Microsoft Azureで実現するAIモデルによる医療画像解析
Executive Summary
- 医療画像分析領域へのAI活用は2010年代より急増しており、特に昨今の大規模言語モデルによって診断精度の向上や医師の業務負荷低減等、新たな価値創出が期待されております。
- Azure AI Foundry上では、新たに複数の医療画像向けAIモデルがリリースされ、容易に画像の分類、検索、腫瘍部分の抽出、レポート作成等が可能になります。
- 医療画像に関連する取り組みとして、Alliance for Healthcare from the Eye (AHE)での網膜イメージングに関する新たなアプローチが始まっております。
- AI/生成AIのような新たな技術革新と各国の法整備やルールのバランスを鑑みて、ヘルスケア業界の様々なステークホルダーがメリットを享受できるようなアプローチを模索していく必要があります。
- 医療画像分析のこれまでのトレンド、重要性
医療画像分析は従来、放射線科医や画像診断医による経験的解釈に基づき進められてきましたが、近年ではAI技術の進展により大きく変革を遂げています。特に、ディープラーニングを活用した深層畳み込みニューラルネットワーク(CNN)は、画像分類、臓器や病変のセグメンテーション、画像再構成など、さまざまな解析タスクで急速にその性能を向上させています [1][2]。
また、「基盤モデル」と呼ばれるZero shot / Few shot learningに対応する大規模言語モデルが登場し、マルチモーダルの医療画像(X線、CT、MRI、超音波、病理画像など)を横断的に処理可能となりました [3]。
また、2013年以降、主要な文献データベースにおいて、深層学習を核とする医療画像研究の発表数は年々増加しており、著名な研究者や機関による成果も多数見られます [4]。
ヘルスケアAIの商業化は急速で、2025年時点でグローバル医療画像解析AI市場は約105億米ドルに達し、2025~2033年の年間成長率(CAGR)は約28%と見込まれています。この成長は、慢性疾患の増加、高齢化社会の進行、臨床現場におけるAI導入の加速などが背景です [5]。
また、米国を中心に医療機関やシステムレベルでAI採用が急速に拡大しており、ヘルスケア業界全体でAIの導入率は一般企業の2倍以上にまでなっています [6]。
一般的な医療画像分析の重要性と期待される効果として、下記があると想定されます。
- 診断精度の向上と診断時間の短縮
AIは微小病変や陰影の検出において人間より高い精度を示す例があり、多くの症例で誤診削減や迅速な診断が期待されています。例えば、スタンフォード大学では胸部X線による肺炎検出で放射線科医を超える精度を達成しています [7]。
- スタッフ負担の軽減と業務効率化
AIによる自動読影・レポート生成(例:胸部X線所見の自動報告)により、医師や診断技師の業務負担が軽減され、より複雑な症例への対応や患者接触にリソースを集中できます [8]。
- 早期発見・スクリーニングの推進
AIは偶発所見やリスクの高い集団のスクリーニングに活用されており、早期治療の機会を拡大しています。米国では肺がんや心疾患にも応用が進んでいます [8]。
本稿では、従来Azure OpenA Service等の大規模言語モデルを提供するPlatformであった、Azure AI Foundry上にて提供される3つの新たな医療画像向けAIモデルの特徴及びユースケース、そして関連する取り組み例をご紹介します。
- Azure AI Foundry上で利用可能な医療AIモデル
現在、Azure AI Foundry上では様々な医療AIモデルにアクセスすることが可能です [9]。これらのモデルは、Microsoft Researchや、パートナー企業様と共同で開発しております。医療機関様やヘルスケア関連企業様は、このモデルを使用して、特定のニーズに合わせて調整された AI ソリューションを迅速に構築してデプロイし、1から同様のモデルの構築することと比較して、広範なコンピューティングとデータの要件をゼロから最小限に抑えることが可能です。本内容では、Microsoftが1st partyとして提供している3つの医療AIモデルについて、ご紹介いたします。
1つ目は、“MedImageInsight”という医療AIモデルです [10]。対応する画像の種類は非常に幅広く、X線、CT、MRI、臨床写真、ダーモスコピー(皮膚科画像)、組織病理学画像、超音波、マンモグラフィーなどが含まれます。
このモデルの評価結果の詳細を記した論文も発表されております [11]

本モデルの利用用途としては、下記が想定されます。
- 類似症例検索(画像検索)
X線画像をアップロードすると、過去の症例データベースから類似画像を検索し、参考情報を提示。皮膚科やマンモグラフィーなどでも同様に、診断補助として活用可能。
- 疾患分類
新しい疾患や条件に対して、追加学習なしで分類できるため、迅速な対応が可能。例えば、胸部X線で肺炎や結核などの疾患を自動分類が可能に。
- 外れ値検出(異常画像の発見)
大量の画像データから、異常なパターンを持つ画像を自動検出。研究や品質管理で、データセットのクレンジングにも役立つ可能性有。
- 医療研究のデータ解析基盤
埋め込みベクトルを使って、疾患間の類似性分析やクラスタリングを実施。新しい診断アルゴリズムや治療方針の研究に活用。
- 教育・トレーニング用途
医学生や研修医向けに、症例検索や診断練習のためのAI支援ツールとして利用。多様なモダリティの画像を一括で扱えるため、包括的な学習が可能。
2つ目は、CXRReportGenという医療AIモデルです [12]。医療画像診断のレポート作成には、次のような要件があると理解しております。
- 詳細な画像の解釈
- 複数の情報の統合(過去の画像との比較を含む)
- 正確で自然な文章生成
これらの要件を満たすため、医療AIモデルは有効なアプローチの1つと想定されます。CXRReportGenは、過去にMicrosoft Researchから発表された放射線画像に関するレポートを作成させるMAIRA-2というモデルと同じフレームワークを利用しております [13][14]。
本モデルの利用用途としては、下記が考えられます。
- 自動レポート作成(胸部X線検査)
患者の胸部X線画像を入力すると、AIが所見リストを生成し、放射線診断レポートを自動作成。医師の負担を軽減し、レポート作成時間を短縮。
- 過去画像との比較レポート
現在の画像と過去の画像を統合し、変化や進行状況を明確に記載。治療効果や疾患の進行度を把握する際に有用。
- 根拠付きレポート(グラウンディング)
所見ごとに画像上の位置情報を示し、AIが生成した文章の透明性を確保。医師がAIの判断を検証しやすくなる。
- 教育・トレーニング用途
医学生や研修医向けに、AIが生成したレポートと画像の対応関係を学習。診断スキルの向上に役立つ。



そして3つ目は、MedImageParse/MedImageParse 3D、というモデルです [15]。
生物医学画像の解析は、細胞生物学、病理学、放射線学などの分野で新しい発見をするために欠かせません。
従来は、画像内のオブジェクトを「セグメント化」「検出」「認識」するタスクがそれぞれ別々に処理されていたため、全体的な解析効果が限定的でした。
そこで登場したのがMedImageParseです。
このモデルは、複数のオブジェクトタイプやさまざまなイメージングモダリティに対応し、セグメント化・検出・認識を統合的に実行します。さらに、セグメント化されたオブジェクトに意味情報を付与し、タスク間の相互関係を活用することで、精度を高め、新しい応用を可能にします。
例えば、ユーザーはシンプルなテキストプロンプトを入力するだけで、画像内のすべての関連オブジェクトを自動的にセグメント化できます。これにより、従来必要だった境界ボックスの手動での指定が不要になります。
また、MedImageParse 3Dは、CTやMRIなどの断面画像を含む3Dボリューム全体を処理し、3次元のセグメント化マスクを生成します。これにより、より詳細で立体的な解析が可能になります。
これらのモデルの詳細な仕様や検証結果についても発表されております [16][17]。


具体的な利用シナリオは下記になります。
- 病理画像の自動解析
組織病理学画像から細胞や組織構造を自動的にセグメント化し、異常部位を検出。がん診断や研究における病理画像解析を効率化。
- 放射線画像の臨床支援
CTやMRI画像で臓器や病変を自動的にセグメント化し、診断補助に活用。3Dセグメント化により、腫瘍の体積測定や治療計画に役立つ。
- 細胞生物学研究
顕微鏡画像から細胞や細胞内構造を検出・認識し、定量解析を自動化。大規模な細胞画像データの解析に対応。
- 異常検出とデータ品質管理
医療画像データセットで外れ値や異常な構造を検出し、データクレンジングに利用AIモデルの学習用データの品質向上に貢献。
*現在、本セクションでご紹介した医療AIモデルは、研究とモデル開発を目的としてリリースされており、臨床現場でそのままデプロイすることは意図されておらず、健康状態や病状の診断または治療を用途として設計されたものではありません。お客様は、医療 AI モデルのあらゆる使用に対して単独で責任を負うものとします。
- 関連する取り組み例
医療画像に関連する関連する取り組みとして、Alliance for Healthcare from the Eye (AHE)をご紹介します [18]。AHEは、医療機関のコンソーシアムであり、医療システム、医師、保険者、研究者、政策立案者、規制当局、データプライバシーの専門家、産業界および政府の代表者で構成されています。弊社も参画している本取組では、AHEは、現実の医療現場においてオキュロミクス(眼科データを活用した医療技術)の倫理的かつインパクトのある導入を促進することで、手頃な価格の医療へのアクセスを拡大し、臨床成果の向上を目指しています。
現在の活動内容としては、下記になります。
網膜イメージングは、糖尿病性網膜症のスクリーニングに使用できる非侵襲的な検査手法です。定期的な網膜スクリーニングが、他の多くの心血管疾患や神経疾患のリスクを特定するために利用できます。
解決策として、Nuance Precision Imaging NetworkとTHI Harmonyプラットフォームを活用したクラウドベースの医療提供者ネットワークにより、患者と医療提供者は、ロボティックで迅速かつ非侵襲的な眼のスキャンを通じて、全身性疾患や神経疾患の事前スクリーニングに参加できるようになります。
想定される効果として、簡易的な非侵襲的なスクリーニング手法は、糖尿病などの疾患の早期診断を改善する可能性を持ち、同時に他の臨床状態に関する洞察を提供する可能性もあります。
MicrosoftとNuanceのプラットフォームのスケーラビリティを活用することで、これらの画像診断手法はより多くの患者に届けられる可能性があります。
- 今後の展望
上記のように、Azure AI Foundry上から、複数の最新の医療画像AIモデルにアクセスすることができ、クラウドならではのスケーラビリティ等のメリットも同時に享受することが可能です。
一方で、AI/生成AIが診断・治療に医療的責任を伴う中で、データバイアス、透明性、公平性への検証は不可欠です。また、各国の法律、ルールに基づいたアプローチをとっていく必要があります。
テクノロジーの発展と安全性への考慮のバランスを重要視ながら、ヘルスケア領域におけるAI活用による既存業務の効率化、新たな価値創造に向けたご支援を継続して参ります。
参考文献