“本プロジェクトでは、学生の皆さんに当社事業所を見学いただき、事業内容や業務の進め方を学んだうえで、社員と直接対話しながら実際の業務課題を把握してもらいました。
その過程で、特許翻訳という専門性の高い領域に対して、柔軟な発想とAI技術を掛け合わせた提案をしてもらい、大変有意義な共創の機会となりました。
学生の皆さんの主体的な取り組みに、私たちも多くの気づきと示唆を得ることができました。”
企業概要
シスメックス株式会社(Sysmex Corporation)は血液や尿などを調べる検体検査を中心に事業を展開する日本発のグローバルヘルスケア企業です。臨床検査機器・診断薬・関連ソフトウェアの開発から製造・販売・輸出入まで一貫して手がけており、主な検査分野はヘマトロジー(血液学)・血液凝固・尿検査です。
国立病院や大学などの医療機関を中心に世界190以上の国・地域に製品・サービスを提供し、「Sysmex Way」というグループ企業理念のもと「ヘルスケアの進化をデザインする。」ことを使命に、新たな検査技術の創造を通じて医療の発展と人々の健康的な生活を支えています。
近年はAIやデータサイエンスの活用にも注力し、Microsoft Azure上に社内向けの安全な生成AI基盤を構築するなど、社内業務のDX推進に積極的に取り組んでいます。また、本社所在地である神戸に開設された「Microsoft AI Co‑Innovation Lab KOBE」(以下「神戸ラボ」)を、開所当初から賛助会員として支援し、AIによる業務高度化やイノベーション創出を産官学連携で推進しています。
プロジェクトの目的と背景(共創の意義)
本プロジェクトは神戸市が主導する 「学生×企業の共同開発プロジェクト」 として企画され、シスメックスは産学共創によるDX人材育成・課題解決を目的にこのプログラムへ参加しました。
大学生と企業が実際のビジネス課題に共同で取り組むこのプログラムは、単なる技術研修を超えてリアルな現場課題を起点としたイノベーション創出を狙いとしており、産官学が一体となって約5か月にわたるプロジェクトを実施した点が特徴です。
企業側にとっての意義
企業課題を学生の斬新な視点から課題を再定義することで、従来とは異なる解決策やアプローチの可能性を見出すことができます。さらに、企業が人材育成や産学連携を支援し地域イノベーションに貢献する場とも位置付けられており、社内のDX推進に向けた文化醸成や社会的な価値創出の両面でメリットがあります。
学生側にとっての意義
抽象的な演習ではなく企業の直面する実際の課題に向き合い、要件定義からプロトタイプ開発・検証まで一貫したプロジェクトを経験できる貴重な機会です。産業界のメンターやマイクロソフトのエンジニアと共同作業することで、実践的なスキルやチーム開発の手法を学び、大学での学びを現場に応用する力を養います。また「AIそのものを開発する」のではなく「AIを使って価値を生み出す」視点を身につける場となり、最先端技術を道具として社会課題解決に活用するマインドセットを育むことができます。
プログラムの構成
本プログラムは2025年9月から2026年初頭にかけて実施され、事前準備・学習と5日間のスプリント開発を組み合わせた長期の共創プロセスで進められました。まず開始段階ではシスメックス側と学生チームとの顔合わせ・事前研修を実施し、その後、シスメックス側の課題共有と技術打ち合わせを実施するオンボーディングでは、プロジェクト目標の擦り合わせやデータの事前準備、Azure AIの基本操作のトレーニングなどを実施し、短期開発に向けた下地を作りました。
続いて、マイクロソフトのエンジニア支援のもとで5日間の開発スプリントが開催され、学生チームとシスメックス担当者が現場課題の解決策となるAIソリューションのプロトタイプ開発に集中的に取り組みました。5日間の開発期間では、学生主体で「特許文書の翻訳誤りを自動検知し改善提案するAIシステム」の構築に取り組み、(1)PDF特許文書からの高精度なOCR解析と、(2) 大規模言語モデル(LLM)を用いた翻訳文の誤訳判定&修正案提示、という二つの主要機能を実装することに成功しました。
スプリント終了時には成果発表会を実施し、開発したプロトタイプのデモンストレーションと成果の共有が行われました。
活用したMicrosoft Foundryサービス・技術
Azureクラウド基盤上で、Microsoft Azureを基盤クラウドとして活用し、各種Azure Machine Learningを用いたパイプライン構築と、Azure OpenAI in Foundry ModelおよびFoundry Tools、AIによる特許翻訳の品質向上ソリューションを構築・検証しました。
アーキテクチャは、Azure Machine Learningを中核とした実験・開発基盤上で、Azure ML NotebooksとPrompt Flowを用いて一連の処理を統合管理する構成です。
検証データはNotebook上で処理され、Foundry ToolsのDocument Intelligenceによりセグメント単位でOCR、構造化テキストとして抽出されます。 抽出されたテキストはAzure Translatorにより機械翻訳され、高品質なベースライン翻訳を生成し、結果はAzure Blob Storageに保存されます。
翻訳結果は Prompt Flow 上で 埋め込みモデルを用いたルールベース、およびAzure OpenAI in Foundry Models上のLLMベースの誤訳スコアリングにより評価されます。 最終的なスコアリング結果を出力することで、翻訳品質の検証についてエンドツーエンドで実行可能な構成となっています。
アーキテクチャ図
スプリントでの開発内容と技術ハイライト
5日間の開発スプリントでは、上記の技術を組み合わせて二段構えの翻訳チェックAIを構築しました。まずDocument Intelligenceで特許PDFから文章・構造データを抽出し、抽出結果を機械翻訳(Azure Translator)して日本語訳文を取得。続いてPrompt Flow上でLLM(GPTモデル)を活用した誤訳リスクの判定アルゴリズムを実行し、もし誤訳の可能性が高い文があればより適切な翻訳候補をLLMが提案しました。また並行して、LLMには頼らないルールベースの誤訳検知ロジックも開発され(例:用語辞書との照合や固有表現抽出に基づくスコアリング)、AI+ルールのハイブリッドによる高精度な評価を目指しました。これら複数アプローチのスコアを最終的に統合し、翻訳文中の疑わしい個所をユーザーにハイライト表示して修正案を提示するプロトタイプが完成しました。
このスプリント期間中、Microsoftのエンジニアチームは技術選定やクラウド環境構築を支援しつつも、開発の主役は学生チームに据えられました。学生たちは失敗を恐れずに自律的に実装と検証を重ね、わずか1週間で動くAIシステムを形にする経験を積みました。Microsoft側はコードレビューワーやメンターとして伴走し、詰まった際にその場で技術的な疑問を解消できる環境を提供しました。こうした実験的でスピーディな開発を通じ、従来数ヶ月〜年単位かかる検証を極めて短期間(5日間)で実現できることを参加者全員が実感しました。
学生側の学び・成果
学生は実社会の課題に即したAI開発を経験し、課題定義から検証までの一連のプロセスを体験。企業は次世代人材との共創で新たな発想や課題解決の示唆を獲得し、AI活用による業務効率化やDX推進への手応えを得ました。開発を経験する場となりました。自社内に蓄積された特許文書データやAIソリューション開発基盤(Azure環境)の上で試行錯誤を重ねることで、教科書にはない応用力を養う大きな学びの機会となりました。以下に学生側の主な成果をまとめます。
上流工程の思考力向上
企業担当者との議論やデザインワークショップを通じ、課題の本質を捉えて解決可能なレベルに分解・定義する力を培いました。技術実装に入る前の課題分析や要件整理の大切さを学び、問題設定力が向上しています。
先端技術の実践活用スキル
Azureクラウド上で生成AIやAI-OCRなど最新のテクノロジーをフル活用してシステムを構築・検証する経験を積みました。座学で得た知識を実際のプロジェクトに適用し、短期間で成果を出す開発スキルが習得できました。
チーム開発とプロジェクト推進力
プロのエンジニアと同世代メンバーと協働する中で、思考法・チーム開発・主体的な学びを体得できました。