【大本命】マイクロソフト、本気のスタートアップ支援
マイクロソフトではスタートアップを技術面やビジネス面から支援するプログラム「Microsoft for Startups」をグローバルで実施。
このプログラムを活用すると、クラウド基盤や技術支援を享受できるだけでなく、マイクロソフトが持つエンタープライズ・エコシステムを活用した事業開発やセールスの支援まで得られるのだが、日本ではあまり認知されていない。
そこで、スタートアップ事情を熟知するグロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの高宮慎一氏をオブザーバーに、日本マイクロソフトでスタートアップを支援する原浩二氏と廣瀬一海氏、このプログラムを活用しているブロックチェーン企業のLayerX CEOの福島良典氏とCTOの榎本悠介氏に、「Microsoft for Startups」について語っていただいた。
知られざるスタートアップ支援
高宮 マイクロソフトは「Microsoft for Startups」というスタートアップ支援プログラムを提供されていますが、日本では最近始まったばかりで、あまり知られていないと思います。具体的にどんなサービスなのか、教えてください。
原(マイクロソフト) 世界で14を超える国と地域で展開している、独自の革新的なテクニカルソリューションを持つBtoBスタートアップ向けの支援プログラムです。
具体的には、「営業支援」やマイクロソフトのパートナーやお客様である大企業とスタートアップをつなげる「事業支援」、マイクロソフトが持つ全世界の知見を生かした「技術支援」を提供しています。
さらに、クラウドサービスのMicrosoft Azureの無償利用や、Azure以外のマイクロソフト製品の提供も行っています。
高宮 たしかにマイクロソフト製品は大企業が使っている印象があります。そのぶん、スタートアップ支援のイメージが湧きにくいかもしれません。
原(マイクロソフト) そうですね。ただ、大企業のお客様との深いお付き合いは強みです。
それも、クラウド時代からの関係性ではなく、WindowsやOffice製品などオンプレミス(ユーザー所有型システム)系製品からの古いお付き合い。
この大企業とのお付き合いを活用して、スタートアップが事業成長を促進するための「共創」ができるのは、単なる技術支援や製品を安価に提供する支援プログラムとは異なる、マイクロソフトならではの強みだと思います。
ナデラCEOによって変わった3つのこと
高宮 スタートアップにメリットは多いですが、マイクロソフトはこの支援制度でどのようにマネタイズ、ビジネスにつなげているのですか。
原(マイクロソフト) マネタイズは長期的に考えています。スタートアップはさまざまな面で余裕がないなか、私たちがこの支援制度でマネタイズを真っ先に考えていたら、誰にも相手にされません。
私たちの立ち位置としては、まずは応援者。インフラを無料または安価に活用いただき、ビジネスを立ち上げてほしいと思っています。
インフラを活用してビジネスが大きくなれば、私たちのベネフィットにもつながるので、支援当初の段階で短期的なビジネスを考えているわけではないんです。
高宮 長期目線での収益化を考えているのは、スタートアップにとってありがたいことだと思います。失礼ながら、今までマイクロソフトにそんなイメージがなかったので意外でした。
原(マイクロソフト) 2014年にサティア・ナデラがCEOに就任したことが、企業文化の変化につながっていますね。ナデラの就任後、新しい技術への投資と長期視点での収益化を一層重視するようになったんです。
そして、もう一つ大きな変化は「オープン化」です。
それ以前のマイクロソフトは、OSからミドルウェア、アプリケーション、サービスなど、お客様に自社のプロダクトを使ってもらおうとしていたので、他社製品との連携という観点では十分とは言えない状況でした。
しかし、ナデラ就任後は、お客様が求めているものがあれば、その領域で強い他のプロダクトやサービス、たとえ競合製品でも積極的に手を組むようになりました。
一例を挙げれば、今はAzure上で動作する仮想マシンの約半数がLinuxで稼働しているほど。「オープン戦略」へと大きくシフトチェンジしたんです。
榎本(LayerX) エンジニアからすると、別会社になったのかなと思うくらいガラリと変わりましたよね。
原(マイクロソフト) 以前は、他社製品との競争に打ち勝つことが最優先でしたからね(笑)。
現在は、社員向けのデバイスも、iOSやAndroid、MacOSなどWindows以外の選択肢も用意されていますし、ナデラ自身もカンファレンスのデモでiPadを使うこともあります。細かいことですが、オープン化を表していると思います。
高宮 マイクロソフトのビジネスの主戦場がOS からクラウドに変わった証しかもしれませんね。
原(マイクロソフト) そうです。採用メッセージでナデラは「自分がクールなことをやりたいならマイクロソフトに来なくていい。周りの人をクールにしたいならぜひ来てほしい」と話していました。
それくらい裏方としてお客様を支援する立場に徹しています。
ブロックチェーン・機械学習に強い「Azure」
高宮 支援プログラムに参加するスタートアップはMicrosoft Azureが使えるとのことですが、スタートアップ界隈だと他のクラウドサービスが普及しているイメージがあると思います。
他のクラウドサービスとの違いは、どのあたりにあるのでしょうか?
福島(LayerX) 大きな違いのひとつは、マイクロソフトには国内外でAzureによるブロックチェーンの実装事例が多数あること。
僕らは創業時、原さんに声をかけてもらって初めてこの事実を知り、すぐにプログラムに参加しました。現在、大企業のブロックチェーン案件にいくつか携わっています。
榎本(LayerX) エンジニアとしても、複数企業をまたぐシステムはどう設計するとより良いのか、サーバー運用はどうすればいいのかなど、具体的な疑問に対して的確なアドバイスをもらえるのはありがたいです。
妄想や予測ではなく事例が元になっているのは、他にないと思います。
廣瀬(マイクロソフト) それは、グローバルでブロックチェーンを導入してきた苦労の結晶です。クラウドの後発組だからこそ、最新技術に先手を打ってきました。
たとえば、自動車製造に関わる複数企業をひとつのチームにしてワークフローを改善したり、貿易領域で複数社が押印しないと製品を輸出できず3週間かかっていたワークフローを、デジタル印鑑にしたことで3日に効率化したり。
ブロックチェーンで大企業の仕組みを変えるために必要な知見、システム設計などのノウハウは世界的にも多いと思います。
福島(LayerX) これまで、資金や人材などリソース面から、スタートアップには複数企業が絡む大規模なワークフローは作れませんでした。
でも今はそのチャンスがあり、そのインフラを担っているのがマイクロソフト。
ブロックチェーンだけでなく、マイクロソフトは機械学習にも強いので、クラウド時代の知能を作っているイメージがあります。
スマホアプリの興隆期は、AWSが裏側にいたからスタートアップがサーバーを持たずに簡単にネットサービスやアプリを開発できました。
しかし、機械学習やブロックチェーンを誰もが簡単に使える仕組みをつくるには莫大な設備投資が必要です。
Azureがその領域でのAWS的ポジションになってくれると、BtoB系のスタートアップは成長速度が加速すると思います。
原(マイクロソフト) まさに、最近では自動運転やロボティクスをはじめ、AI、IoT系のスタートアップが使い始めてくれていますし、提携も進んでいます。
技術的相性がいいと感じてもらっていますが、最初はみなさん「知らなかった」と言うので認知度の低さが課題ですね。
榎本(LayerX) 僕らも知らなかったけれど、この半年から1年の間で、周りにいるスタートアップ界隈の人たちに徐々に知られてきた感覚はありますよ。
マイクロソフトは「プリセールスパートナー」?
高宮 オープンイノベーションは大企業とスタートアップの熱量やスピードの違いからうまくいかないことも往々にしてあります。
スタートアップ支援プログラムでは具体的にどのように大企業とスタートアップを連携させて事業支援につなげているのでしょうか?
廣瀬(マイクロソフト) たとえば、大企業が「ブロックチェーンに興味がある」と言っていたとしても、初期段階からスタートアップに同行してもらうことはありません。
「ブロックチェーンとは何物か」という話から始まるため、理解してもらうまでには時間がかかりますし、失注も多い。
だから、具体的にイメージできるまで我々が説明と提案を繰り返し、「実装したい」という意思決定がされたタイミングでスタートアップとつないでいます。
福島(LayerX) LayerXの場合、ブロックチェーン関連のコンサルティングプロジェクトは、直取引でも一部行っています。
多くの場合「ブロックチェーン=仮想通貨」というイメージを持たれているので、まずはコンサルとして入って「ブロックチェーンとは何か」を理解してもらうのですが、これには2〜3カ月かかります。
その上で、その企業や業界の業務フローを理解して要件を絞り提案するのですが、このフェーズにも2〜3カ月がかかってしまう。
このフローをマイクロソフトが代わりにやってくれているイメージですね。
半年をかけてようやく案件化するところまでをマイクロソフトが担ってくれるので、バトンタッチされた僕らは実装するのみ。もはや、プリセールスパートナーです。
大規模リソースが必要でも資金面の必要無用
高宮 案件化するまでマイクロソフトがナーチャリングするとは、本当にプリセールスパートナーですね。
限られたリソースのスタートアップからしたら、すでに大手クライアントを抱えているマイクロソフトが、そこまでコミットしてくれるのは大きいですよね。
廣瀬(マイクロソフト) ありがとうございます。たとえば、縦軸に並ぶインダストリーをブロックチェーンが横軸でつなげると、企業間の働き方改革が実現します。
我々はあくまで、それを支えるインフラであり、SIerにはなりません。
公共事業者のような立ち位置で、黒子としてスタートアップに寄り添う存在に徹しているのも、大企業やスタートアップが組みやすい要素だと思います。
榎本(LayerX) 実際、かなり好きにやらせてもらっていますね(笑)。
二次請けではなく大企業のお客様とタッグを組んでいいものを作れる環境があるのは魅力です。それから、ありがたいのがAzureを無料で使える枠をかなりいただいていること。
原(マイクロソフト) LayerXに限らず、支援を受けるスタートアップは、最大1200万円分までAzureの無償利用枠を拡張できます。
高宮 それはすごい!
榎本(LayerX) そうなんです。ブロックチェーンはコンピューティングパワーを使うので、サーバーはかなり大掛かりになります。
だから、仮にシステムをいくつか試したいと言われても高処理スペックのサーバーを用意するのは資金的に厳しい。
それがお金を気にせずにできるので、積極的にチャレンジできるようになりました。
PoCではない、グローバルの実例がビジネスを加速
榎本(LayerX) ブロックチェーンは技術だけを追求していたのではダメで、各業界の業務知識、業務プロセスをある程度理解していないと提案できません。
ですから、LayerXは毎日社内で1時間ほどさまざまな業界の業務知識を学ぶ勉強会をしているのですが、技術の追求と全業界の理解の両方を実現させるのは現実的ではない。
だからLayerXは対象領域をまずは金融業界に絞りました。
その点、マイクロソフトはどうやってさまざまな業界の業務フローを理解しているのですか?
廣瀬(マイクロソフト) 2008年にブロックチェーンが誕生した頃、マイクロソフト内に圧倒的理解者がいないといけないと思っていました。
2017年にスタートアップ支援を始めてからは「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」というミッション通り、大企業からスタートアップまですべての理解者として、世界中でブロックチェーンのショーケースモデルを作ってきました。
事例はグローバルで2000社を超え、国内でも200社を超えています。これらを作る過程で、業界ごとの知見はグローバルで蓄積されていきました。
しかも、事例を積み重ねたことで、今では「このモデルならうまくいく」「ここが隙間になっているから新しいビジネスを生み出せる」というのが明確にわかるように。
この情報をスタートアップと共有することで、新しいビジネス創出につながっています。
榎本(LayerX) そのナレッジ、めちゃくちゃ欲しいです(笑)。
世の中に出ているのは「PoC(新しい概念やアイデアの検証)をやっています」という情報だけで、結局それがどうなったのかがわからないんですよね。
でも、マイクロソフトの場合は実装された事実があるので、情報として本当に強いと思います。
高宮 VC(ベンチャーキャピタル)もその情報は欲しいです(笑)。
スタートアップがグローバルに出るきっかけに
福島(LayerX) LayerXを立ち上げ、「Microsoft for Startups」を知ってマイクロソフトとの協業関係が深くなっていますが、実は僕、スタートアップ支援プログラムに参加する前から、マイクロソフトの隠れアンバサダーなんです。
原(マイクロソフト) 隠れないでくださいよ(笑)。
福島(LayerX) 数年前から明らかにプロダクトが使いやすくなったので何だろうと思ったら、社長が交代してプロダクト思考に変わっていた。
戦略も明確ですし、ビジネスの裏側に徹すると表明してから時価総額も上がった。
だから、スタートアップの経営者たちに「最近マイクロソフトがイケてるよ」と布教して回っていました。
そして、プログラムに参加してからは、マイクロソフトのオープン戦略やインフラに徹する方針、収益化も長期的視点で見てくれるなど、リアルにマイクロソフトの変革を体感しています。
榎本(LayerX) それに、マイクロソフトの人たちがここまでスタートアップである僕らに寄り添ってくれるとは、想像もしていませんでした。
原(マイクロソフト) オープン戦略になって大きく変わりました。今後は、海外ネットワークも活用して国内のスタートアップがグローバル進出していくための支援も行っていきたいと考えています。
クラウドといえばAWSというイメージがあるかもしれませんし、まだまだやらなければいけないことはたくさんあります。
スタートアップをテクノロジー、セールス、ビジネスディベロップメントなどさまざまな観点で支えることで、徐々にでもスタートアップにマイクロソフトの今を知ってもらえるよう力をつくします。
※本記事は News Picks Brand Design (2019/8/19) からの転載です。