川崎重工業株式会社は、神戸市連携の共創プログラムとして、担当者と複数大学の学生がアイデア創出からプロトタイプ開発まで、長期間にわたり共同で取り組みました。LLMで設計要件を解析・構造化し、次世代工場の設計初期工程(建築エスキース生成)を生成AIで支援することで、工数を大幅に短縮できる可能性を実証しました。
企業概要
川崎重工業株式会社は、航空宇宙、鉄道車両、船舶、航空機、エネルギー、ロボティクスなど、陸・海・空・宇宙にまたがる幅広い事業を展開する総合重工メーカーです。
同社は近年、既存事業の高度化に加え、デジタル・AIを活用した新たな価値創出や人材育成にも注力しています。
本取り組みは、川崎重工業 総務本部を中心に、神戸市との連携事業として実施され、Microsoft AI Co-Innovation Lab KOBEを活用した学生×企業の共創型開発プログラムの一環として位置づけられています。
Co-Innovation Challenge
本プロジェクトの挑戦は、単なる短期ハッカソンや技術体験にとどまらず、
「実社会の企業課題を起点に、学生が“実務に近い形”でプロダクト開発に関わる」ことにありました。総務本部が進める複数プロジェクトの中から、川崎重工業の「次世代工場を生成AIでデザインする」テーマを選定しました。設計初期に行う「エスキース(初期デザイン)」工程では、生成AI活用の先行事例が当時ほとんど見当たらず、挑戦領域としての価値が高いと判断したためです。
テーマの背景:建築エスキース生成の課題
建築設計において「エスキース」とは、設計初期段階で建築士が行うコンセプトのラフスケッチ(予備設計図)を指します。現状の設計プロセスには以下の課題が存在しています。
- 手動解釈の負荷: 建築士はテキストベースの設計仕様書(デザインブリーフ)を手作業で読み取り、解釈する必要がある。多くの場合、設計仕様書は標準化されていない。
- 概念化に要する時間: テキストの設計要件(間取り、材料仕様、ゾーニング制約等)を視覚的なスケッチに変換する作業は、高度な熟練労働力と膨大な時間を要するボトルネックとなっている。
- 反復遅延: クライアントからのフィードバックに基づく根本的な変更は、設計の大部分を再スケッチすることを意味し、初期設計サイクルを大幅に遅延させる。
目標として、テキスト要件を迅速に構造化データへ変換し、AIが予備的かつカスタマイズ可能なスケッチを生成する自動システムにより、初期スケッチ作成時間を「数日」から「数分~数時間」に短縮することが設定されました。
共創がもたらす双方の価値
企業側にとっては、
- 将来の事業・DXを担う人材との早期接点
- 学生視点による新しい発想や問いの獲得
- AI・デジタル技術を前提とした業務の再定義
学生側にとっては、
- 抽象的な課題ではなく「現場のリアルな課題」に向き合う経験
- 要件定義から設計・実装・検証までの一貫した開発体験
- AIを“作る”のではなく“使って価値を生む”視点の獲得
という、双方にとっての共創価値が設定されました。
In the Program
本プロジェクトは、川崎重工業の企業担当者と複数大学の学生、神戸市、教育支援企業Life is Tech!、そして神戸ラボが一体となった共創チームで約4ヶ月間にわたって実施されました。本取り組みは神戸市が主導する「企業x学生 共同開発プログラム」の公式プログラムとして、企業版ふるさと納税制度を活用して実施され、学生が主体的に学び、議論し、開発を進められる環境づくりが行われました。
学生は、神戸大学・立命館大学・慶應義塾大学・大阪府立大学・関西学院大学・帝塚山大学などから、建築・コンピュータサイエンス・文系の学生が参加しました。プロトタイピングには分野横断で関与する開発体制とし、学際的な協働を実現しています。
プログラム構成(全体像)
- 事前オンボーディング・課題理解
- 企業担当者による課題説明・ヒアリング
- デザインシンキングによる課題整理
- 神戸ラボにおける5日間の集中スプリント開発
- 成果整理・振り返り・次フェーズ検討
In the Lab
スプリント期間中は、神戸ラボにおいて、
- Azureを中心としたクラウド設計
- 生成AI(LLM)を活用した分析・処理
- プロンプト設計、前処理、データ構造化
- 簡易的なプロトタイプ実装と検証
といった工程を、学生・企業・ラボエンジニアが一体となって実施しました。
ここで重視されたのは、
「最新技術を触ること」ではなく、
AIを業務・課題解決の“道具”として成立させるための設計力です。
アーキテクチャ
本プロジェクトでは、マルチモーダル生成AIパイプラインを構築し、テキストベースの設計要件から建築エスキースを自動生成する仕組みを開発しました。革新性は「Hybrid Structural-Generative(構造的×創造的ハイブリッド)」アプローチにあり、純粋な画像生成モデルでは困難な建築精度(正確な部屋寸法や論理的配置)を確保するため、決定論的ロジックレイヤー(LLM→CSV→描画)を創造的生成の前段に挿入する手法を採用しています。
ソリューションの核心は、「構造データをLLMで抽出、整理すること」です。画像生成AIモデルにテキストを直接入力するのではなく、GPT5.1を用いて、部屋の情報、各部屋の隣接関係などの制約条件を抽出し、CSVファイルとして構造化します。その中間データを用いて、更にLLMで座標情報を生成します。ここで生成された座標情報をPython標準の描画ライブラリを使い、平面図として描画します。テキスト→画像の直接生成は処理がブラックボックスであるため、意図に反した図が生成されることがありますが、本アプローチでは、制御できない部分を最小限にしながら人間の高度な推論を模擬した画作りが可能となりました。
生成したエスキース
成果と学び
技術的成果
- 「初期スケッチ到達時間」を「数日」から「数分」の水準へ短縮できる実現可能性の実証
- LLMによる要件解析の標準化により、初期要件分析における人為的な解釈ミスを最小化
- LLMによる事前データ構造化により、テキスト→画像の直接生成と比べてハルシネーション率を大幅に低減し、専門家レビューに耐えうる信頼性を確保
学生側の成果・学び
- 課題の本質を見極め、解決可能な形に落とす「上流思考力」
- Azureや生成AIを設計・実装・検証まで含めて使い切る経験
- チームで議論し、役割分担しながら進めるプロジェクト推進力
- 「AIそのもの」よりも、前処理・設計・構成の重要性への理解
企業側の成果・示唆
- 学生視点による課題の再定義・問い直し
- 次世代人材の思考プロセスや強みの可視化
- 共創を前提とした人材育成・DXプログラムの有効性確認
学生にとっては「実務に接続したAI・DX開発体験」、企業にとっては「次世代人材と共に考え、試す共創の場」として、双方に高い意義をもたらしました。神戸市、企業、教育支援事業者、神戸ラボが連携することで、単発では終わらない産官学連携による人材育成・共創モデルが具体化しつつあります。今後は本プロジェクトで得られた学びを活かし、より実装・事業化に近いフェーズへと発展させていくことが期待されています。