グループ全体で 10 か所の建造拠点を保有し、新造船建造量が国内トップとなっている今治造船株式会社。ここではオンプレミスの仮想化基盤上で運用されてきた基幹系システムが、Microsoft Azure ネイティブの IaaS へと「リフト」されています。これにより、オンプレミス システムにありがちな「オーバースペック」を回避し、TCO を大幅に削減。データ バックアップやバッチの処理時間短縮も実現しています。またこの移行にあたっては、Azure Migrate による必要リソースのアセスメントや、Azure Migrate & Modernize による各種支援、Azure への移行でさらに 3 年間無償でセキュリティ更新プログラムを受けられる Windows Server 2012 の拡張セキュリティ更新プログラムなども活用。FastTrack for Azure もプロジェクトに参画し、テスト フェーズで発生した問題のスピーディな解決などで、大きな貢献を果たしています。
ハードウェア保守切れのタイミングで、基幹系システムのクラウド リフトを決断
サーバー ハードウェアの保守期限切れが迫った際に、次のシステムをどのように構築すべきか。これは多くの IT 担当者を悩ませる、重要問題の 1 つではないでしょうか。しかしこのタイミングをチャンスと捉える企業も少なくありません。基幹系システムをオンプレミスから Azure へと移行し、TCO の大幅な削減に成功した今治造船株式会社 (以下、今治造船) も、そのような企業の 1 社だと言えるでしょう。
同社は愛媛県今治市に本社を置く、国内最大手の造船メーカー。愛媛県、香川県、広島県、山口県、大分県の瀬戸内海沿岸を中心に、グループ全体で 10 か所の建造拠点を保有し、日本 1 位の建造量を誇ります。1956 年に鋼船の建造をして以来、2,900 隻を超える船舶を竣工。そこで築き上げてきた技術力と自信を次なる革新への原動力とし、新しい造船の可能性を切り拓き続けています。
「今回クラウド化の対象となった基幹系システムは、国産ベンダーとともに構築を行い、2018 年に稼働を開始したものです」と説明するのは、今治造船 経営企画本部 情報システムグループでグループ長を務める谷山 幸洋 氏。その稼働環境は VMware で仮想化され、合計 38 VM で構成されていたと振り返ります。「システム構築や開発などの準備期間も含め、インフラとなるサーバー ハードウェアは 2015 年から使い始めていました。そのため延長保守も含め、2022 年には保守期限がくることになっていたのです」。
この保守期限切れを見据え、2020 年 12 月には次期基幹系システムの検討に着手。当初はオンプレミスを継続するか、パブリック クラウドに移行するかの二択で検討が進められていきました。しかし検討を進めていくうちに、パブリック クラウドへの移行が有力候補になっていったと言います。
その理由について「オンプレミスではハードウェア スペックを固定する必要があり、長期的なキャパシティ プランニングを行うと、どうしてもオーバースペックになってしまうからです」と説明するのは、今治造船 経営企画本部 情報システムグループ システム開発チームで、チーム長を務める山下 麻樹 氏です。これに対してパブリック クラウドであれば、スペックを自由に変化させることができ、オーバースペックを回避しやすくなります。その結果、TCO を削減できる可能性が高くなるのだと語ります。
2021 年 6 月には、オンプレミスで稼働中の基幹系システムに関するアセスメントを実施。CPU やメモリー、ストレージなどのリソース使用率の平均値やピーク値などが実測されます。その後、最終的にパブリック クラウドへの移行を決定。ここで移行先として選定されたのが Azure でした。
Azure Migrate を活用し適正リソース量を算定、オンプレミスの半分程度にまで削減
それではなぜ基幹系システムの移行先として、Azure を選んだのでしょうか。その理由について、今治造船 経営企画本部 情報システムグループ ITインフラチームでチーム長を務める村上 博敏 氏は、次のように説明します。
「既に 2020 年 8 月からワークフロー パッケージを Azure の IaaS 上で動かしており、その稼働率がきわめて高いことを評価した結果、パブリック クラウドは Azure を選択すべき、という結論に至りました。このワークフロー システムは、これまで一度も計画外停止したことがないのです。またデータ バックアップが容易なことも、Azure 採用を後押しすることになりました」。
移行作業を担当するパートナーは、オンプレミスでの基幹系システム導入を担当した国産ベンダーを選定。まずはビジネス ロジックをまったく変えず、基幹系システムやミドルウェアもそのまま、Azure の IaaS へと移行することに決定します。
2021 年 11 月には、オーバースペックになることを回避するため、Azure への移行ツールである「Azure Migrate」を活用したアセスメントも実施、「適正リソース量」の割り出しが行われています。「これによって Azure 上で確保すべきリソース量は、オンプレミスのころの約半分まで削減できました」と村上 氏は述べています。
その後、費用の算出や作業分担の明確化、社内調整などを実施。2022 年 1 月には移行計画の策定に着手しています。
「社内調整の段階では、パブリック クラウドに基幹系データを置くことにセキュリティ上の懸念を持つ声もありましたが、Azure のセキュリティがきわめて堅牢であることを説明して、納得していただきました。またオンプレミスと比較してコスト メリットがあることも、クラウド移行を承認してもらううえで重要な判断材料になったと考えています」 (村上 氏)。
2022 年 12 月には移行プロジェクトがキックオフ。環境構築やシステムの移行、稼働テストなどで発生する可能性がある技術的問題を迅速に解決するため、FastTrack for Azure (FTA) もこのプロジェクトに参画しています。
「FTA が参画していたおかげで、テスト中に発生した問題をスムーズに解決することができました」と言うのは山下 氏。実はバッチ処理で想定していたパフォーマンスが出ずに移行パートナーと悩んでいたところ、FTA がホスト キャッシュの設定変更を提案、これによってパフォーマンスが劇的に改善されたのだと説明します。
「FTA の助言がなければ、ストレージのスペックを上げて対応し、コスト増につながるところでした。FTA は Azure の詳細な中身に加えて、その活用に関するベスト プラクティスを熟知しています。そしてその知見から導き出された意見をはっきり言ってくれるため、実に頼りになる存在だと感じました。ここで得られた知見は、私達自身のナレッジにもなっています」。
クラウド環境では Azure ネイティブへ、オーバースペックの回避で初期コストを 38% 削減
今回の移行では、「Azure Migrate & Modernize (AMM)」も活用されています。これは移行費用の支援や、移行設計内容をベスト プラクティスと比較してチェックする、設計レビューなどのサポートを行うプログラムです。
また、既存の基幹系システムは OS として 2023 年 10 月に延長サポートが終了した Windows Server 2012 を利用していましたが、Azure への移行でさらに 3 年間無償でセキュリティ更新プログラムを受けられる拡張セキュリティ更新プログラムを活用することで、OS もそのまま Azure へと移行しています。これによって OS のバージョンアップに伴うリスクを回避できたのです。
2023 年 8 月には移行を完了し、Azure 上でのサービス提供をスタート。クラウド化に当たっては、Azure ネイティブの IaaS に直接 OS を載せ、基幹系システムや各種ミドルウェアを動かしています。
それではオンプレミスから Azure へと移行したことで、実際にどれだけのコスト削減効果が得られたのでしょうか。
「まず初期費用はオーバースペックを回避したことで、38% 削減できました。ランニング費用は、オンプレミス サーバーのハードウェア保守や、データセンターの利用料が Azure 費用に一本化されたことで、11% 削減されています。なおログ管理やマルウェア対策なども、Azure の機能に集約しています」 (谷山 氏)。
今回の移行でもう 1 つ注目したいのが、データ バックアップが効率化されたことです。以前に比べてバックアップ時間が、63% 短縮されたのです。またバックアップを含む夜間バッチ処理全体の時間も、38% 短縮されています。
「今回はオンプレミス システムを Azure に “リフト” しただけですが、今後はさらなる変革に挑戦することになるでしょう」と谷山 氏。ここで重視しているのが、柔軟性の高いシステムを実現することだと語ります。
「造船業界は中国、韓国からの攻勢もあり、さらなる厳しい競争環境となることが予想されています。当社ではこれまでも、M&A、新たな技術開発や改善取り組みを積極的に進めてきましたが、これまで以上に加速していく可能性があります。これを支えるためには、オンプレミス時代の遺産や考え方から脱却しなければなりません。PaaS/SaaS の活用やアプリケーションのモダナイズも含め、クラウド時代の幅広い選択肢を視野に入れながら、将来のシステム像を作り上げて行きたいと考えています」。
FastTrack for Azure(FTA)は終了したプログラムで、現在は提供されていません。
“オーバースペックを回避したことで、初期費用を 38% 削減できました。またランニング費用も、オンプレミス サーバーのハードウェア保守や、データセンターの利用料が Azure 費用に一本化されたことで、11% 削減されています”
谷山 幸洋 氏, 経営企画本部 情報システムグループ グループ長, 今治造船株式会社
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