| クレイグ マンディは、
マイクロソフトコーポレーションの最高研究戦略責任者であり、直属の上司は
CEO
であるスティーブ バルマーです。マンディは、全社の技術戦略と長期投資を統括しています。マイクロソフト
リサーチやそのほかのテクノロジとリサーチのイニシアチブ、保健医療や教育に関するビジネスや数々のテクノロジ
インキュベーションを管理する役割を担っています。また、マンディは、テクノロジの政策、規制、規格について、世界各国の政府や財界リーダーたちと協力しています。
現職に着任する以前、マンディは、アドバンスト
ストラテジおよびポリシー担当チーフテクニカルオフィサーを務めていました。会長であるビル
ゲイツと共に、技術、ビジネスおよびポリシーといった領域におけるマイクロソフトの包括的な世界戦略の立案を担当していました。
マンディは
1992
年にマイクロソフトに入社し、コンシューマー プラットフォーム部門の立ち上げと運営を任され、Windows
CE
オペレーティングシステムや、Handheld
PC、Pocket
PC、Auto
PC
用のソフトウェアなど、PC
以外のプラットフォームとサービスの開発を担当しました。また、マイクロソフトのデジタル
TV
への取り組みを立ち上げ、WebTV
Networks
社の買収や運営にも力を発揮しました。マンディはさらに、マイクロソフトのソフトウェア開発戦略に大きな影響をもたらした「信頼できるコンピューティング(Trustworthy
Computing)」の取り組みを、最初に指揮した人物でもあります。
2000
年 8
月には、当時のクリントン大統領によって、ホワイトハウスの諮問機関のひとつであり、全米の通信インフラにおけるセキュリティ問題の解決を目的とした国家安全保障通信諮問委員会のメンバーに指名されました。2002
年の 4
月には、最新のテクノロジと情報の活用を通じて、新たなセキュリティ問題に取り組む「情報時代の国家安全保障に関する特別調査委員会」のメンバーに任命されました。このほか、2002
年の 2
月以降、外交問題評議会のメンバーとして活動しています。無党派的なメンバーから構成されるこの評議会は、米国の国際社会に対する理解の促進、および米国政府の外交政策への提言を目的とした研究と公表のための機関です。
マンディは、ジョージア工科大学在学中の
1970 年に、Systems
Equipment Corporation
(SEC)に於いて、Data
General の
NOVA
コンピュータ向けに設計されたオペレーティング システムの開発を担当し、自らのキャリアをスタートさせました。SEC
が、Data
General
に買収された後もその仕事を継続し、Data
General
の
INFOS
データベースを開発しました。1977 年には、Data
General
が米国ノース カロライナ州のリサーチ トライアングル パークに新たに設置した開発施設に移り、所長を務めました。1982
年、マンディは、Alliant
Computer Systems
を 3
人で創設し、超並列計算機の開発を進めました。同社の
CEO
に就くまでの間、彼はさまざまな役職を務めました。1992
年、同社が活動を停止したのに伴い、マイクロソフトに入社しました。
マンディは、ジョージア工科大学で電気工学の学士号と情報理論およびコンピュータ
サイエンスの修士号を取得しています。ボートで旅をし、船上で余暇を過ごすことを楽しみとしているマンディは、既婚者であり、既に結婚した娘が一人います。
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