それぞれ長い歴史を持つニチメン株式会社と日商岩井株式会社をルーツに持ち、現在は「New way, New value」というグループ スローガンの下、「発想」で新たな価値を創造するビジネスを実現し続けている双日株式会社。今後目指すべき姿として「Digital in All」を掲げており、これを支えるデジタル人材の育成が急ピッチで進められています。その一環として推進しているのが、業務現場の従業員が自ら必要なアプリケーションを作成、活用する「市民開発」。既に Microsoft Power Apps を活用した市民開発アプリケーションが数多く作成され、そのうち 80 以上が実際の業務現場で活用されています。まだ市民開発を開始してから 1 年程度ですが、市民開発アプリケーションがもたらす業務時間削減効果は 25,600 時間に達する見込みです。今後もこのような市民開発を拡大し、「だれもが特別に意識することなくビジネスの中でデジタルを使いこなせる」企業グループになることを目指しています。
デジタル活用の「進化・深化」のためには、アプリケーション開発を「あたり前」のものにすることが不可欠
日本だけに存在する独自の業態だと言われる、総合商社。戦前から幅広い商品の輸出入貿易や国内販売などを手掛け、戦後復興期や高度成長期も日本経済を牽引し続けてきました。その後、総合商社の事業モデルは、「トレーディング」から「事業投資」へと大きくシフト。そして今「商社 3.0」と呼ばれるものへと、さらに大きく変化しつつあります。この「商社 3.0」で目指すべき姿として「Digital in All」を掲げているのが双日株式会社 (以下、双日) です。
同社は 1862 年創業の岩井商店と 1874 年創業の鈴木商店が合併した日商岩井株式会社と、1892 年創業のニチメン株式会社が 2004 年 4 月に合併して誕生した、160 年以上にわたる歴史を持つ総合商社です。現在は国内外に約 400 社の連結対象会社を持ち、自動車やプラント、エネルギーや金属資源、化学品、食料資源など、多岐にわたるビジネスを展開しています。2021 年 4 月には「中期経営計画 2023 ~ Start of the Next Decade ~」を発表。2030 年に目指す姿を「事業や人材を創造し続ける総合商社」とし、DX をその重要な原動力として位置付けています。
「中期経営計画 2023 が発表された 2021 年 4 月には、社長自身を委員長とする DX 推進委員会が設置され、デジタル人材育成への取り組みが本格的にスタートしました」と語るのは、双日で CDO兼CIO兼デジタル推進担当本部長を務める荒川 朋美 氏。当初は DX 実装の最高責任者である CDO・CIO も社長が兼任していましたが、2021 年 10 月には CDO 室を設置し、同年 12 月に荒川 氏が CDO に着任。DX 推進の最高責任者である社長の下、双日グループ全体の DX 構想立案やその実装に必要な環境整備をリードしています。なおこの取り組みが始まった 2021 年 4 月には「DX 認定取得事業者」の認定も取得しています。
「双日が『Digital in All』で実現したいのは、幅広いビジネス領域でデータを活用しマーケットインを徹底すると共に、顧客ニーズに対応した課題解決にもデータ テクノロジーを活用し、デジタル実装を前提とした新事業の創出や事業価値の向上を推進していくことです。そのためには、アプリケーション開発を IT 部門だけの特別なものから、だれもがあたり前に行えるものにしなければなりません。つまりデジタル人材を幅広く育成することが、DX 推進の起点になると考えています」。
荒川 氏がデジタル人材育成を重視している背景には、総合商社ならではの事情もあると言います。
「双日には連結対象のグループ会社だけでも約 400 社あり、これら一社一社の DX をすべて本社で行うことは困難です。また、各社が自分自身で自在にデジタルを活用できるようにならなければ、デジタル活用の『進化・深化』もありえません。その一方で、総合商社の最大の強みは『人材』です。人が生み出す価値によって成り立つ業態であるからこそ、Digital in All に向けた人材育成が最重要課題となるのです」。
使いやすさを評価し「市民開発」のツールとして Power Apps を活用
このような考えの下、双日は図に示す「デジタル人材育成プログラム」をスタートします。ここで注目したいのが、業務現場でアプリケーション開発を行う「市民開発」を視野に入れたプログラム内容になっていることです。
まずレベル 1 とレベル 2 では、デジタルの基礎知識を主に座学で学び、共通言語で会話できる基礎的なリテラシーを身に着けていきます。レベル 1 は全社員、レベル 2 は全総合職が対象です。これらの基礎知識を身に着けた後、自組織や自らの業務効率化のためのアプリ作成に挑戦したい社員は、市民開発者向け研修を受講し、指定課題のアプリ作成と認定試験に合格することで、市民開発者としての認定を受けることができます。
そのアプリケーション開発ツールとして採用されているのが、Microsoft Power Apps です。その経緯について、双日 デジタル推進第二部 セキュリティ・デジタル推進課 課長の土屋 純平 氏は次のように説明します。
「市民開発で使う開発ツールは、ローコード/ノーコード ツールが適しています。そこで 5 製品をピックアップして比較検討し、Power Apps の利用を開始しました。その最大の理由は、アプリケーション開発の専門家でなくても使いやすいユーザー インターフェイスであること、また当社の基盤が Azure であり、メール サービスやその他利用のサービスとの親和性があることです。従業員が使い慣れた Microsoft Office と同じ感覚で、すぐに使いこなせると評価しました」。
実際に 2021 年 4 月に IT 部門に異動し、現在はデジタル推進第二部 セキュリティ・デジタル推進課に所属の山路 美伶 氏は、その使い勝手について次のように述べています。
「まず IT のバックグラウンドがない立場から、Power Apps がどのくらいの学習期間と知識で開発ができるのかをトライアルしました。実際に社内で使えるアプリを短期間で作成できることを実感し、全社展開への足掛かりを見つけました」。
2021 年 10 月には Power Apps のトライアル利用を開始。それ以前に山路 氏が作成していた機器貸出管理アプリに続き、コロナ禍のテレワークに対応した勤怠管理アプリなどが、デジタル推進部門の中で作成されていきました。ここで「全社への市民開発に使える」と確信し、2021 年 12 月には全社で使える環境整備と、前述の市民開発認定試験の準備に着手します。
また、プロジェクト推進にあたり、市民開発で作成したアプリケーションを継続的に維持・保守するためには、開発の標準化が肝になると判断。そこで、データのモデリング手法、コーディング規約といった開発ルールを定めるため、ローコード ツールの導入経験のある日商エレクトロニクス株式会社 (以下、日商エレクトロニクス) のメンバーに導入立ち上げから参画してもらい、展開準備が進められていきました。そして 2022 年 10 月には全社へと展開、Power Apps を活用した市民開発が本格的にスタートするのです。
既に 80 以上のアプリを業務で活用、ERP システムと連携したアプリも実現
「上から号令をかけたわけではなく、多くの人が自らやりたい、と手を上げてくれました」と土屋 氏。この 1 年で既に 230 人以上が Power Apps を活用した市民開発を始めていると言います。この市民開発とデジタル人材育成を支援している日商エレクトロニクスから、アプリケーションスペシャリストとして参画している SG事業本部 事業推進部 三課の伊藤 一風 氏は、双日における市民開発への支援で配慮していることについて、次のように述べています。
「まだ開発経験の浅い方は、課題解決に使える手法の選択肢が少ないのですが、できるだけ開発者の考え方を否定せずに、他の可能性についても考えていただくことを促しています。ここで重要なのは支援者が答えを出すことではなく、開発者自身が答えを見つけ出せるようにアドバイスすることだと考えています」。
統制の取れた運用体制の下、実際に業務で使うアプリケーションを市民開発する際には、野良アプリの発生を回避するため、開発申請を出す必要があります。これまでに申請されたアプリケーションの数は 160 を超えており、そのうち 80 を超えるアプリケーションが実際の業務で使われています。多くは従来紙や Excel で集計管理し、情報共有されていた業務であり、業務工数削減効果が出ています。
その 1 つとして土屋 氏が挙げるのが、営業部門にて利用をしている「在庫管理アプリケーション」です。これは営業部員とアシスタント職にて、複数の Excel ファイルを用いて在庫の管理、出荷依頼書の作成、倉庫との在庫の付け合わせをしていたものをアプリケーションにしたものです。業務時間削減のみならず、人為的なミスを減らすというような定性的な効果も上がっています。
「双日では ERP システムと連携するアプリケーションも作成されています」と語るのは、伊藤 氏と共に双日の市民開発支援に参画している、日商エレクトロニクス SG事業本部 事業推進部 三課の福冨 昭憲 氏。その 1 つが「伝票承認システム」であり、在宅勤務でも承認が行えるようにすると共に、改正電子帳簿保存法にも対応していると言います。「このアプリケーションは 2021 年 6 月に最初のリリースが行われましたが、その後 2021 年 11 月と 2022 年 2 月に改修されています。アプリケーション リリース後の改修が行いやすいことも、Power Apps の重要なメリットです」。
これらの他にも、「業務時間可視化アプリケーション」「新卒面接管理アプリケーション」「社内提出物管理アプリケーション」など、さまざまなアプリケーションが作成され、業務利用されています。中には「配船管理アプリケーション」といった、総合商社ならではの業務アプリケーションも。これらがもたらした業務時間削減効果は、合計で 25,600 時間に達する見込みだと山路 氏は言います。
「当社では他のお客様からも、Power Apps を使いたいというご相談を受けることが増えています」と伊藤 氏。Power Apps を活用すれば開発スタイルを最初から標準化でき、マイクロソフトのコーディング規約も参考にしながら、ガバナンスとバランスのとれた市民開発を実現しやすいのだと言います。「しかしわずか 1 年でここまで市民開発を広げているのは、珍しいのではないかと思います」。
また、土屋 氏は「市民開発を推進したい企業と情報交換を行う機会も増えている」と言います。
2023 年 9 月には市民開発の新たなツールとして、Microsoft Azure OpenAI Service の活用に向けたプロジェクトもスタート。市民開発者に新しい技術を用いた業務効率化を体験してもらうためのハッカソンも企画しており、Azure OpenAI Service と Power Apps の連携も視野に入っていると言います。それでは双日は、最終的にどのような形の市民開発を目指しているのでしょうか。荒川 氏は次のように語ります。
「双日における DX のゴールは、さまざまなデジタルツールを誰もが特別に意識することなく、ビジネスの中で使いこなせるようになることです。もちろん適切なガバナンスは必要ですが、デジタル ツールの活用を完全に民主化し、だれもが使うあたり前のものにしたいと考えています。そのころには CDO という役職も不要になっているでしょう。私の仕事がなくなること、それこそが DX の最終目的地なのです」。
“双日が『商社 3.0』で目指しているのは『Digital in All』の実現です。そのためにはアプリケーション開発を IT 部門だけの特別なものから、だれもがあたり前に行えるものにしなければなりません」”
荒川 朋美 氏, デジタル推進担当本部長 CDO・CIO, 双日株式会社
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