トレーディングから事業投資、さらには事業会社の経営へと事業モデルを転換し、現在は約 1,700 社の連結事業会社と協働しながらグローバルにビジネスを展開している三菱商事株式会社。同社ではテキスト業務の効率化と、より良い投資判断および経営判断の支援を目指した、生成 AI の活用が進められています。そのために採用されているのが、Azure OpenAI Service。Azure Cosmos DB や Azure Synapse Analytics なども組み合わせながら、社内情報を学習した独自の AI エンジンの構築が行われています。この取り組みの推進役である ITサービス部では「生成 AI でもマイクロソフトが技術的に先行している」と判断。Azure 自体の優位性や周辺ツールの充実、各種オフィス製品との親和性なども高く評価されています。
社内で高まる期待に応えうる AI として ChatGPT に着目
2023 年 3 月に、Azure OpenAI Service で利用可能になった ChatGPT。これをビジネスに活用し、業務の効率化や新規サービス開拓を推進したい、と考えている企業は多いのではないでしょうか。その実現に向けて参考になるのが、既に Azure OpenAI Service の活用で先行している、三菱商事株式会社 (以下、三菱商事) の取り組みです。
同社は日本を代表する総合商社の 1 つ。世界約 90 の国、地域に広がる拠点と、約 1,700 もの連結事業会社と協働しながら、グローバルにビジネスを展開しています。もともとはトレーディングが事業の柱でしたが、事業投資を中心とした業態への転換を経て、現在では事業会社の経営へとビジネス領域を拡大しています。
「このような事業モデルの変化に伴い、社内で使われる IT も変化してきました」と語るのは、三菱商事 ITサービス部 プロセス変革推進チームでチームリーダーを務める倉島 秀典 氏。当初は基幹システムなどの SoR が中心であり、SoE と言えるものはメールやテレックス、内線電話くらいでしたが、次第に Microsoft SharePoint Server などを活用した SoE の利用が拡大、現在では SoR、SoE に加えて、データ活用のための SoI が重要な役割を果たすようになっていると言います。
このような変化の中で、AI の活用も積極的に進められていきました。既に 2015 年には、あいまい検索を実装した AI ヘルプデスクの構築に着手。その後も継続的に、複数ベンダーのテクノロジーや製品を活用しながら、自然言語処理によるテキスト解析の実用性を検証してきたと、倉島 氏は振り返ります。しかしその道程は、決して順風満帆とは言えないものでした。
「AI 活用案件は言語関連だけで 10 件近くに上っていましたが、その中でうまくいっていると自信を持って言えるものは決して多くはありません。これまで見えなかったものが見えるようになるのではないか、といった期待は大きかったのですが、テクノロジーがそれについていける状況ではなかったからです。その一方で近年では、テキストを扱う業務が増えており、社内の期待は以前よりもさらに大きくなっています。ITサービス部としては、AI 活用の成功事例につながるテクノロジーを見つけ出し、社内の期待に応えなければならない、という思いがありました」。
ここで ITサービス部が着目したのが、OpenAI が 2022 年 11 月に公開した ChatGPT でした。
「ディープ ラーニングや生成 AI が急速に進歩していることは以前からも認識していましたが、まだ、これは!と言えるほどではありませんでした。その状況を覆したのが ChatGPT の登場です。もちろんその活用にはさまざまなリスクがありますが、まずはこれを社内で使える状態にすべきだと考えました」。
課題は「安心、安全」に使える環境の整備、その突破口となった Azure
そのために最初に行われたのが、ChatGPT の概要と留意点を整理したうえで、従来の検索エンジンとの違いを明確に示し、それを社内に案内することでした。この案内を 2023 年 2 月に出した翌月には「MC-GPT構想」の策定に着手。タイトルにある「MC」とは、「Mitsubishi Corporation」の略です。
「ITサービス部は IT ガバナンスを担う部門なので、そこから出されるメッセージは AI 活用を制限する “後ろ向き” なものに捉えられがちです。このようなイメージを払拭するため、MC-GPT構想では『安心、安全な環境』で AI のメリットを享受できるようにすることを、第一に考えました。これならリスクを抑えながら、事業部門による活用を後押ししやすくなるからです」。
ここで課題になったのが、このような「安心、安全な環境」での ChatGPT 活用が可能なのかということでした。ちょうどこのころに、マイクロソフトが「OpenAI 社が提供する GPT エンジンを Azure 環境上で利用できる」ことを発表。ITサービス部は「Azure の環境であれば、ChatGPT を安心、安全に使うことができる」と評価し、Azure OpenAI Service の採用を決定します。
「当社は 2019 ~ 2022 年にかけて自社データセンター内のサーバー群を廃止していますが、この際に Azure によってクラウド化を実現しています。この経験から、マイクロソフトの環境はデフォルト状態でも高いセキュリティを確保しており、幅広い機能を PaaS で利用できることもわかっていました。マイクロソフトが OpenAI の出資元になり、ChatGPT を Azure で使えるのであれば、まさに渡りに船だと感じたのです」。
2023 年 4 月には Azure OpenAI Service を活用するための環境整備に着手。5 月からは 2 つのプロトタイプ アプリケーションを作成し、それらを社内評価のため 6 月にリリースしています。
「1 つは、マネージャー層を想定ユーザーとした『文章要約ツール』です」と語るのは、三菱商事 ITサービス部 プロセス変革推進チームの田中 雄偉 氏。その目的は、世界中から社員の届く膨大な情報を要約し、状況に応じて時間を節約できる状況を整えることだと説明します。
もう 1 つは「SHINE」と呼ばれるチャットボットです。三菱商事では 2015 年に最初の AI チャットボットを構築していますが、その大幅な進化版として提供したと言います。
周辺機能も活用し横展開しやすい環境を実現、利用部門と議論しながら次のステップへ
この一連の取り組みをスピーディに進めるためのパートナーとして選ばれたのが、株式会社ナレッジコミュニケーション (以下、ナレッジコミュニケーション) でした。Azure OpenAI Service 環境の整備とプロトタイプ作成で留意したポイントについて、ナレッジコミュニケーション ビジネス・デベロップメント部でマネージャーを務める中西 貴哉 氏は、次のように述べています。
「まず環境整備では、多様な用途で活用しやすいように、横展開が容易な構成にしました。そのために Azure OpenAI Service だけではなく、膨大な学習データを蓄積しやすい Azure Cosmos DB や、学習状況や活用状況を分析するための Azure Synapse Analytics、ユーザー インターフェイス作成のための Azure App Service を組み合わせています。また Azure OpenAI Service ではログが内部に蓄積されるようになっていますが、このようなデータも Azure Cosmos DB に蓄積し、お客様による独自性のある活用が行えるようにしています。さらにプロトタイプのユーザー インターフェイス開発では、ユーザー様がすぐに使いこなし、その効果を実感できるように配慮しました」。
このような配慮は、すぐに目に見える効果を発揮することになります。これらのプロトタイプ アプリケーションを利用した数多くの部局から、Azure OpenAI Service 活用に関する相談を持ちかけられることになったのです。これまでに引き合いがあったのは 12 部局。個々の業務に最適化された AI 活用に向け、活発な議論が進められていきます。
「ここでどのようなニーズがあるのかを整理した結果、共通するニーズが意外と多いことがわかりました。その 1 つが『社内問い合わせへの対応』です。これに関しては現在、経理部門と相談しながら、コーポレート共通のアプリケーション作成を進めています。また、さらにチャレンジングな取組として、過去の投資案件を学習させ、投資案件の検討にあたり分析すべきリスクなどをリストアップするアプリケーションの作成を目指し、プロトタイプの開発も進めています」 (倉島 氏)。
このようなアプリケーションでは、当然ながら社内情報を学習した AI が必要です。プロトタイプの開発ではマイクロソフトが提供する、インターネット上の情報を学習した AI エンジンをそのまま使いましたが、これからは社内情報を学習した独自の AI エンジンを作成していくことになると、田中 氏は語ります。
それではここまでの取り組みで実際に使ってきた経験から、Azure OpenAI Service をどのように評価しているのでしょうか。
「まず Azure 自体が、サービス規模がグローバルで圧倒的に大きく、日本語や英語だけではなくさまざまな言語を扱うことができ、テクノロジーのスピード感や安全性が高いという特長があります。実際に生成 AI の領域でも、マイクロソフトは他社よりも先行しています。その一方で、Azure Cosmos DB や Azure Synapse Analytics といった周辺ツールも充実しており、日常業務で使っている Microsoft Word や Microsoft Excel との連携も容易です。今後、Microsoft 365 Copilot による効果も期待しております」 (倉島 氏)。
今後もこの強力なラインアップを活かしながら、AI の業務利用を推進していきたいと倉島 氏。これによって業務の効率化のみならず、より良い投資判断や経営判断も支援し、企業競争力のさらなる強化に繋げていきたいと語ります。三菱商事が AI でどのような世界を作り出していくのか、これからも目が離せません。
“マイクロソフトの環境はデフォルト状態でも高いセキュリティを確保しており、ChatGPT を安心、安全に使うことができます。マイクロソフトが OpenAI の出資元になり、それを Azure で使えるのであれば、まさに渡りに船だと感じました”
倉島 秀典 氏, ITサービス部 プロセス変革推進チーム チームリーダー, 三菱商事株式会社
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