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2025/01/28

スクウェア・エニックスがゲームエンジン活用支援に Azure OpenAI Service を活用、質問に回答する AI チャットやコード自動生成を実現

ゲーム開発を支えている「ゲームエンジン」は、開発に必要なさまざまな機能が集約されており、その全体を隅々まで理解することは簡単ではありません。スクウェア・エニックスの内製ゲームエンジン開発部門にも、社内ユーザーである他部門のゲーム開発者から日々数多くの質問が寄せられており、担当者の負担増につながっていました。その一方で、質問しやすさ・気軽さの向上も課題になっていました。そこで、ゲームエンジンの活用支援を効率化するために着目されたのが、質問を容易にする生成 AI チャットボットの活用でした。

国内サーバーが利用でき海外へのデータ流出の心配がないなどの特長を評価し、生成 AI として Azure OpenAI Service (GPT-4) を採用。Slack と連携して質問に回答する AI チャット「ひすいちゃん」をわずか 3 日で構築し、2024 年 2 月にリリースしました。その後も、機密性の高い質問をクローズドな状態で行えるローカル アプリや、「データ生成を行う Python コード」の自動生成も実現。さらに 2024 年 6 月には、これらの生成 AI 機能をゲームエンジンと統合しています。

ゲーム開発者が気軽に質問できるようになり、ゲームエンジン担当者の負担も軽減しました。またデータ作成についても生成 AI に相談しやすくなり、自動生成されたデータがどのような表現になるのかも、ゲームエンジン上で即座に確認できるようになっています。新人開発者はこれをチュートリアル代わりに活用しており、プログラマー以外の開発者もデータ生成の Python コードを作成することも可能に。ドキュメント作成に対するゲームエンジン開発者のモチベーションが向上したことも、大きな効果だと評価されています。

SQUARE ENIX CO LTD

「ゲームエンジン」の活用支援を効率化するため生成 AIに着目

さまざまな作品が次々にリリースされ、世界中で膨大な数の人々が楽しんでいるコンピューターゲーム。近年は 3次元で空間やキャラクターを表現するものが主流となっており、物理法則を忠実に再現したものも増えています。このようなゲームの開発を支えているのが「ゲームエンジン」です。ゲームキャラクターやゲーム空間に必要な 3次元アセットの作成と管理、それらを動かすための入力処理やアニメーション制御、視覚効果を生み出すグラフィック機能、物理法則の適用や音響効果や音楽に至るまで、多様な機能がゲームエンジンに集約されています。

このゲームエンジンを生成 AIと融合させたのが、「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」などの超ビッグタイトルで知られる世界有数のエンターテインメント企業、株式会社スクウェア・エニックス (以下、スクウェア・エニックス)です。

「私たちも市販のゲームエンジンを使用してゲーム開発を行うこともありますが、内製で作成したゲームエンジンを使ったゲーム開発も行っています」と説明するのは、2023年まで Luminous Productionsのスタジオヘッドを務め、現在はスクウェア・エニックスの AI&エンジン開発ディビジョンジェネラルマネージャーを務める荒牧岳志氏。ゲーム開発の必須ツールになっているため、これを理解できないと開発作業はできないのだと語ります。

「しかしゲームエンジンには多岐にわたる機能があり、ドキュメント量も6,000ページを越えています。これをすべて読んでいる開発者は、まずいません。そのためエンジン開発を担う AI&エンジン開発ディビジョンには、日々数多くの質問が寄せられています。その一方で、質問することに心理的なハードルを感じ、困っていても質問しない方もいます」。

質問が多すぎるとゲームエンジン担当者の負担が増大してしまいますが、困ったことを質問しない開発者がいることも、ゲーム開発の生産性を阻害する要因になります。これらの問題を同時に解決するために荒牧氏が着目したのが、2022年 11月に ChatGPTの登場で大きな注目を集めた、生成 AIを活用したチャットボットでした。

「ただし当初は、チャットができるだけではゲーム開発での活用は限定的だと考えていました。しかし 2023年 7月に GPT-4がリリースされたことで、状況は大きく変わりました。プログラムやデータも生成 AIで作成できるようになったからです」。

そこで荒牧氏のチームは、ゲームエンジンと生成 AIの統合に向けた検討に着手。まずは開発者からの質問に回答するチャットの作成を行うことにします。それが、Slack上でチャットを行う「ひすいちゃん」です。使用する生成 AIとしては、Azure OpenAI Serviceを採用。その理由を荒牧氏は次のように説明します。

「能力の高い生成 A Iを使いたい場合には、現時点ではどうしてもクラウド型のものを採用する必要がありますが、海外にサーバーがあるものはデータセキュリティの懸念がありました。しかし Azureであれば国内サーバーが利用でき、この問題を回避できます。また、顧客データを勝手に学習しない、倫理的に不適切な内容を返答しない、といったことを、マイクロソフトが保証していることも重視しました」。

荒牧 岳志 氏, AI&エンジン開発ディビジョン ジェネラルマネージャー, 株式会社スクウェア・エニックス

能力の高い生成AIを使いたい場合には、現時点ではどうしてもクラウド型のものを採用する必要がありますが、海外にサーバーがあるものはデータセキュリティの懸念がありました。しかし Azure であれば国内サーバーが利用でき、この問題を回避できます。また、顧客データを勝手に学習しない、倫理的に不適切な内容を返答しない、といったことを、マイクロソフトが保証していることも重視しました

荒牧 岳志 氏, AI&エンジン開発ディビジョン ジェネラルマネージャー, 株式会社スクウェア・エニックス

GPT-4を活用した AIチャット「ひすいちゃん」をわずか 3日でリリース

「ひすいちゃん」の中身は、Azure Functions上で稼働するイベント処理プログラム、ドキュメントや質問内容を保存するための Microsoft Azure Blob、使用言語の検出や翻訳を行う Azure AI Translator、Blob上のドキュメントを検索するための Azure AI Search、そして回答を生成する Azure OpenAI Service (GPT-4)で構成されています。Slackに質問が投稿されると、Slack App Event APIによって Azure Functionsに通知、Azure AI Searchで検索された内容で RAG (Retrieval-Augmented Generation)が行われ Azure OpenAI Serviceが回答を生成、その内容を Slackに投稿するようになっています。

「Slackのイベント処理プログラムは Pythonで記述していますが、そのコードは Microsoft Copilotが作成してくれました。システム構成も含めすべて社内で行いましたが、わずか 3日で完成しています」 (荒牧氏)。

「ひすいちゃん」のキャラクターは幼い子供と設定。これは、AIが間違えた回答をした場合でも、ユーザーが笑って許してくれるようにするためと、荒牧氏は語ります。また、「人ではなく AIが回答する」ことへの利用者の抵抗感を小さくすることも、ねらいの 1つだと説明。なお Slackに表示するアイコンも、Copilotで複数生成したものの中から選んでいると言います。

「ひすいちゃん」を最初にリリースしたのは 2024年 2月。当初は誤回答も多いのではないかと考えていましたが、予想以上に賢い回答をしてくれていると言います。

「ドキュメントをすべて読み込んだ状態で回答を行うのに加えて、Slackで行われた過去のやり取りも学習しているため、ドキュメントには記載されていないことを回答することもありますが、その内容は思っていた以上に適切です。また回答の際に、ゲームエンジンの該当部分を担当している人にもメンションを送るようになっているため、回答内容に問題がある場合には担当者がコメントでき、その内容も日々学習するようになっています」 (荒牧氏)。

「1対 1で会話する一般的なチャットとは異なり、多数を相手にしたチャットにしていることも『ひすいちゃん』の大きな特長です」と言うのは、スクウェア・エニックス AI&エンジン開発ディビジョンでシニアプログラマーを務める小野哲平氏。質問した人だけではなく、他の開発者も質問と回答のやり取りを見ることができるため、質問を行うことへの敷居が下がっていると語ります。もちろんゲームエンジン開発担当者の負担も軽減しています。質問に対してまず「ひすいちゃん」が回答を行い、学習を積み重ねることでその精度も向上し続けているからです。

そしてもう 1つ注目したいのが、「ひすいちゃん」の口調です。キャクター設定に合わせて、口調も子供らしく親しみのわくものにしてあるのです。

「ここで驚いたのが、一度プロンプトで設定した口調が、長いプロンプトを使用しても、複数の会話にわたって変化しないことです」と荒牧氏。ほとんどの生成AIは、以前に入力したプロンプトを時間の経過とともに忘れてしまう傾向があるのだと言います。「過去のプロンプトを憶え続けてくれるのは、現時点でも GPT-4だけです。検討当初から GPT-4の抜きん出た能力を評価していましたが、それは今でも変わりません」。

小野 哲平 氏, AI&エンジン開発ディビジョン シニアプログラマー, 株式会社スクウェア・エニックス

生成 AI をゲームエンジンに組み込んだことで、データ作成について生成 AI に相談しやすくなり、データ生成の Python コードも自動生成されるため、プログラマー以外の開発者でも簡単にゲームのデータを作成できるようになりました。またそれが実際にどのような表現になるのかも即座に確認可能で、普段使わないデータも紹介してくれるので、開発者の視野を拡大するという効果も生まれています

小野 哲平 氏, AI&エンジン開発ディビジョン シニアプログラマー, 株式会社スクウェア・エニックス

Pythonコードの自動生成も実現、 100人以上が使っても月額使用料は 10万円未満

「ひすいちゃん」のリリースで大きな手応えを感じた荒牧氏のチームは、すぐに次の開発に着手します。ここで作成されたのが、C#で記述されたローカルアプリと、それに対応するための Azure Functions上の各種アプリです。

「Slackへの質問では質問内容がいったん他のクラウドサービスにわたり、記録も残ってしまいますが、C#のローカルアプリは直接 Azureに質問内容を渡すため、クローズドな状態で質問できます」と荒牧氏。またローカルアプリからの質問内容は RAGで使用されないようにしているため、他の人に知られたくない内容も質問しやすくなっていると説明します。

これと並行して、ゲーム開発に必要な各種データの自動生成に向けた取り組みも始まっています。内製エンジンでは JSONをベースにした独自フォーマットでゲームのデータを作成および管理していますが、それを生成する Python コードを Azure OpenAI Serviceで自動生成できるようにしたのです。

「この取り組みは、GPTでデータを直接生成する、データ生成を行う Pythonコードを生成する、という2つのアプローチを検証することからスタートしました」と小野氏。最終的に Pythonコードを生成することにしたのは、大きく 2つの理由があったからだと言います。「1つは、社内独自のデータフォーマットでは十分な学習ができないのに対し、Pythonコードは世の中に数多くのサンプルがあるため学習が容易なこと。もう 1つは、階層構造を持った JSONデータを直接生成するよりも、それを生成するコードを作成しておいた方が高い精度で作成できるからです」。

さらに 2024年 6月には、これらをゲームエンジンに組み込んでいます。最初の「ひすいちゃん」をリリースしてからわずか 4か月。実にスピーディな動きだと言えるでしょう。その効果について小野氏は次のように語ります。

「生成 AIをゲームエンジンに組み込んだことで、データ作成について生成 AIに相談しやすくなり、データ生成の Pythonコードも自動生成されるため、プログラマー以外の開発者でも簡単にゲームのデータを作成できるようになりました。またそれが実際にどのような表現になるのかも即座に確認可能。普段使わないデータも紹介してくれるので、開発者の視野を拡大するという効果も生まれています」。

また「新人開発者にはチュートリアル代わりに使われることも多い」と小野氏。「ひすいちゃん」とのチャットを通じて「それっぽいデータ」を生成してくれるため、データ作成の最初の一歩を踏み出しやすいのだと言います。

これらに加えて小野氏は「ゲームエンジンの開発者がドキュメントをきちんと書くようになったことも大きな効果です」と指摘。以前は「数千ページもあるドキュメントを読んでくれる人はいないだろう」と考え、ドキュメント作成が後回しになる傾向がありましたが、今では「ひすいちゃん」が全ページを読み込んでくれるので、ドキュメント作成のモチベーションが高まっているのです。

さらにスクウェア・エニックスでの生成 AI活用では、もう 1つ見逃せないポイントがあります。それは利用コストが非常に低く抑えられているということです。現在は 100人を越えるユーザーが使っていますが、Azure OpenAI Service (GPT-4) の利用料金は月額 5万円程度に収まっており、周辺サービスを含めても月額 10万円に満たないと言います。

「最新の GPT-4は登場したての GPT-3.5よりも安い一方で、処理能力は圧倒的に優れています。バージョンアップも行われているため、Azure OpenAI Serviceのコストパフォーマンスは、どんどん高くなっています」 (荒牧氏)。

今後は「ひすいちゃん」が学習する情報を、さらに拡大していく計画です。現在はゲーム開発プロジェクトごとにデータ管理が行われていますが、それらを統合していくことも検討されています。「生成 AIの成果を高めていくには、学習データをどこまで揃えられるのかが重要です」と荒牧氏。「そのためのデータ集約でも、Azureを積極的に活用していきたいと考えています」。

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