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2023/06/28

現場の若手を起点に Power Apps によるアプリ開発の内製化を加速、サントリー株式会社スピリッツカンパニー 梓の森工場の取り組み

サントリー株式会社 スピリッツカンパニー 梓の森工場(以下、梓の森工場)が、Microsoft Power Apps を活用したシステム開発の内製化を加速させています。1977 年に竣工したウイスキーや RTD やワインを製造するスピリッツ工場としてはサントリー最大の製品生産拠点である同工場では、生産品目約 400 品目のうち新製品が約半数を占める多品種大量生産が特徴です。しかし、それゆえに製造・品質管理における既存の仕組みにデジタル化をフィットさせることは難題であり、これまでの活動はいわば暗中模索でした。そんな中で現場の若手従業員が起点となり「Power Apps 活用」がスタートしました。この活動により若手従業員の熱意が工場全体へ広がり、さまざまなアプリが開発され、今では他の工場への横展開が進みつつあります。

※「Ready to Drink」の略語で、そのまますぐ飲める缶チューハイや缶カクテル、ハイボール缶などのアルコール飲料

Suntory Holdings

ウイスキーやワインなど 27 百万ケース を製造、スピリッツ最大の生産工場

『人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、「人間の生命(いのち)の輝き」をめざす。』を企業理念の「わたしたちの目的」に掲げ、1899 年の創業以来、ウイスキーやビール、清涼飲料など最高品質の商品・サービスを提供してきたサントリーグループ。現在の事業は、食品、スピリッツ、ビール、ワイン、健康食品、外食・加食・花・サービス関連など幅広い領域にわたっています。

このうち、スピリッツ・ワインという複数の事業を製造・流通の面で支えているのが 1977 年にスピリッツ事業の国内最大生産拠点として設立され、現在ウイスキー・リキュール・焼酎・ RTD ・ワイン・清涼飲料の製造を担うサントリー株式会社スピリッツカンパニー 梓の森工場(以下、梓の森工場)です。

2022 年の生産実績は 27 百万ケース(サントリーのスピリッツ製品製造数量の約 3 割)、生産品目は約 400 品目でうち新製品が 約半数を占めるなど、多品種を大規模に生産する拠点としてサントリーグループの屋台骨的な存在です。

※ 350 ml× 24 本換算

工場長の高畑 健一 氏は、梓の森工場の事業とミッションについて、こう話します。

「サントリーの始まりである『赤玉ポートワイン』、本格国産ウイスキー『角瓶』に代表される伝統的で素敵なお酒の文化を次世代につなぎながら、ハイボールなどの RTD、カジュアルワインなどこれからの新しいお酒の文化を創り出すこと。その為に『最も多様なお客様価値』と『最も多くのお客様接点』を生み出すことが我々のミッション・存在意義です。その価値を最大化するためにありたい姿として『実直なものづくりへの姿勢』を継承しつつ『人づくり』と『技術変革』に挑戦し続ける現場を掲げています」(高畑 氏)。

梓の森工場におけるウイスキーやワインの製造工程は、「中味」と呼ばれる内容物(酒や飲料)を全国の蒸溜所や生産工場から集め、ブレンド、パッケージングして出荷するまでを担います。例えば、ウイスキーの場合、山崎(大阪府)、白州(山梨県)、知多(愛知県)など各地の蒸溜所で仕込・発酵・蒸溜・貯蔵・熟成を経てつくられたウイスキー原酒を集め、ブレンド・ろ過してウイスキーをつくりあげ、その中味を瓶に充填し、栓を締め、ラベルを貼り、箱詰めして全国に出荷します。

「こうした製造工程で重要な役割を担うのが品質管理です。市場のニーズに応えながら、新製品を含む約 400 品目を安定的に生産するために、中味部門、品質保証部門、パッケージング部門、工務部門が連携して品質管理を行います。ただ、従来からこうした製造全体にまたがる品質管理の仕組みは紙ベースで構築されていることが多く、そのことがさまざまな課題につながっていました」(高畑 氏)。

そこで取り組んだのが、Microsoft Power Apps(以下、Power Apps)を活用した品質管理の仕組みのデジタル化です。若手従業員が中心となってさまざまなアプリを内製で開発し、ベテラン従業員を巻き込みながら、他工場を含めたスピリッツカンパニー全体の取り組みへと拡大しつつあります。

「ものづくりのレシピ」とも言うべき品質管理チェックシートの電子化に取り組む

梓の森工場の品質管理における課題の 1 つが、紙のチェックシートを利用した点検・指示・確認業務の存在でした。チェックシートは、製造設備の稼働データや点検状況、基準のクリア状況、指示内容、確認内容などをカテゴリーごとに 1 枚のシートにまとめたものです。

チェックする項目は、製造する際の各機器の圧力、温度、投入品目・数量など数百項目に及びます。作業ごとに担当者が手書きで数値を書き込んで項目を埋めていき、最終的にチェックシートを見るだけで、中味を製造する過程でどの工程のどの作業がどう行われたかがわかる仕組みです。このシートは品質管理のノウハウが詰まった「ものづくりのレシピ」とも言えるもので、技師長( 品質保証担当)の大澤 尚夫 氏はこう話します。

「決められた基準を満たしているかを厳しくチェックすることで品質管理を徹底するとともに、製造を記録したエビデンスとして保持します。チェック項目は長い製造のなかでさまざまなフィードバックを受けて作り込まれてきたものです。品質保証部門だけで利用するものではなく、中味部門、パッケージ部門もチェックシートのデータを確認しながら業務を行います。状況や品目、ラインごとにチェック項目が変化することも多く、決まったフォーマットに落とし込んで電子化することが難しいという特性もあります」(大澤 氏)。

実はこれまでにも手書きのチェックシートを電子化する取り組みは何度かあったそうですが、現場で行っているきめ細かな調整をシステムに反映することが難しいこともあり、幾度となく見送られてきた経緯がありました。工務部門 技術グループ 課長 藤井 浩生 氏はこう話します。

「チェックシートをデジタル化することで、品目別の指示情報を現場に伝達しやすくなったり、手順の抜け漏れを防ぎ、仕事の品質を確保しやすくなったりします。また、情報ソースとデータ連携することで手書きした項目を転記することもなくなり、オペレーター作業の支援やレベルの向上にもつながります。将来的には、エビデンスとして記録するだけでなく、データの見える化や解析からロス改善につなぐことを視野に入れています。これまでデジタル化の取り組みとして、汎用的な電子チェックシートシステムの導入も検討しましたが、梓の森工場は製品の種類・品目が多く、チェックシートの数も多いため指示情報が複雑になったり、実績データの項目が多く設定に手間がかかったりしてうまくフィットせず、断念した経緯があります」(藤井 氏)。

そんななか転機となったのが「Power Apps で内製化したらどうか」という若手従業員からの意見でした。

Power Apps を用いたTeams デモアプリを個人作成、承認を経て正式プロジェクトに

Power Apps の利用を提言したのは、工務部門 原動グループの増田 康至 氏です。増田 氏は工務部門で原動設備、コンプレッサー、冷凍機、廃水処理などを担当していたエンジニアで、ローコードツールなら現場目線で現場に適したシステムを構築できるのではないかと考えたと言います。

「私自身は機械科卒で情報システムの知識はほぼありませんでした。ただそうした人間でも Power Apps のようなローコードツールを使うと比較的容易にアプリ開発ができます。もともと Microsoft 365 は全社的に利用していて、Power Apps もすぐに利用できる環境でした。新しいもの好きなところもあり、最初は軽い気持ちで試したのですが、予想以上に簡単にアプリが作成できることがわかり、電子チェックシートも自分たちで作った方が良いものができそうだとひらめきました。製造設備でも買ってきたものを据え付けるだけでは現場の要求仕様を 100 %満たすことは稀です。95 %満たす機械でも残りの 5 %は自分たちで試行錯誤して手を加えます。PowerApps を触ったときに、そうした製造設備と同じようなものだと感じました」(増田 氏)。

簡単なアプリを作って、まず上司の藤井 氏に見せたところ「将来の可能性を感じる。おもろいからどんどんやって」といったかたちで承認をもらい、業務の合間に電子チェックシートの一部を切り出したデモアプリを作成していきます。藤井 氏は、こう話します。

「最初にかたちになったデモアプリは『ボールバルブ操作(開ける)』『温度計確認』『pH 計確認』『インバータ出力確認』『ボールパルブ操作(閉める)』という 5 つの点検業務で使用する Microsoft Teams(以下、Teams)で利用するスマートフォンアプリです。ボタンの配置や入力項目、所要時間の表示など、現場で本当に使うものを担当者が使いやすいよう設計が施されていて、「これが自作出来るのか!? 」と驚きつつもアプリ全体から『作り手の意志』が感じられました。そして何より増田さん本人が明らかに楽しんでいる…(笑)。趣味が実益を兼ね、結果的に工場に貢献するものができあがったらいいなという思いで見守っていました」(藤井 氏)。

梓の森工場の多くの社員が増田 氏が最初に作成したデモアプリのテストに参加しました。アプリ内で感想を受け付けたところ好意的な意見やアイデアが集まり、アプリ化するチェックシートの対象も少しずつ広がっていきます。取り組みを開始した翌年からは予算も付きました。工場長の高畑 氏は、こう振り返ります。

「若手の取り組みを見ていて強く感じたのは、アプリ(特にインタフェース)は使う人が作る方が使いやすいものができるということです。もちろん、業務をシステムに合わせることで生産性や業務効率を向上させるという考え方は、それはそれで正しいでしょう。ただ、今回のチェックシートのように種々の工程や設備が工場間で異なり画一的な作り方がそぐわないシステムもあります。データベース構造は共通であることが当然望ましいですがインタフェースとそれに関わる機能は、業務をよく知る自分たちで作っていく方が優れたシステムができあがりやすいと思います。そのときにいかに組織として開発者をサポートできるかが重要です。社内で使いやすいものを内製&テスト運用して実利を迅速に享受しつつ PoC を実施。そして、制作仕様(記述を一定ルールに整え仕様書を作成)をきっちり固めた上でプログラム制作のみ外注し、試運転やパラランとその後の改修やメンテナンスは社内で迅速に実施するような内製システム開発モデルを構築してみたいと思っています」(高畑 氏)。

システム開発の規模が拡大するなか技術支援や人材育成をヘッドウォータースが支援

会社として正式なプロジェクトとなった電子チェックシートのアプリ開発は、2021 年から加速していきます。開発メンバーとして、中味、品質管理、需給、パッケージの各部署から新たに 4 名が加わり、社外コンサルタントと契約して、ER 図作成やテーブル定義などのシステム開発手法を学習していきます。アプリ開発者として加わった品質保証部門 生産管理グループ 瀬口 翔太 氏はこう話します。

「できるところから少しずつ進めていくなかで、開発の規模が少しずつ大きくなっていきました。当初は自分で参考書を買ってきて見様見真似で開発していたのですが、規模が大きくなると、専門的な知識も必要になります。例えば、開発する電子チェックシートの対象が増えると、品目データなどのマスターデータも増えていきます。マスターデータを取り扱うためには、データベースやテーブル定義などの知識が必要になります。そこで、社外コンサルタントからシステム開発のイロハを学び、それをもとに自分たちで開発してアプリを評価してもらうことを続けていきました」(瀬口 氏)。

同じく開発メンバーとなった品質保証部門 品質管理グループ 小池 みさき 氏は、こう話します。

「社外コンサルから学んだことを自分たちで実践し、段階的に完全自製でのシステム開発を進めていきました。開発が進むなかで、われわれ開発メンバーだけで開発するのではなく、現場の担当者にも参加してもらうような仕組みも作りました。チェックシートの新規作成や改訂をアプリ上からできるようにしたのです。また、Teams の機能との連携性を高めて、Teams のメンバーを選択して報告・承認依頼を簡単に行えるようにしたりと、システムの改良にも取り組んでいきました」(小池 氏)。

最初に開発したチェックシートアプリには、工務部門が利用する排水運転チェックシート、パッケージ部門が利用する液処理運転チェックシートなどがあります。デザインを学んだメンバーが開発に加わることで、プロが作成したようなインタフェースを備えたアプリに仕上がっていきました。

システム開発の規模が拡大していくなかで、Power Apps によるシステム開発を支援するパートナーであるヘッドウォータースとの協業も始まりました。ヘッドウォータースの梅村 実怜 氏は、内製化の支援では、顧客に伴走することが重要だと指摘します。

「要件を聞いてわれわれが作るのではなく、お客様自身が作ることを技術面でいかにサポートしていくかを目指しています。人材育成のサポートも行っていますが、スキルやテクニックを提供するというより、内製化のなかでスキルを身に付けてもらうようなサポートを心がけています」(梅村 氏)。

藤井 氏は、ヘッドウォータースの対応をこのように評価します。

「本活動のコンサルタントであるヘッドウォータース様は、Power Platformに関する技術力の高さ、データベース設計やシステム連携に関する問い合わせへのレスポンスの早さ、ペアプログラミングなど人材育成の面においても丁寧なサポートでしっかり支えて頂いており、誠に感謝しています」(藤井 氏)。

健康管理アプリや暑さ指数管理アプリなど、開発が一気に進む

 Power Apps による内製化の取り組みは、梓の森工場の「本丸」とも言うべき電子チェックシートの開発からスタートしましたが、本丸を攻める過程で、周辺に存在していたさまざまな課題を解決するアプリの開発も一気に進むことになります。

 これまでに開発したアプリは、例えば社員の日々の体調を管理する健康管理アプリ、施設のフロア内で「暑さ指数(WBGT)」を管理するアプリ、電動工具などの備品を自動貸出するシステムなど、小さなアプリも含め 10 数個に上ります。

このうち健康管理アプリは、出社時の体温、前日の飲酒有無、風邪気味かどうか、寝不足ではないか、朝食・水分の摂取有無などを入力するアプリで、梓の森工場の正面玄関に設置され、社員の出社時に利用されています。

また、WBGT 管理アプリは、WBGT データを蓄積して空調の最適化を図る目的で開発しました。市販品を利用すると数百万円の導入費が必要でしたが、市販の IoT 機器と Power Apps で自社開発することで 1 / 10 のコストで導入が可能でした。現在は、Power Automate と連携し、Teams に熱中症アラートを自動通知する仕組みとして稼働しています。

「電子化を目指しているチェックシートは年 1 回や非定常で使用するものも含めると全体で 数百枚ありますが、2022 年終了時点では電子化が完了したのは その 1 / 20 です。(毎日複数回使用する使用頻度の高いものを中心に選定)2022 年には年間約 700 時間を削減する目途が立ちました。また全体のうち日常的に使用するチェックシートを電子化することで年 3350 時間の削減と、転記・計算・集計に要する時間の削減を見込んでいます。取り組みはまだ始まったばかりですが、少しずつ効果を確認できるようになっています」(増田 氏)。

チェックシート電子化の取り組みは、時間削減効果だけにとどまりません。電子化が進むことでデータ分析やデータ活用も視野に入ってきます。技師長の大澤 氏はこう話します。

「現場の製造データを品質管理部門で分析し、その値を後工程や元工程にフィードバックすることで品質管理のレベルを向上させられます。今は紙なので、膨大なデータが蓄積されていくなか分析作業も紙をめくることで行っています。今後は、分析に必要なデータを自動で抽出したり、分析したデータを機器の故障やトラブルの予兆検知などに活用したりできるようになると考えています」(大澤 氏)。

グループ他工場への横展開もスタート、Power Apps でのシステム開発内製化の先にデータ活用や DX を見据える

さらに、内製化のカルチャー醸成や DX(デジタルトランスフォーメーション)に向けた人材育成という点でも効果が期待できます。梓の森工場におけるアプリ開発や内製化の取り組みは、スピリッツカンパニー内で情報共有され、取り組みが活発化するなかで、社内からの注目度も増しているといいます。高畑 氏は、こう話します。

「デジタル人材育成は波及的な効果として期待していたものです。ここにきて若手を中心に自分たちで使いやすいアプリを開発して働きやすくしようという意識ができつつあり、活気を帯びてきて若手の働きがい向上にもつながっていると感じます。予備品管理システムは山崎蒸溜所でも利用されるなど、開発したアプリを他の工場で使ってもらえるケースも出てきました。工場をまたがって予備品を管理できると、梓の森工場にない予備品を他の工場から支給してもらうこともできるようになります。開発したアプリやシステムを横展開していくことで開発効率が高まり、内製化や人材育成もさらに加速すると考えています」(高畑 氏)。

開発メンバーについては、2023 年から新たに 5 人をメンバーに加え、内製化の取り組みをさらに加速させていく方針です。

「内製化のメリットは、アジャイル型で現場の課題をすぐに開発にフィードバックできることです。開発メンバーが現場担当者なので開発サイクルはさらに早くなります。非常にユーザビリティーが高いシステムを作ることができると実感しています。特に Power Apps は、プログラミング言語を習得するような難しさがなく、初心者が取り組みやすいプラットフォームだと感じています」(瀬口 氏)。

「情報システムや開発について基礎的な知識が何もないなかで PowerApps 開発に参加することになりました。最初は IT や開発にも興味を持てず『なんでここにいるんだろう…』と非常に戸惑いました。そんななか、ヘッドウォータースさんには、リモートのペアプログラミングで基礎から丁寧に教えていただきました。途中で心が折れることなく自分で作りたいアプリを作ることができるようになりました。Power Apps は操作性も良く学ぶ環境も整っています。本当にゼロから開発ができるようになります」(小池 氏)。

高畑 氏が期待するように、今後、Power Apps で開発したアプリのグループ展開や Power Apps を活用した内製化・人材育成が進むことで、アプリによって収集されるデータの活用や DX も視野に入ってきます。マイクロソフトとヘッドウォータースはサントリーの取り組みをこれからもサポートしていきます。

*所属部署、役職等については取材時(2023 年 3 月)のものです。

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