メイン コンテンツへスキップ
業界

これからの AI 時代において、消費流通業界が秘める大きな可能性

未曾有のパンデミックを経て、オンラインからリアル店舗へと顧客が回帰しようとしている今、消費流通業界においては、ここ数年で変化した顧客のニーズに対応し、新たな顧客体験を提供するために、DX の加速とデータ活用の推進が求められています。

一方で、そのほとんどが小規模事業者である我が国の消費流通業界においては、専門人材の雇用やデジタル ツールの導入・活用が難しい場合も多く、業界全体の DX が遅滞する大きな要因のひとつとなっています。

そこで注目されるのが AI の活用です。生成系 AI の普及が進み、専門人材でなくても AI を活用できるこれからの時代、消費流通業界は目覚ましい変革を進められる可能性を秘めているのです。

本稿では、我が国の消費流通業界の DX を牽引している今村修一郎氏に、今の消費流通業界が抱える課題とその解決策、そしてこれからの消費流通業界が目指すべき DX の形をお聞きしました。

今村修一郎氏

一般社団法人 リテール AI 研究会 テクニカル アドバイザー

今村商事代表取締役

マイクロソフト認定システムエンジニアの資格を日本最年少で取得。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、P&G ジャパンにてビッグデータ分析や機械学習関連の開発に従事し、分析チームでは日本人初の管理職に昇進。2017 年に一般社団法人リテール AI 研究会に参加し、テクニカル アドバイザーとして、IT 技術を駆使した流通小売業の改革に取り組む。2021 年より今村商事の代表取締役に就任。消費流通業界全体のデジタル化の推進を支援している。

DX 推進を妨げてきた、我が国ならではの課題とは

――消費流通業界には、現在どのような課題があるのでしょうか?

今村 まずひとつ日本独自の課題として挙げられるのが、人口あたりの小売店の多さですね。我が国では米国と比べて 4 倍ほどの小売店が存在しています。例えば化粧品メーカーだけでも登録されている企業だけで 7000 社ほど。ドラッグストアの店頭を思い浮かべていただければわかると思いますが、ヘアケア商品だけで 700 もの商品が陳列されています。なかには半年に 1 点しか売れないというようなものも含まれているんですよ。

――消費者にとっては選択肢が増えていいことのように思えますが、どこに課題が潜んでいるのですか?

今村 たくさんの小売店が存在する背景には、卸問屋の存在があります。我が国ではメーカーと小売店が直接取引をすることは稀で、卸問屋がその間に入ることで商品のスムーズな流通を実現しています。卸問屋があるからこそ、メーカー側は仕分けや集金の手間を省け、小売側は物流の確保や入金管理をしなくても済む。この日本独自の商慣習によって、小規模な小売業者も淘汰されずに生き残れるわけです。

ですが、この環境を効率化やデジタル化という視点で見ると多くの課題が浮かんできます。たとえば一部の企業が需要予測や自動発注といった施策を進めよう呼び掛けようとしても、声をかけなければいけない事業者が限りなくあるため、頓挫してしまうのです。

――たしかに、大手の SM チェーンならまだしも、地方の小さな小売店やメーカーにとっては DX と言われてもピンとこないかもしれませんね。

今村 とはいえ、労働人口の減少が進む我が国の消費流通業界においては、DX は欠かせません。これまでも多くの小売業者が企業の垣根を超えて改革を進めてきました。例えば、これまでは商品情報のフォーマットが決まっていなかったことでメーカー、卸売業者、小売業者がそれぞれ商品情報を登録する必要があったために無駄な作業が膨大に発生していましたが、私も所属する一般社団法人リテール AI 研究会が主管となって商品情報を統一する仕組みづくりに取り組んでいます。

これからの消費流通業界の変革では AI が大きな可能性を持つ

――そのような業界内の取り組みにおいて、デジタル技術はどのように貢献できるのでしょうか?

今村 商品情報に関して言えば、現状ふたつのデジタル化施策を進めています。ひとつは各社ごとに異なるフォーマットを AI の力を借りて自動生成したり修正したりする仕組みづくり。もうひとつは登録作業自体を人力ではなく RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション) によって自動化する仕組みづくりです。これらのデジタル化施策によって、省力化や登録ミスの削減が可能となります。

実は、商品情報の統一化は私たちの真の目的ではないんです。現状小売業の現場では、余計な作業に手間を取られてデータの分析に充てる時間がありません。デジタル化によって効率化、省力化することで、データを分析、活用して仕入れや売り場改善につなげるという新たなチャレンジに挑む時間を創出するのが、真の目的なのです。

――その目的を達成するために、AI が持つ可能性については、どのようにお考えでしょうか?

今村 小売業界でも社内 Q & A で活用できるチャットボットの導入など、AI の活用は進んでいると聞いています。ただ私はそういった活用方法ではなく、業務プロセスにおいて人間が困っている部分を AI によって解決することに興味を持って取り組んでいます。 例えば部門ごとの過去の売上データを分析して活用しようとしても、2 〜 30 ある部門の、さらに枝分かれした売り場のどこに注目するかといった分析は、人力だけでは難しいものがあります。

そこで、生成 AI に過去データを読み込ませると、どの部門に改善機会がありそうかを答えてくれる。そんな使い方に大きな可能性を見出しています。実際に私たちも、そういった仕組みをつくって検証を進めているところです。

生成 AI の活用で売上 50% アップを実現

――具体的な事例もあるのですか?

今村 はい。ある地方で数店舗規模のほぼ家族経営のような SM チェーンで「納豆と一緒によく購入されているアイテム」を検証したことがあります。

納豆は多くの家庭で日常的に購入される商品なので他商品との相関を見出すのはかなり困難なのですが、生成 AI を通してデータを分析したところ、「岩のり」がよく一緒に購入されているという結果が出たんです。そこで岩のりを納豆売り場のすぐ近くに置いて「納豆と一緒に食べると美味しいですよ」といった POP をつけて販売したところ、岩のりの売り上げが約 10 倍になりました。

この事例は、これまでは現場の勘と経験と度胸で仕入れや売り場づくりをしてきた部分を AI によって代替し、さらに精度を高められたという点で、消費流通業界に大きなインパクトを与えられると考えています。

――それはすごいですね。納豆を買った本人も、おそらく意識して一緒に岩のりを購入している人はあまりいないでしょうし、つまり潜在的な消費行動も露わにできたということですよね?

今村 まさにその通りですね。私たちは、この検証のポイントは地方の小さな小売業者でも実践できたという点にあると考えています。私たちのつくった仕組みはマイクロソフトの Azure Databricks を活用しており、ネット環境とブラウザさえあれば動作して従量課金で使用できるので、小規模事業者でも導入しやすいものになっています。この岩のりの事例は、データ分析の専門人材を雇う経営体力がない事業者が、生成 AI のおかげで専門人材を雇ったのと同じような効果を得られた好例と言えると思います。

生成 AI はいわば自動運転。新たな世界観を築くコラボレーションに期待

――生成 AI の発達は、今村様の取り組みを前進させるのに大いに役立っているとお考えでしょうか。

今村 そうですね。ChatGPT のリリース前後では、全く状況が変わったと感じています。自動車に例えると自動運転に近づいたイメージというか。これまではデータ分析という「車」はあったものの、乗りこなすためには運転の仕方を学ぶ必要がありました。でも今は生成 AI という自動運転機能ができた。これによって、データ活用の敷居はかなり下がったと感じています。

大きな企業であっても、Azure Databricks や Power BI といったデータ分析ツールを使える人材は限られていますが、生成 AI は現場でレジ打ちをしているパート従業員でも扱うことができる。これはとても大きな違いだと思います。

――Azure Databricks や Power BI といったワードが出てきましたが、日本マイクロソフトとの協業についてはどのように評価されていますか?

今村 私の経営する今村商事は日本マイクロソフトのパートナー企業ですので、マイクロソフト製品を活用する事例を創出することはひとつの協業の形だと思っています。それとは別に、小売事業者のほぼ 100% がマイクロソフト製品を活用しているという点は、私たちにとって大きなメリットだと思っています。POS レジなどの基幹系システムの OS はほぼ Windows ですし、そこから取得したデータを分析するための OpenAI 系のサービスとも相性がいいですからね。

――今後の消費流通業界における DX の展望についてお聞かせください。

今村 実は、消費流通業界はデジタルととても相性がいいんです。というのも、多くの事業者が POS レジを通して会計処理を行っており、そこには非常に純度の高いデータが揃っている。例えば広告業界を考えると、ユーザーの ID がサイトごとで雑多に存在したり、商品コードもサイトによってバラバラだったりします。つまりデータを分析しようとする際にはクレンジングに多大な手間がかかるんです。

一方小売業界では JAN コードという共通のコードがあって、これが同じであればどこで購入しても同じ商品だということがわかります。データがとても綺麗なんですね。どんなに強力なアルゴリズムを持つ AI をつくったところで、取り込んだデータが不十分だったり不正確だったりすればその価値は大きく下がってしまいますから、データ・ドリブンなこれからの時代においては、POS レジに蓄積されたデータは大きな財産になると思います。

また、例えばゲーム業界のデータはほぼ無課金ユーザーと言われていますが、消費流通業界はほぼ 100% が課金ユーザーですから、その行動分析は売上に直結する。つまりデータ分析からマネタイズしやすい業界だと言えます。

――日本マイクロソフトにはどのようなことを期待されますか?

今村 ChatGPT が登場したことで、今後は分析の対象がぐんとひろがりますし、消費流通業界にはもともと純度の高いデータが膨大にそろっています。つまりこの業界では、今後さまざまな AI の活用方法や事例が生み出されていくはずです。 マイクロソフトさんにはそれを支援する製品やサービスが揃っていると思いますが、それら自体のアピールよりも、それらを活用することでこの世界がどのように変わっていくのかを示す役割を担ってほしいですね。私たちも、その後ろ盾となる事例づくりを通して、より一層密接に協業していきたいと思っています。

――ありがとうございました。