わずか2時間でアイデアをアプリに― DXハッカソンから見えてきた行政手続デジタル化の可能性
政府が行う行政手続は、約5万8,000種類、手続件数にして年間21億件という膨大な業務量に達しています。このうち年間10万件に満たない中小規模の手続が5万7,000種類以上もあるのが、現在の行政の実情です。
国民や事業者がさまざまな行政サービスをよりスムーズに活用し、メリットを実感するためには、こうした中小規模の行政手続をより迅速かつ低コストで完了できるためのデジタル化が急務となっています。
もちろん行政手続のデジタル化の必要性は、行政職員にも大きな課題として認識されていますが、システムを個別に委託・構築しても、開発・運用のコストが増大化するため、頻度や件数の少ない業務では期待したほどの費用対効果が得られないなどの理由で、十分なデジタル化の検討がなされないまま立ち止まっています。従来のような個別でのシステム調達や外部委託を前提としない、ローコーディングツールや開発プラットフォームを活用した、内製化も見据えたデジタル化の手法が期待されています。
このような背景の下、2019年12月、経済産業省にて「行政手続デジタル化におけるPower Appsの可能性を実証するDX(デジタルトランスフォーメーション)ハッカソン(以下、DXハッカソン)」と題するイベントが開催されました。このイベントは、Microsoft Power Apps(以下、Power Apps)を活用し、省内で実際に時間を要している業務、非効率的な業務について、1週間前に課題を提示したうえで、2時間弱の時間内でどこまでアプリケーション開発のプロトタイピングが進められるかを検証したものです。
今回の DXハッカソンは、Winテクノロジ株式会社、株式会社アグレックス、インフォシェア株式会社、日本ビジネスシステムズ株式会社(社名順不同)の4社協力のもとで開催されることとなりました。
4チームに分かれてテーマ別の検証的実証(ハッカソン)を実施
今回のDXハッカソンでは、次の4つの検証テーマが設定されました。
テーマ①:業界団体等へのお知らせ等に対する、明示的な送達確認
各省庁は、さまざまな施策の周知や利用推進を促すため、各業界団体に対して「依頼・要請」の連絡を行っており、この送達確認に関する業務を、より効率的・合理的にこなせるようにすることが本テーマの目的です。今回対象とするのは、経済産業省が所管している約800団体に対する到達確認です。
経済産業省 デジタル化推進マネージャーの酒井 一樹 氏からは、「メールの開封通知を使えばどうかという意見もありますが、単に開封したことしかわからず、そもそもメールシステムによっては開封通知を拒否しているケースもあり、常に正確な確認を得られるとは限りません。また、各団体から受け取った返事を手作業でExcelに再入力する無駄な作業もなくしたいと考えました。最終的には、団体ごとにアクティビティを記録することで、省全体として一貫性のある対応をすることを目指しています。Power Appsを使ってどれだけ汎用的、なおかつ再利用可能な状態のプロトタイプを作ることができるかが肝となります」というコメントがありました。
本検証テーマは、Winテクノロジ株式会社が担当しました。
テーマ②:中小企業向け計画認定における申請受付および外部審査業務
中小企業庁の施策において、中小企業・小規模事業者が事業に係る計画を策定し、中小企業庁(または経済産業省)の認定を受けることで税制優遇を受けられる制度があります。現在紙で行われている申請および審査を電子化することが本テーマの主な目的です。
経済産業省 デジタル化推進マネージャーの林 大輔 氏は、「課題は大きく4つあります。まず、職員の業務負担となっている書類の形式不備をなくすこと。次に、大量のページ数からなる計画書を外部の審査員と効率的に情報共有するための仕組みづくり。3つめに、審査の依頼や結果の受け取りをスムーズに電子的に行える形にすること。4つめに、認定通知を紙ではなく、電子で送れるようにしたいと考えています」という達成すべき要件が課題に併せて伝えられました。
本検証テーマは、株式会社アグレックスが担当しました。
テーマ③:クラウド連携可能で汎用的な決裁ワークフロー
政府内には、共通的に利用する決裁ワークフローシステムがありますが、現状ではクラウドとの連携が考慮されていません。また、「古いシステムのため、最新のUI/UXではない」、「審査結果を申請者に通知する機能がない」、「事後の代理承認ができない、上位承認者がまとめて承認ができない」等の課題もありました。そこで、インターネット分離の要件を満たしつつ、クラウドと連携した使いやすいシステムを実現することを本テーマの目的としました。
経済産業省 デジタル化推進マネージャーの曽原 健史 氏からは、「システムごとに決裁ワークフローを用意するのは無駄な多重投資にほかなりません。また、管理職が承認を行う際にも複数のシステムに入って承認をしなければならず非効率です。クラウドから複数のシステムやサービスを横断し、起案・決裁・管理を一元的に行えるワークフローシステムを作りたいと考えています」というコメントがありました。
本検証テーマは、インフォシェア株式会社が担当しました。
テーマ④:受託事業者の評価システム
経済産業省では、システム上で受託事業者を評価する仕組みがありますが、システムが適切な評価の蓄積・分析に機能していないのではといった仮説がありました。そこで、既存システムにとらわれず、受託事業者の評価に特化した、より使いやすいシステムを新たに作ることを本テーマの目標としました。
経済産業省 デジタル化推進マネージャーの池 和諭 氏は、「全職員が気軽に活用できる評価プラットフォームを構築したいと考えています。使い手としては大きく 2つの視点があり、評価を参照する職員と、評価を入力する職員の双方に配慮したシステムを作る必要があります。評価を参照する職員に向けては多角的な検索をサポートするとともに、過去プロジェクトの成果物や仕様書など事業者に関するさまざまな情報が見えるようなシステムにすべきと考えています。当然、評価を入力する職員に対しても操作性への配慮が重要です。毎回煩雑な手間がかかってしまうのでは、既存のシステムと同様に結局使われないものになってしまうからです。入力した評価に関して、参照者側から『参考になった/ならなかった』といったフィードバックを得られる仕組みなど、双方のコミュニケーションを促す工夫も凝らしたいと考えています」という説明がありました。
本検証テーマは、日本ビジネスシステムズ株式会社が担当しました。
民間から登用したIT人材と行政官がタッグを組んでデジタル化を推進
4グループに分かれたDXハッカソンと並行し、酒井 氏による「行政機関の課題と最新技術への期待」と題する講演が行われました。
昨今、行政と民間とでサービスレベルの差が見過ごせない状況となっています。民間企業がデジタルテクノロジーを活用し、サービスの質を飛躍的に向上させている一方で、国内行政サービスはいまだ紙を中心としており、大きな進歩は見られません。
もっとも、行政も手をこまねいているだけではありません。「2018年1月のデジタル・ガバメント実行計画の策定を受け、利用者の視点に立った行政手続の見直しが本格化しています。そして、2018年7月に経済産業省デジタルトランスフォーメーション(DX)オフィスが設置され、政府の中でも経済産業省が率先してデジタル化を推進していこうとしています」と、行政の変革について酒井 氏は説明します。
経済産業省が進める取り組みの中でも最大の柱となっているのが、法人デジタルプラットフォームの構築です。各種手続のデジタル化を進めていく上で必須となる認証機能のほか、情報の再利用を念頭に置いたデータ連携機能を実装。加えて、収集したデータをオープン データとして民間に公開していくことを見据えています。さらに、民間からITの専門知識をもった人材を積極的に登用することで、ノウハウの還元を進めています。
行政のデジタル化を進めるためには、大きく3つの課題があります。「スピード」「コスト」「効果」です。従来通りのやり方では、システム調達や外部委託を前提としているため、どうしても時間やコストがかかり、スモールスタートで効果を計測することも困難です。
そこで、ユーザーの利便性を確保しつつ低コストでデジタル化を進める手法として検討されたのが、アプリケーション開発の内製化です。「まさに今、省内にはIT人材がいます。アプリケーション開発者ではありませんが、ITの知見を持ち最低限の手は動きます。そこで、注目するのがローコーディングツールであり、中でもPower Appsには大いに期待しています」と酒井 氏からは期待のコメントがありました。
わずかな時間で、大いなる可能性を示したPower Apps
今回の DXハッカソンにおける各グループの成果物と評価は下記のとおりです。
テーマ①:業界団体等へのお知らせ等に対する、明示的な送達確認
<開発成果の説明>
「ポータル画面およびモデル駆動アプリを利用したエンティティを2つ作りました。メール本文と宛先を定義するもので、宛先となる団体(メールアドレス)ごとに開封したかどうかのフラグを立てることができます。もう少し時間があれば、キャンバスアプリを活用して、データの登録から一覧の確認、グラフ表示まで実装できたでしょう。また、期限内に開封が確認できなかったメールの宛先に通知を送るリマインド機能なども実装したいと思いました」(Winテクノロジ)
<デジタル化推進マネージャーからの講評>
「完成には至りませんでしたが、インタラクティブなアプリケーション開発の方法を明示するとともに、実現可能性を十分に実証できるところまで漕ぎつけてくれました。今後、ユーザーインターフェースをさらに洗練し、ITの専門知識を持たない担当者でも使いこなせるレベルになれば、実業務での横展開が可能になると考えています」(酒井 氏)
テーマ②:中小企業向け計画認定における申請受付および外部審査業務
<開発成果の説明>
「申請者用の入力フォームを作成し、入力チェック機能および特に不備の多い設備入力についてはプルダウンメニューを実装することで、ユーザーの入力負担を軽減しました。一方で審査関係者向けにはPower Appsのダッシュボードを活用し、申請状況の可視化を実現しました。また、経済産業省内で広く使われているMicrosoft Teamsとの連携も想定し、新しい申請があった際に関係者に通知するほか、審査担当者は進捗状況などをコメント付きで投稿することができます」(アグレックス)
<デジタル化推進マネージャーからの講評>
「当初想定していたスコープとは異なる要望を出すことになってしまいましたが、そうした不測の事態にも臨機応変に対応していただきました。申請受付から申請までをカバーするプロトタイプを構築し、プルダウンメニューで簡単に入力できる仕組みを工夫するなど高く評価しています」(林 氏)
テーマ③:クラウド連携可能で汎用的な決裁ワークフロー
<開発成果の説明>
「省内のクローズ環境だけではなく、複数のクラウドに分散した文書に関してもドキュメントライフサイクルに基づいて起案し、承認、公開、閲覧、廃棄するまでの記録を正確に残すことに最も配慮しました。情報の長期保存を想定し、CDS(Common Data Service)にすべての履歴情報を格納する仕組みとし、リンクなどで付帯情報も補完できるようにしています」(インフォシェア)
<デジタル化推進マネージャーからの講評>
「プロトタイプながら完成度の高さに驚きました。すぐに実務で使えるレベルです。ざっくりとした要件に対し、自ら経済産業省内における文書の分類方法などを調査し、どうすればユーザーが使いやすく、ミスを削減できるのかを考え抜いたうえで設計していただきました」(曽原 氏)
テーマ④:受託事業者の評価システム
<開発成果の説明>
「受託事業者の一覧に、新たな事業者を簡単に登録できるプロトタイプを開発しました。評価基準は4つあり、その平均値が総合評価として表示されます。また、その事業者の成果物をデータとして保存し、検索することができます。
もう1つ作ったのが、評価用のビューアプリです。得られた情報が有用であれば、1ユーザー1回まで「いいね!」を押すことができます。この機能はPower Appsをベースに弊社内で開発した記事共有アプリを一部流用したもので、「いいね!」の多い順に並べ替え可能で、有用な情報をより簡単に抽出できるように工夫しています」(日本ビジネスシステムズ)
<デジタル化推進マネージャーからの講評>
「要件だけを伝え丸投げに近い状態だったのですが、たったの2時間で実用性の高いアプリケーションが目の前に提示されたことに驚きました。省内向けのデモンストレーションとしても非常にインパクトのある面白いものになったと思います。私個人としては、満点をつけたいと思います」(池 氏)
今回の DXハッカソンは、2時間弱という時間の制約、なおかつ、実際の業務課題を反映した非常に難易度の高い検証テーマでした。
ただ、そうした中でもPower Appsを活用することで、各グループから発表されたアプリケーションは実用レベルに達しており、行政手続のデジタル化を着実に進められるという手応えと可能性が見えてきました。「申請件数が数十件から数百件といったロングテールの小さな行政手続を、Excelと秘伝のマクロでさばこうとするのではなく、Power Appsを活用することで汎用的なサービスとしてスケールし、クラウドにも対応させる。そういう開発のサイクルを、今回のDXハッカソンの参加メンバーをはじめ、さまざまな民間の皆さまと一緒になって実現していきたいと思います」と酒井 氏は語り、行政手続のデジタル化に向けた取り組みを、今後さらに前進させていく意向が示されました。
関連情報(リンク)
経済産業省 (https://www.meti.go.jp/policy/digital_transformation/index.html)
Winテクノロジ株式会社 (https://www.scskwin.com/)
株式会社アグレックス (https://www.agrex.co.jp/)
インフォシェア株式会社 (https://infoshare.co.jp/)
日本ビジネスシステムズ株式会社 (https://www.jbs.co.jp/)
Power Appsについてはこちら (https://powerapps.microsoft.com/ja-jp/)