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2023/03/29

病院の職員が Microsoft Power Apps で業務アプリを内製開発。 市民開発プロジェクトで現場のDX を推進

社会福祉法人 恩賜財団 済生会熊本病院は、病床数 400 床、救命救急センター、地域医療支援病院として近隣の医療機関と連携しながら、高度で専門的な医療を24 時間体制で提供する急性期病院として、地域医療を支えています。同院では 2021 年から 2024 年までの中期事業計画において、デジタル化を基盤とした「価値中心の医療」の推進を掲げており、デジタル技術を用いた質の高い医療の提供と職員の働き方改革に取り組んでいます。

その一環として、老朽化したシステムの刷新や職員によるアプリの市民開発プロジェクトを Microsoft Power Apps などのマイクロソフト ソリューションで展開。未来につながる成果を積み上げています。

Kumamoto Hospital

持続可能な医療の実現にはデジタルなマインドセットが必須

「医療に関していうと、実はデジタルとはあまり相性がよくないと考えています」と話し始めた院長の中尾浩一氏。その理由を次のように語ります。
「医師や看護師が患者と触れ合い、心を通わせながら診療を行なっていくことが理想の医療であり、医療スタッフも患者さんも、人の温かさを希求するもの。その考え方自体は悪いことではありません。問題になるのは、その医療が持続可能かどうかです」(中尾氏)
たとえどんなに優秀な医師でも、ひとりひとりの患者の病歴や生活を全て把握して、医療を提供することは不可能です。中尾氏はこれからの医療の在り方を以下のように示唆します。「これからの全人的医療には、ひとりの医師がすべてを負担するのではなくて分業、すなわちモジュール化の発想が必要だと思います」(中尾氏)

モジュール化とは、すなわち医療機関同士の連携、医療機関内での役割ごとの連携を途切れさせないこと。中尾氏は、分業を実現するためには飛び飛びに存在する情報を繋ぐ必要があり、その手法として「デジタル技術の活用」、意識として「デジタルなマインドセット」が必須であると強調します。
その考え方の背景には、20 年ほど前から業界に先駆けて「クリニカルパス」を診療に活用してきた同院の歴史があります。クリニカルパスとは、チームで診療計画や患者情報を共有することで効率的なチーム医療を実現する仕組みのこと。このクリニカルパスの存在が、同院の DX 推進に大きく寄与していると中尾氏は分析します。

「医療 DX を実現するためには、ただ最新のデジタル デバイスを導入すればいいわけではありません。デジタルを使いこなすためにはクリニカルパスに代表されるデジタルなマインドセットが不可欠であり、それこそが当院のスタッフがデジタル化を受け入れやすくなっている理由のひとつではないかと想像しています」(中尾氏)

デジタル化を受け入れ、働き方を変える意識変革も進む

実際に同院では早くからマイクロソフトのライセンスを保有し、デジタルを受け入れる環境が醸成されていました。事務長の田﨑年晃氏もデジタル化に馴染みやすい理由を語ります。

「全職員にメールアドレスが割り当てられている医療機関は、それほど多くないのではないでしょうか。当院では給与明細のペーパーレス化も早かったですし、申請も早い段階からデジタルに移行しています」(田﨑氏)

同院では職員の働き方についても、粛々とモジュール化が進められています。副院長の坂本知浩氏は、「TTP」と名づけたシフト チェンジの取り組みを例として挙げます。職員が自分で対応できる業務範囲を広げてジェネラルな能力を身につける Task (業務内容) のシフト、あいまいだった勤務時間を明確に規定し、残業を減らす Time (勤務時間) のシフト、リモートワークを活用した Place (働く場所) のシフトを進めています。「この TTP の意識を改革することで、着実に働き方改革は進んでいると感じています」(坂本氏)

購買管理システムを刷新し内製化。月間約 6 時間の業務負担を軽減

こうした取り組みや意識の変革を背景として、同院では中期事業計画に基づいた DX の推進として、2022 年からふたつのプロジェクトを展開しています。ひとつは古くから使っていた購買管理システムのリプレイス、もうひとつは職員による業務アプリの市民開発プロジェクトです。

システムのリプレイスでは、まず老朽化してきた購買案件管理システムを、Microsoft Power Apps を使って内製化。業務プロセスの見直しに役立てられるように申請から納品までのログを記録し、電子承認、発注書類の自動化といった機能を付帯することで、業務の合理化を図っています。
医療情報部 医療情報システム室 主任の栗山晃徳氏によると、もともと使っていたシステムは外部のベンダーに構築してもらったものの、決して使い勝手のよいシステムではなかったといいます。「ライセンスの維持にも費用がかかりますし、少しの改修でも大きな手間や外注コストがかかってしまう。さまざまなツールを検討したうえで、Microsoft Power Apps を活用したシステムの内製化が最適という判断に至りました」(栗山氏)

購買部 調達管理室の坂本幸氏は、新しいシステムの使用感に笑みを見せます。「以前のシステムで使い勝手が悪かった部分を全て改修していただいたので、とても使いやすくなりました」(坂本氏) 紙の申請書や発注書などは撤廃し、申請から発注、納品、請求処理までの全ての工程をペーパーレス化。過去案件の検索や見積もり情報の管理も容易になりました。

坂本氏の部署では年間 3,000 件ほどの申請案件を管理し、常に複数の案件を管理しているため、その進捗にはかなり気を使っていると言います。「申請書の PDF が自動で決裁担当者に転送されるなど、手間がかなり軽減されました。現状で月に 6 時間ほどの労働時間削減を達成できています」(坂本氏)

本システムの構築を担当した医療情報部 医療情報システム室の中村真氏は、制作時の苦労を語ります。「すべての業務フローを洗い出して、必要な情報を管理できるように構築するのが大変でした」(中村氏)
ヒアリングを何度も実施して現場のニーズを掘り起こし、システム構築に慣れていない現場職員のために、仮画面を作成するなどわかりやすく説明することを心がけたそうです。

「決裁業務をデジタル化して、負担を減らしつつ同等以上の成果を上げることには大きな意義があると思います」と、このプロジェクトを総括する事務長の田﨑氏が続けます。「今後、労働人口が減少して働き手の確保が難しくなるなかで、今のうちから手間を減らす方法にシフトする必要があります。そのためにデジタル技術の活用は非常に有効です」と、デジタルの力に期待をかけています。

「購買案件管理アプリでは、工程ごとにどれだけの時間がかかっているかデータを取得できるようにしてあります。ゆくゆくはそのデータを業務改善プロセスに役立てられればと考えています」(栗山氏)
最終的には収入や支出データとひも付けし、お金の流れを全て蓄積・可視化することで、投資行動の判断材料として活用できるシステムを目指しています。

マイクロソフトが支援する DX 人材育成プログラム

2022 年にシステムの内製化と並行して進められていたのが、職員によるローコードでの業務アプリケーション開発プロジェクト、いわゆる市民開発です。その背景には院内の DX 人材不足という課題がありました。
「DX 推進にあたり、以前は私たち医療情報システム室がアプリやシステムを制作して必要な部署に配るというフローを考えていたのですが、新型コロナウィルス感染症の流行に伴ってデジタル化のニーズが加速し、私たちだけでは対処しきれない状況になってしまいました」と振り返る栗山氏。医療情報システム室以外の部署でも DX 人材を育てる必要性が生じていたのです。

そのタイミングで、マイクロソフトから Power Platform の概要とアプリ作成について学べる無料のハンズオンの提案がありました。そのハンズオンが市民開発プロジェクトのきっかけとなったのです。
システム運用を担当する医療情報部 医療情報システム室 室長の野口忠祥氏によると、同院では 2017 年に Microsoft 365 を導入。約 2,000 名の職員のほぼ全員に個別ライセンスを割り当てており、幸いなことにローコード アプリ開発ツールの Power Apps をはじめとする Power Platform のソリューションを誰でも活用できる状況でした。
「Microsoft Teams を導入した際に院内で利用方法の研修を行ったことで、職員がMicrosoft 365 に慣れていたことも有用でした」(野口氏) 市民開発の必要性が生じたときにはすぐに Power Platform の活用を思いついたそうです。

期待を超える成果を挙げた市民開発プロジェクト

マイクロソフト主催のハンズオン セミナーには 25 名の参加者があり、その後さらに、マイクロソフトのパートナー企業である株式会社QES の協力を得て全 5 回のハンズオンが開催されました。「とてもいいカリキュラムだったと思います。驚くべきことに、ハンズオンの最終回でアプリ開発コンテストを実施したところ、想像をはるかに超えたアプリができあがりました」(栗山氏)

そのコンテストで発表された優秀なアプリのひとつが、放射線技師の中央放射線部 米須大樹氏が開発した議事録管理を目的としたアプリでした。
「私の部署は月に 20 回程度のミーティングや訓練が行われるのですが、これまでは Microsoft SharePoint でリスト管理し、議事録の承認には出力した紙に 3 名の上長からの押印が必要でした。そのフローがとても煩雑で、いつか改善したいと思っていました」(米須氏)

米須氏はアプリによって議事録管理をすべてペーパーレス化。その結果、承認依頼からバックアップまでアプリ内で完結できるようになりました。「本格運用はまだ始まっていませんが、相当な業務改善になったと思います」(米須氏)
当初は Power Platform で何ができるのかを知らなかった米須氏が、約半年間の訓練を経て実効性の高いアプリの実装まで成し遂げられたのです。

ハンズオンを通してさらに驚くべき成長を遂げたのが、医療連携部 医療福祉相談室の熊谷美雪氏でした。
熊谷氏は事務職として地域の医療機関との連携に関するデータ分析や病床管理などを担当しています。「アプリ開発やプログラミングの経験は全くなかったのですが、効率化や業務改善には積極的に取り組んできました。ただ、自分の力だけでは限界があるので、新しいスキルを身につけたいと思いました」と、ハンズオンへの参加理由を語ります。

熊谷氏が取り組んだのは、同院の利用者から寄せられる投書の管理アプリ開発でした。もともとは全ての工程で投書の原本を回覧していましたが、回覧人数も押印するメンバーも多いので、ファイルが戻ってくるまで数週間かかることもあったそうです。
そこで熊谷氏は回収から登録、共有、最終評価までの工程を全てデジタルで処理できるアプリを開発。投書内容の事実確認やフィードバックもアプリ内で確認でき、リアクションのない部署には自動で催促する機能も付帯することで、大幅な工数削減を実現しました。
「自分がここまでできるようになったことに驚いています。周囲の人たちやアプリ開発を始めたいという方に私の経験を共有して、みんなでステップアップしていきたいと思っています」(熊谷氏)

今後、米須氏や熊谷氏らは「アプリ開発アンバサダー」としてそれぞれの部署で市民開発を活性化する役割を担うことになります。
「まだ数名ではありますが、皆さんがそれぞれの部署でできることを披露していただいて、その周りの人たちが少しずつでも自主的に DX に取り組めるようになるのが次のステップだと思っています」と栗山氏はこの先の展開を思い描いています。

アプリ開発促進するためのガナバンス、コンテストも企画

市民開発プロジェクトの開始にあたり、栗山氏らがこだわったのは、自由にアプリ制作ができるように厳しいガバナンスは設けない、という取り決めでした。「せっかくのやる気を削ぐようなことはしたくありませんでした。基本的には、事後申請で構わないのでまずアプリをつくってもらい、個人情報や金銭に関わるなどの問題があれば指摘して修正してもらう形にしています」(栗山氏)

このシステム開発室の姿勢は、参加者たちが楽しみながらアプリ開発に取り組める大きな要因となっており、米須氏が「自宅や普段の業務の合間にも少しずつ勉強しています。これまでプログラミング言語の壁を感じて諦めていたような複雑な仕組みもローコードで実現できると思うとやる気がでますよね」と意欲を見せれば、熊谷氏も「自分でスマートフォンを操作しているときにも、アプリの遷移を見てコードが浮かぶようになりました。使う言語が増えたみたいでとても楽しいです」と笑顔で語ります。

市民開発プロジェクトの成果は、院長の中尾氏にとっても嬉しい驚きでした。「システム担当ではない人でもこんな素晴らしいものがつくれることにびっくりしました。こうした取り組みは継続的にしていくべきだと思っています」(中尾氏)
この動きを後押しするために、院長自らアプリ開発コンテストの開催を提案したそうです。「これからの世代は生まれついてのデジタル世代であり、今後医療のありようは大きく変わるはず。今は社会がその入り口に立っている時期です。私の役割は早めにそのドアを開けてスタッフの皆さんに覗かせてあげることだと思っています」(中尾氏) コンテストが開催される際には、賞の設定はもちろんのこと、「私も教わりながらアプリをつくってみようかな」と参加にも意欲を見せています。

DX の目的を忘れずに、便利の先にある未来を見据える

着々と成果を上げる DX プロジェクトについて高く評価しながらも、DX の最終的な目標を忘れてはいけない、と引き締めるのは副院長の坂本氏。「デジタルの力で得た効率的な働き方はあくまで手段です。スタッフの QOL (生活の質) 向上はもちろんのこと、その先にある患者さまの安全と医療の高度化を目指さなければいけません」(坂本氏)
そのうえで市民開発プロジェクトは歓迎すべき動きであるとし、「私も若い頃はプログラミングを愛好していましたから。今は時間が取れませんが、いつか機会があれば医療連携における転院調整アプリ開発に挑戦してみたいです」と笑顔を見せます。

事務長の田﨑氏も、アプリ開発の経験がデジタル以外も含めた意識変革につながることを期待しています。

「今までのやり方をそのままデジタルに移行するだけでは、根本的な変化にはならないと思っています。アプリの開発は、自分たちのこれまでの業務を見直すよい機会でもあります。変化へのマインドと技術を持った職員が増えることで、環境の変化への組織的な対応がしやすくなると思います」(田﨑氏)

2022 年 12 月現在、同院で本稼働している市民開発アプリは 15 本程度。米須氏や熊谷氏が開発したアプリも本稼働を待っている状況で、今後さらに増えていく予定です。
「DX による業務改善で浮いたリソースを使って患者さまに価値を提供するのはもちろん、私はもっと面白い展開になることを期待しています」と語る医療情報システム室の栗山氏。「ゆくゆくはデジタル技術を活用して、患者さまの来院体験を変えてみたいのです」(栗山氏)
ネガティブな場所になりがちな病院をポジティブに捉えてもらうための仕掛けづくりを思い描いています。

医療産業を支援するデジタル基盤整理への期待

医療情報システム室の野口氏は Microsoft 365 のソリューションについて「普段から Word や Excel などで使い慣れていますから、初見のアプリだったとしてもどのボタンを押せばどんな結果が生まれるか予測しやすいのがいいです。それに、世の中で広く使われているものですから、医療業界の閉じられた世界で専門特化しがちな医療システムと病院外のシステムとの接点になり得ます。今後 DX を進める上でそこはかなり重要なポイントになってくるはずです」と評価します。
「マイクロソフトからはいつも有用な情報を提供していただけますし、いつでも相談に乗ってもらえる安心感があります。ハンズオンの際に株式会社 QES を紹介していただいたように、パートナー企業とつないでもらえるのもありがたいですね」(野口氏)
院長の中尾氏も「マイクロソフトには技術のその先にある世界を提示してほしいです」と期待を語ります。
「マイクロソフトが有用なデジタル技術をたくさん提供してくださることはよくわかっています。次は、その技術を使ってどんな社会課題を解決できるかを示してほしいです。例えば医薬品の治験。イスラエルなどではデジタル技術を用いた治験の手法が進歩していて、研究スピードがものすごく速い。ぜひとも我が国の医療産業の発展につながるデジタル基盤を整えてほしいと思っています」(中尾氏)

地域とともに医療の可能性を追求する済生会熊本病院

同院では 2022 年 12 月に「未来連携フォーラム WEEK2022-AI(愛)のある病院-」と題して、現在の取り組みや思い描く医療の将来像を共有する地域の医療機関向けのイベントを開催しました。「当院は高度医療をうたってはいますが、具体的になにをしているのか知ってもらわなければ、地域医療の可能性は広がりません。自分たちから積極的に情報を開示していくことが大切だと考えています」(中尾氏) すなわちこれは、院内で進めてきた「フローのモジュール化=デジタルのマインドセット」の地域全体への拡大にほかなりません。

さまざまな取り組みを通して、院内だけでなく、持続可能な地域医療の実現のためにデジタルの力をフル活用する済生会熊本病院。これからも、地域のみならず医療業界全体をリードする存在であり続けることでしょう。

※所属部署・役職など、記事内に記載の内容は取材時点のものです。

“医療 DX を実現するためには、ただ最新のデジタル デバイスを導入すればいいわけではありません。デジタルを使いこなすためにはクリニカルパスに代表されるデジタルなマインドセットが不可欠であり、それこそが当院のスタッフがデジタル化を受け入れやすくなっている理由のひとつではないかと想像しています”

中尾 浩一 氏, 院長, 社会福祉法人 恩賜財団 済生会熊本病院

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