含めて、社会全体のデジタルトランスフォーメーション加速の必要性が叫ばれる中、これからの学校教育を支える基盤的なツールとして、ICT はもはや必要不可欠なものとなっています。こうした中、GIGA スクール構想に先駆けること 2 年。渋谷区は2017 年から全小中学校に1 人 1 台端末として Microsoft Surface Go 2 を貸与し、ICT 機器を活用した「全ての子どもたちの可能性を引き出す学び」を根付かせていきました。

そして 2020 年、「子ども一人ひとりの well – being を向上させるために、どうデータ活用すべきか」という議論がスタートします。プロジェクトを統括する渋谷区教育委員会事務局 教育DX政策推進特命部長 篠原保男氏は、当時をこう振り返ります。

「教育データ活用と言うと "学力向上" が語られがちですが、渋谷区が目指すのは、『子ども一人ひとりが安心して、自分の個性を伸ばし、未来をよりよく生きるための力を身に付けることができる学校づくり』です。その想いを叶えるために、データには何ができるのだろうか?日本に先行事例はほとんどなく、何をどう創ればいいのか悩みました」(篠原氏)

そのような悩みも、年明け早々に実施したワークショップによって、「教員の子ども理解に基づいた指導・支援」「子どもたちの学校満足度向上」というデータで果たすべき目的が明確になったと、篠原氏は続けます。

「ワークショップはマイクロソフトにサポートしてもらったのですが、『やみくもにデータを集めて表示するだけでは失敗する』『誰に対してどのようにデータを見せるのか、目的から落とし込んでいく』という、その後の羅針盤ともなる考え方を整理できたことは、とても参考になりました。目的やビジョンを明確にできたおかげで、方向性がぶれることなくプロジェクトを進めていくことができたと思います」(篠原氏)

めまぐるしいスピードで変わりゆく社会の中で、子どもたち一人ひとりの心の動きや興味・関心に気づき、その子に合わせた濃密な時間を提供することは、経験の浅い若手教員には難しいものです。より高度な支援・指導をサポートする仕組みとしてのダッシュボード(データや情報を 1 つの画面にグラフなどでまとめて可視化できるようにしたもの)が構想されました。

渋谷区では、総務省の提唱する自治体情報セキュリティ強靭性向上モデルに基づき、区や教育現場に Microsoft 365 Education が導入されており、Azure Active Directory (以下Azure AD)によるクラウド認証が導入されています。こうした ICT 基盤のもと、教育データを活用できる「ダッシュボード」の開発が進められていったのです。

今後の改修を見据えて、"内製化"できるダッシュボードを開発

渋谷区はまず、児童生徒の生活記録(ライフログ)によるダッシュボード開発に着手します。最小限の機能から使えるようにしていく"スモールスタート"でプロジェクトを進めていったと、渋谷区教育委員会事務局 教育政策課 教育ICT政策係 係長 竹澤悠人氏は語ります。

「開発にあたり『教員の業務負荷を増やさない』ことが前提にありました。習熟度テストなどは紙でおこなわれていますから、そのデータを細かく入力するのは大変ですし、学校ごとにばらつきがあっては意味がありません。最初から完璧を求めるのではなく、今あるデータを活用しようという考えのもと、子どもをより丁寧に理解するためのダッシュボード開発から進めていきました」(竹澤氏)

端末の操作ログや学校生活のアンケート結果、心の状態データ、児童生徒の意欲や学級集団の状態等を把握するデータなど「教員の子ども理解に基づいた指導、支援」に必要と思われるデータが選定され、Microsoft Azure への集約と、Microsoft Power BI による可視化がおこなわれていきました。

さまざまな教育データを収集する際の注意点について、渋谷区 デジタルサービス部 ICTセンター ICT第二係長 宇都篤司氏はこう述べます。

「教育データは機微情報が多く含まれていますから、厳密なセキュリティ対策が必要です。クラウド環境にデータを転送できる専用の通信ルートの確保、通信の暗号化、データ格納先の暗号化は必須の要件でした。出欠情報や保健室利用情報などの校務系のデータは、直接連携するのではなく、いったん専用の端末を介した上で、安全な通信ルートを確保し、暗号化通信により、安全にクラウド環境にデータを転送することができています。」(宇都氏)

また、ダッシュボードのシステム構築においては、ポイントの一つが "内製化" だったと、開発を担当した株式会社ジール ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット ユニット長 山添 幸蔵氏は言います。

「開発段階から『データの追加や変更などを外注せずにできるようにしたい』という渋谷区の強い要望があり、プログラミングやシステム開発の経験が無い人でも GUI ベースでローコード開発ができる Azure Synapse Analytics (分析サービス) や Azure Machine Learning(機械学習プラットフォームサービス)といったサービスを主体にシステムを構成していきました」(山添氏)

なぜ渋谷区は "内製化" できるダッシュボードにこだわったのでしょうか? その意図について、篠原氏は次のように説明します。

「パッケージ製品ではなく、当初から、拡張性・柔軟性のある基盤をつくりたいと考えていました。レポートは学校現場での利活用の状況やニーズによって変化していく "生き物" なのですから、変更のたびに外注するような時間や予算はかけていられません。マイクロソフトの製品を活用すれば、連携データの追加、可視化レポートの追加や見せ方等、自分たちでデータをすぐに追加、変更できるような体制とシステムを築けるというのが大きなポイントでした」(篠原氏)

子どもが抱える課題にいち早く気づき、チームで対応する

一部学校での試行や教員の意見を反映したデザイン改修を経て、ライフログ・ダッシュボードは 2022 年 7 月から、渋谷区の全 26 校で利用開始されました。

「具体的な使い方は各校でさまざまに工夫されていますが、ある学校では、朝、教員はまずダッシュボードの確認から始めるそうです。『学校全体の状況』や『クラスの状況』を俯瞰し、気になる項目があれば、クリックして『個人の状況』を深く観ていくことができます。ダッシュボードは最小限の操作で利用可能な構成にしているので、Power BI の操作に慣れない現場の教員にも比較的スムーズに浸透していると思います。マニュアル配布や研修などをおこなったこともあり、操作についての質問は想像していたよりも少ないですね。」(竹澤氏)

ダッシュボードではさまざまな情報を一覧できますが、たとえば子どもたちが学校貸与の端末で頻繁に調べている検索キーワードによって、その子の今の興味・関心、悩みを察することができると、竹澤氏は続けます。

「『ティラノサウルス 歯』『隕石 絶滅 なぜ』といったキーワードが集中していれば、恐竜について強い関心があるとわかります。それは、その子の可能性を拡げる手がかりになるでしょう。意外な面が見つかり、先入観を修正することにつながるかもしれません。また一方で、深刻な悩みがキーワードから見つかり、遅刻や欠席数も増えているといった状況を鑑みて、早急に対応することができた事例も生まれています」(竹澤氏)

学校やクラスなどの集団の傾向をつかみやすくするために、ダッシュボードには、Azure Machine Learningにより作成された AI の力も使われています。「個性的で集団との関係を重視しない傾向」「前向きで存在感があり活動的な傾向」といった 5 つのグループの割合や推移が表示されていますが、この分類は AI のクラスタリング分析に基づいています。

「注意すべきは、AI はあくまでも回答を機械的に分けているだけで、意味づけをしていないということです。分類の定義、説明欄の言語化は、実際に複数の学校で試行的にアンケートを実施し、そのクラス担任とも議論を重ね、特徴・特性等を把握し、言語化しています。傾向の把握は現状の把握だけでなく、将来につなげる意図もあります。データと知見が蓄積されていけば、『大人しくて自信がない傾向の子には、こうしたアプローチが有効』といった、より深い支援も可能になるのではと考えています。こうした傾向の把握に関しては、あくまで児童生徒の一側面であることに注意し、子どもたちの実際の姿と併せて、個に応じた支援のための参考として活用するよう伝えています。」(竹澤氏)

ダッシュボードによってチームとしての支援が可能になったと、篠原氏・竹澤氏の両名は言います。

「教育委員会側の状況把握は、従来、学校の報告に頼っていましたが、Power BI のダッシュボード上でアンケートや出欠状況・キーワードなどを一覧できることによって、より具体的な支援ができるようになりました。学校側としても同様で、個々の子どもの課題を担任が抱え込むのではなく、状況を管理職とも共有して、チームとして迅速に対応できるようになっています」(篠原氏)

「Power BI のダッシュボードによって情報共有にかかる時間が短縮されたことで、教員と子どもたちの会話により時間を割けるようになったという声が早くも上がっています。」(竹澤氏)

データを利活用する上で最も大切にしたことは「教員や保護者とも目的や理念を共有し、理解を得ながら進めること」だったと、篠原氏は続けます。

「どのような目的のために、どのようなデータをどのように活用するのかを明らかにし、理解を得ながら進めていくことが教員、子ども、保護者の関係を築く上で必要不可欠です。これまでも区が貸与しているタブレットの利用履歴を収集・管理していることは周知してきました。今回のダッシュボードは、これまで学校が個別に把握していた複数の情報を集約し可視化したものではありますが、より丁寧に取り組みの趣旨等を説明していくことが必要と考え、ダッシュボードの展開前には改めて保護者等に周知を行いました。『児童生徒へのきめ細やかな指導・支援及び学校運営、教育施策の改善等に活かすため』という目的を関係者にも理解していただくよう、ダッシュボードのイメージ画面も含めて伝えています。」(篠原氏) 

データ活用をブラッシュアップして、未来の教育を目指す

今後は、学校現場の利用動向を見ながら、ダッシュボード活用ノウハウを高めていきたいと、篠原氏は語ります。

「日頃、子どもたちと接している教員であれば、ダッシュボードの活用により新たな気づきを得ることができると思います。Power BIは研修などをおこなわずともすぐ使えるツールですので、まずはすべての教員に触れてもらい、それから、さまざまな活用実践などを学校間で共有していきます。昨今、子どもたちのおかれている環境や一人ひとりの思いや願いは多様化し、これまで以上に、より丁寧で適切な子ども理解による指導や支援が求められています。教員の経験と勘に加えて、客観的な教育データを利活用して、教員が多面的に個々の子どもたちの思いや願いを捉え、指導・支援等のさらなる充実を図ることを目指していきます。ダッシュボードは、あくまで児童生徒の一側面を可視化したものです。ダッシュボードを活用し、これまで以上に子どもたちとの対話を重視し、One on Oneの時間をより濃密なものにするとともに、データの読み取り方なども現場と共に磨き上げていきたいと思っています」(篠原氏)

さらに渋谷区では、「子どもたち自身が見るためのダッシュボード」の開発も進められています。

「既存ダッシュボードの利活用促進と平行して、子どもたち自身が見て、学習意欲や自己肯定感を高められるような、新しい仕組みの開発を進めています。現在はコンセプトを固めて、使うデータの選定を始めているところです」(竹澤氏)

最後に、篠原氏は今後をこのように展望しました。

「いま渋谷区は、『未来の学校づくり』に取り組んでいます。これからの 20 年間で 22 校を建て替えていく予定です。新たな学校を整備していく上で、未来を見据えた ICT 環境を整備していきたいと思っています。教育データの利活用は、正解が定まっているわけではありません。今回の事例は、あくまでも渋谷区の想いを体現したものです。各自治体の取り組みからも学び、ブラッシュアップすることによって、未来の子どもたちの幸福につなげていければと思います」(篠原氏)

Microsoft Azure の基盤上に教育データを集約し、システムを内製化、Power BI を参照することで、きめ細やかな支援・指導ができるようになった渋谷区。「目的を明確にしたプロジェクトチームの編成」「スモールスタートからの着手」「利用者目線で使いやすいツールの工夫」「関係者との丁寧なコミュニケーション」といった行動の積み重ねが、プロジェクトの成功をもたらしました。未来の教育のあり方のひとつが、ここから生まれていくことでしょう。

“日頃、子どもたちと接している教員であれば、ダッシュボードの活用により新たな気づきを得ることができると思います。Power BI は研修などをおこなわずともすぐ使えるツールですので、まずはすべての教員に触れてもらい、それから、さまざまな活用実践などを学校間で共有していきます”

篠原 保男 氏, 教育委員会事務局 教育DX政策推進特命部長, 渋谷区

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